12

 僕は振り返った事を後悔しながらも、走った。

 すぐ後ろから包丁を振り上げたクレアが追いかけてくるのがわかる。

 

「うわあああ!!」

 

 思わず叫んでしまう。

 それでも足は止めない。

 廊下を走り、階段を駆け下りる。

 走っている間に色々なものにぶつかるが、無視する。

 早く外に出ないと。

 森の中へ入ってしまえば、ある程度は距離が離せるだろう。

 クレアは女子だし、まだ僕の方が足が速い。

 玄関までたどり着くと、外へと行く扉は丁寧にも二重に鍵がかけられていた。

 

「何でだよっ」

 

 僕は震えて言うことのきかない手で、鍵に手をかけ開けようとする。

 

「待て、このくそ童貞野郎!!」

 

 クレアが汚い言葉を言いながら僕と距離を詰めてくる。

 早く、早く。

 留め金を外してドアを開けた瞬間僕は何かにぶつかり、外へ出られなかった。

 尻餅をつきつつ、首だけで振り返ると、包丁を振り上げ笑ったクレアと目が合った。

 

「死ね」

 

 短く言って振り下ろされる包丁に、僕は思わず目を閉じてしまった。

 が、痛みはいつまでたっても襲ってこなかった。

 

「はなせっ」

 

 目を開けると、シリルがクレアの腕を正面から掴んで止めていた。

 

「なんてバカ力だ。でも、鍵はあいた。ロイ、早く起きろ!!」

「う、うん」

 

 刃物を持ち暴れ続けるクレアのお腹を、シリルは思いっきり蹴り飛ばした。

 反動でクレアは倒れる。

 スカートがめくれ太ももがむき出しになっても気にせず、クレアは包丁が手にある事を確認している。

 

「ロイ、大丈夫だったか?っていうか、どういう状況?」

「ぼ、僕だってわからない」

 

 どこから伝えればいいんだ。

 リッキーが死んでなくて、メイナードとシンディを殺して、クレアがマイケルを殺して、えっと……。

 シリルはパニクッている僕とクレアを交互に見てからため息をついた。

 

「シリル、そこをどけ!そいつを殺してお前も殺す!大体お前は、いつもお高くとまった顔してムカついてたんだよ!」

「うるせぇ、顔の事なんか言われたって、どうしようも出来ないだろ!」

 

 クレアは立ち上がり、包丁をシリルに向けてメチャクチャに振り回す。

 狭い玄関で逃げる所のなかったシリルの肩が切れ、怯んだ隙にクレアが体ごとぶつかり、シリルが仰向けに倒れた。

 そこをクレアが馬乗りになり包丁を振り上げ、下ろそうとするのをシリルがなんとか止める。

 

「シリル!!」

 

 クレアをどかそうと近づこうとすると、クレアに凄い目で睨まれ、それだけで僕の体は動かなくなってしまった。

 

「くそっ、やめろ」

「死ね、死ね、死ね」

 

 動けよ、僕の足。

 シリルを助けなきゃ。

 僕が必死に恐怖と戦っていると、クレアの腕を掴んだまま上半身を跳ねあげたシリルが、クレアの口にいきなり噛みついた。

 そして今まで聞いたことのないような甘い声で言った。

 

「クレア、愛してる」

 

 その言葉に目を見開いたクレアの動きが止まる。

 え、一体何が起きてるの?

 そのままビチャビチャと目の前で二人は濃厚なキスを始めた。

 舌も絡めた濃厚なキスに、僕の顔は真っ赤に染まって固まってしまった。

 そして、クレアの手から包丁が落ち、その手がシリルの服の裾をすがるように掴んだ。

 それでも二人の行為は止まらない。

 うわ、見てられないんだけど。

 思わず赤くなった頬を隠すように手で覆ってしまう。

 見てるとクレアはうっとりと目を閉じているが、冷静なシリルの目が僕を見ている事に気づいた。

 そして、包丁を見るから、僕は頷きそっとクレアの後ろに回り、包丁を遠くへと蹴り飛ばす。

 少し音がなったが、キスに夢中なクレアは気づかなかったようだ。

 シリルの瞳が満足そうに細まる。

 僕はさっきのリッキーとクレアの会話を思いだし、クレアのワンピースのポケットを指差す。

 口パクで鍵があると伝えると、わかったのかシリルがクレアの腰を強く抱く。

 そして、勝手にポケットの鍵を取りだした。

 そこまで終わってから、二人の口はようやく離れた。

 

「シリル……私は誰かに愛されたかっただけなの」

 

 クレアが涙を一粒溢しながら、悲劇のヒロインのように言う。

 シリルは微笑んでいる。

 まるで気持ちの通じ合った恋人同士のように。

 

「シリルは、私の事、愛してくれる?」

「愛


 ……する訳ないだろ、人殺し」

 

 シリルは蕩けるような笑顔でクレアを至近距離から蹴り飛ばす。

 

「きゃあ!」

 

 シリルの思いがけない行動に、クレアはうずくまっている。

 同じところを二回目蹴られて、さすがに痛かったのだろう。

 

「ロイ、急げ」

「う、うん」

 

 僕は何事もなかったかのように、起き上がり走り始めたシリルを追いかける。

 

「てめえら、ふざけんなよ!!」

 

 騙されたと気づいたクレアが、凄い形相で追いかけようとして手にしていた包丁が無くて、また何かを叫んだ。

 僕らは振り返らずに一直線に駐車場を目指す。

 

「一体何を始めたのかと思ったよ」

 

 走りながらシリルに聞いてみる。

 

「あーいう奴は不意打ちの行動に弱いんだ。それに悲劇のヒロインぶるのも好きそうな感じだったからな」

 

 っていうか、シリル凄いキス慣れてなかった?

 僕なんて普通のキスですらまだ経験ないのに、今思う事じゃないけど、凄い悔しい。

 シリルが運転席の鍵を開けて中に入るから、僕もシリルについて中に入る。

 そして、シリルが助手席のシートベルトを止めるから、僕も運転席のシートベルトを止める。

 ……。

 

「僕、免許持ってないよ」

「俺だって持ってない」

「いや、無理だから」

「大丈夫。ゲームと同じだって」

 

 拒否してるのに、シリルの考えは変わらない。

 

「ほら、来てるぞ」

「え?」

 

 包丁を持ったクレアが、僕の横の窓ガラスをバンと殴る。

 顔を真っ赤にして何やら叫びながら、ドンドンと殴る。

 凄い怒ってる。

 僕はやけくそ気味に鍵を差し込み回すが、エンジンがかからない。

 その間にまたバンっと窓が叩かれる。

 ヒビが入っている。

 あと何回か叩かれたら割れるだろう。

 

「シリル、かからない」

「喋ってないでさっさとやれ」

 

 クレアがまた腕をふりあげた瞬間エンジンがかかり、僕は一気にアクセルを踏み込んだ。

 車は一気に加速して、勢いあまったクレアは倒れている。

 ゲームと変わらなくない、視界がグラグラとぶれるし、真っ直ぐに進まない。

 来たのと違う道へ車はどんどん進んでいく。

 

「やっぱ無理!!」

「何でもいいからずっと踏んでろ」

「でも、道からどんどん外れてるよ!」

「大丈夫。とりあえず今北に向かってる。そのまま向かってれば俺たちは助かる」

「何の根拠があって言ってるの!?」

「経験測に決まってるだろ、さっさと進め」


 僕たちは車を走らせ続け、何とかどこかの町へとついて警察を呼んだ。

 そして事情を聞かれた次の日には、家へとついていた。

 その日ニュースでは製薬会社が爆発した事で大騒ぎしており、僕らの事は新聞に小さく記事が載っただけだった。

 しかも思いもよらない結末で。

 結局死体は五体見つかったらしい。

 別荘で一体何が起こったのか詳細は分からないが、警察が辿り着いた時には野生の熊が女性の遺体を食べていたらしい。

 木々が傷つけられてたのは熊のせいだったのか。

 っていうか、あそこ熊まで居たのか。と僕は純粋に驚いた。

 記事を見たシリルは小さく「熊だったらヤバかったな」と呟いていた。

 次の日には記事すら載っていなかった。

 こうして世間の話題にも上らず悲惨な出来事は、僕の恋心と一緒に騒ぎにならず過去になってしまった。

 

 

 【リザルト】

 メイナード リッキーに首をナイフで切られ死亡

 シンディ  リッキーに背中をナイフで刺され死亡

 マイケル  クレアにクロスボウで撃たれ目に当たった矢が脳を貫通し、死亡

 リッキー  別荘に戻ってきたクレアに寝ている所を苛立ち紛れに包丁で刺され、死亡

 クレア   森で徘徊していた熊に殺され死亡

 熊     猟銃に撃たれ死亡

 

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