ベビーシッターを頼まれると、嵐が来る
1
「ふざけんな、クソババア」
滅多に声を荒げないシリルの声に手元が狂って、操作していたキャラは死んだ。
僕はいつものようにテレビゲームをして、長いバケーションの暇潰しをしていた。
別荘に行って大変な事件が起こったのは記憶に新しく、外に出る気にはなれなかった。
甘酸っぱい恋心も、木っ端微塵になくなったしね。
新しくゲームをスタートさせようと思ったけど、その前に飲み物でも取りに行こうと台所へと向かった。
そうっと覗くと、キッチンではシリルとヘレンさんが言い争っていた。
「別にいいじゃない。シリルもロイ君も毎日暇そうだし」
はい、暇です。
おかげでキャラクターのレベルだけが、ガンガン上がってます。
「それに別に前に頼んだ時には、嫌な顔してなかったじゃない」
「今と前では状況が違う。それに、オレは暇じゃない」
「部屋で本読んでるだけじゃない。もうちょっと外に遊びに行こうって気にはならないの?ロイ君に町を案内したりとかしなさいよ」
いらないです。
一歩外に行くだけで、危険と隣合わせの町なんて知りたくないです。
「いいんだよ。ロイは家でゲームやってるのが好きな引きこもりなんだから」
そうなんだけど、人に言われるのは少し傷つく。
「シリル」
突然出されたヘレンさんの冷たい声は、シリルにとても似ていた。
「あのね、母さんだって疲れてるの。毎日毎日アナタ達が出掛けもせず家に居るから、毎食用意しなきゃいけないのよ。友達の別荘に行くというから喜んでたら次の日には帰ってきて、そこからずっとよ。買い物も行ってくれないし、毎日ゴロゴロして」
それは大変申し訳ない気がする。
でもシリルが行くなと言うんだから、仕方ない気もする。
「私だってたまには外食したり、旦那とデートしてイチャイチャしたいわ。なのにアナタ達がいつも居るから出来やしない。いい加減限界なの」
「……いい年して何言ってんだよ、ババア」
「シリル」
ヘレンさんはまたガミガミとシリルに怒り始めた。
いつも優しいヘレンさんもあんなに怒る事もあるんだな。
喉乾いたけど、少しぐらい我慢しよう。
飲み物は諦めてゲームに戻ろうとした所で、肩を叩かれる。
「ひっ」
振り向くといつの間にか、後ろにベンおじさんが居た。
いつものように白いお面をと薄汚れたエプロンをつけている。
慣れたと思ったけど、やっぱり不意打ちにベンおじさんに遭遇すると、まだびっくりする。
「ウーウー?」
中を指差し、首を傾ける。
入らないのか?と問いかけられているようだったので「今忙しいみたいです」と小さく告げる。
「ウー?」
良く分からなかったのか、ベンおじさんはそのままキッチンの中に入ってしまう。
「あなた」
ヘレンさんの声が跳ねる。
「あなただって、たまにはデートしたいわよね」
「ウー」
「父さんはどっちでもいいみたいだよ」
「そんな事ないわよね?」
ヘレンさんがベンおじさんに後ろから抱きつくが、ベンおじさんは気にせず冷蔵庫から水をだし、グラスに入れ一息に飲んでそのまま出てきた。
「あら、ロイ君」
そのせいで、僕が覗いていた事がバレてしまった。
「……はい」
「ロイ君も喉が乾いたの?」
「……はい」
ヘレンさんはテキパキと冷蔵庫からオレンジジュースを出し、グラスに入れてくれる。
シリルは心なしか怒ったような顔で僕へと近づき、頬を捻る。
「痛い、痛い」
「シリル、あんまりいじめるとロイ君に嫌われるわよ」
「タイミングの悪い、ロイが悪い」
はい、僕も悪いと思ってます。
「ねえ、ロイ君。暇?」
ヘレンさんの問いかけは「はい」としか答えられないような圧があった。
笑ってるのに笑ってないみたいな。
「……はい」
「近所のお友達がね、週末いきなり仕事が入っちゃって子供の面倒を見てくれる人を探してるの。仲の良い人でね、私もすっごくお世話になってるの」
「そ、そうなんですか」
「で、ロイ君とシリルにお願いしたいな。って思って。もちろんお小遣いもでるわよ」
僕は笑顔のヘレンさんの顔を見て、不機嫌そうなシリルの顔を見て、結局、
「わかりました」
としか言えなかった。
ヘレンさんは笑顔で頷き、シリルの眉間にはシワが刻まれていた。
怒られる前に逃げようとオレンジジュースだけ受け取り、部屋へとダッシュで戻った。
でも、僕はあの時なんて答えれば良かったんだよ。
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