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出掛ける直前までシリルはごねていたが、笑顔のヘレンさんに僕らは追い出された。

 ベビーシッターを頼まれた家は、5ブロック離れた先だった。

 まだ時間が早かったから、シリルのお気に入りのカフェで「いつもの」を奢ってあげた。

 だって結局引き受けるはめになったのは僕のせいだし。

 居候の僕がどうやって断ればいいのかは分からなかったけど、迷惑をかけているのは事実だ。

 お小遣いは厳しいけど、仕方ない。

 ベビーシッターが終わればお金貰えるって言ってたし。

 少し機嫌の上昇したシリルとベビーシッター先のインターホンを押す。

 すると中から栗色の長い髪の女性が出てきた。

 

「ヘレンさんの紹介で来た子?」

「は、はい」

 

 シリルが答える気がなかったから、僕が答える。

 

「私はオリヴィアよ。よろしく」

 

 オリヴィアさんが手を差し伸べるが、シリルは無視する。

 

「シリル」

「別に気にしなくていいわ」

 

 小声でシリルを呼んだが、シリルは無視しているから僕が代わりに握手をする。

 オリヴィアさんはそんなシリルを見て、ハハハと笑っている。

 気にしてなさそうで良かった。

 

「こっちの不満そうなのがヘレンさんの息子ね。無愛想な所がベンさんにそっくり。それであなたは?」

「いとこです。今ヘレンさんの家に一緒に住んでるんです」

「そうなのね。今日は急に頼んでごめんなさいね。いつもの子が出れないのすっかり忘れてて。さあ、上がって」

 

 案内された家の中は、シリルの家と同じような作りだけど、家具とかがピンクで可愛らしい感じだった。

 綺麗に整理されている。

 

「これから私は仕事に行くわ。家事は終わらせてあるから、子供達の面倒を見てくれるだけでいいから。おやつと夕御飯は冷蔵庫に作ってあるから、15時と19時に。夕御飯までには一応帰ってこれると思うけど、帰れなかった時のために用意したわ」

 

 今が14時だから、結構長いな。

 子供の相手なんて、あんまりした事ないけど大丈夫かな?

 不安そうな顔をしているのに気付いたのか、ヘレンさんが笑いながら言う。

 

「大丈夫よ、あの子達には自分の事は自分でするように一応言ってあるし。あんまりにもワガママを言うようだったら、ガツンと叱ってもいいわよ」

 

 簡単そうに言うけど出来るのか、僕に。

 

「アイラ、ライラ降りてきなさい」

「はーい」

 

 ヘレンさんが子供達を呼ぶ。

 降りてきたのは栗色の髪をポニーテールに結った女の子と、全く同じ顔をして髪の毛をハーフアップにしてお揃いのワンピースを着た二人の女の子だった。

 

「こっちのポニーテールの方がアイラ。こっちの結んでない方がライラよ。双子なのよ。二人とも挨拶しなさい」

 

 二人は奇妙なものを見るように、僕達を見ている。

 観察されているようで居心地が悪くなって、俯くようにして眼鏡のブリッジをあげる。

 

「ママ、いつもの人は?」

 

 ポニーテールのアイラがオリヴィアさんに不満そうに言う。

 

「前から話してたじゃない。リリーは今日お休みなの」

「いや」

 

 アイラとライラが嫌がるように首を振る。

 初対面から嫌われてるなんて、一体何故?

 

「アイラ、ライラ、我が儘を言わないの」

 

 オリヴィアさんが叱ると二人はシュンとした。

 シリルがライラを無言で指を指す。

 

「そっちの子は?」

「ああ、言ってなかったわね。ライラは言葉が喋れないの。お医者さんに見て貰ってるんだけど原因は分からないのよね。どこも悪くないから精神的なものだろうって。言ってる事は分かるから大丈夫よ」

 

 じっと見られたのが恥ずかしかったのか、ライラはアイラの後ろに隠れてしまった。

 

「父親は?」

 

 シリルが不躾にも聞いてくる。

 

「父親は居ないわ。この子達が小さい頃になくなってね。それ以来私が一人で育ててるの」

 

 そういってオリヴィアさんは、二人を守るようにぎゅっと抱き締める。

 大変だな。

 きっと僕には想像つかないような苦労がいっぱいあるだろうに、オリヴィアさんは全くそんな感じも見せない。

 会話がしんみりした所で壁にかかっている仕掛け時計の音がポーン、ポーンと二回鳴った。

 

「ああ、もうこんな時間だわ。ママは仕事に行ってくるから、二人のお兄ちゃんの言う事を聞いて猪々子にしてるのよ」

「……わかった」

 

 不貞腐れたようにアイラが答える。

 

「じゃあ、よろしくね」

「精一杯頑張ります」

「そんなに力を入れなくても大丈夫よ。あの子達はしっかりしてるから」

 

 僕達は仕事へ行くと言うオリヴィアさんを玄関で見送る。

 オリヴィアさんは「イイコにしてるのよ」とアイラとライラの頭を撫でている。

 よし、オリヴィアさんを心配させないように、頑張らないと。

 

「ああ、言うの忘れてたわ。地下室には入らないでね。片付けしてないから危ないから。一応鍵はかけてあるから大丈夫だと思うけど」

「わかりました。いってらっしゃい」

 

 僕とアイラとライラは、出ていくオリヴィアさんに手を振った。

 見えなくなるとアイラが僕の方をじっと見る。

 そういえば二人には自己紹介してなかったな。

 

「僕はロイ。お母さん帰ってくるまで、よろしくね」

 

 手を差し伸べると、アイラは僕の手を叩いた。

 痛い。

 

「よろしくなんてしないわ。私たちは部屋に入るから入ってこないでよね!」

 

 言い捨ててライラの手を引っ張って、階段を上っていってしまう。

 ライラは僕の方を向いて、ごめんなさいというようにペコリと頭を下げるが、アイラの後をついていく。

 

「……もしかしなくて、僕嫌われた?」

「知らん」

 

 シリルはつまらそうにリビングへと行くから、僕もいつまでも玄関にいてもしょうがないと慌てて追いかけた。

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