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「なんで持ってきたのよ」

「お前気に入ってただろ」

「バカじゃないの。あんなの演技に決まってるじゃない」

 

 誰かが喋っている声がして意識が戻った。

 けど、目を開ける事は出来なかった。

 僕が意識を失くす前に目にしたのは、死んだと思っていたリッキーだったからだ。

 今も喋っている方の片方はリッキーだ。

 

 もう一人は

「ちょっと優しくしてやったらベタベタしてきて、本当に気持ち悪かったわ」

 嫌悪感たっぷりで話しているクレアだ。

 

 今まで僕に向けていたのとは違う、醜悪な声だった。

 

「まあクレアは最初からマイケル狙いだもんな」

 

 クスクスとバカにするようにリッキーが言う。

 

「でも上手く行かなくて結局殺しちまうなんて。本当にクレアは怖い女だな。マイケルがシンディと付き合うって言った時も凄い顔してたしな」

「本当よあの尻軽、私のマイケルにまで手を出してきやがって。そのせいで私のマイケルが毒されたわ。シンディが死んで代わりに慰めてあげようとしたのに、止めろよ。なんて言ってきたのよ。本当最低な女。死んだ女に固執する男なんて要らないから思わず殺しちゃったわ」

 

 リビングで話していた時のように二人は和やかに話している。

 皆で別荘に行こうとするぐらい仲の良いグループだったんじゃないの?

 それとも僕の見ていた彼らは幻想だったのだろうか。

 

「リッキーだってシンディ殺しちゃってさ。好きだったんじゃないの?」

「ああ、ひどいよな。マイケルとは脅されて付き合ってるって言ってたのにメイナードともヤってるしさ。あのメイナードとだぞ。勢いあまって殺しちゃったよ。思い付きで切り離したメイナードの首をボンネットに投げた時のマイケルの顔みたか?傑作だったよな」

「あんたの下手糞な演技に笑いそうになったわよ」

 

 クレアはあの時から、メイナードを殺したのはリッキーだと気づいていたの?

 友達の首をぞんざいに扱っても笑っている様子に、悲鳴が出そうになるが堪える。

 

「シンディを問い詰めようと、わざわざ自分の死を偽装して会いにいったっていうのに、結局マイケルに助けを求めやがって。そもそもこの旅行でシンディの尻軽さをマイケルに見せつけて、お互いにハッピーになろうと計画しただけなのに、結局みんな殺しちゃったな。残った俺たちで付き合うか?」

「それもいいかもしれないわね」

 

 クレアが言うと、何かゴソゴソという音がする。

 

「乾杯でもする?あのグズが近くに居たせいで、全然お酒のめなかったのよね」

「私、オレンジジュースにするわって言った時には、似合わなすぎて笑うかと思ったぜ」

 

 炭酸の入った缶を開けるプシュという音がして、金属の合わさる音がする。

 僕は一体どうなるんだろう?

 喉の乾きを音を立てないように、唾液を飲んで紛らわす。

 

「あとはこいつとシリルか。どうする?」

「どうもしないわ」

「は?こいつは良いとして、シリルはやぐっ」

 

 ドサッという何か重いものが倒れるような音がする。

 

「く、クレア……このビール、何か……」

「入ってるわよ。マイケルに使おうと思ってた睡眠薬がどっさりと。本当はこれを使ってマイケルが寝てる内に既成事実を作ろうと思ってたの。メイナードに媚をうったのが無駄にならなくて良かったわ。彼、そういう事だけは上手だったから」

「裏……切るのかあああ」

「人聞きが悪いわ。元々リッキーと私は、手なんか組んでないでしょ?」

 

 チャリンという金属の擦れる音がする。

 

「これからどうなるのか教えてあげる。私とロイはシリルと合流する。そこで殺人鬼の正体がリッキーだったと伝えるわ。そしてこの車の鍵を使って町にまで助けを求めに行く。貴方は朝までゆっくり寝てていいわ」

「……クソったれ」

 

 それから二人のお喋りは聞こえなくなった。

 クレアが放置していた僕に近づいてくる音がする。

 そして僕の側にしゃがみこみ、隣に居た時と同じような甘い声で僕の名前を呼ぶ。

 

「ロイ、ロイ起きて」

 

 恐ろしくて反応出来ずにいると、肩を掴み強めに揺らしていく。

 反射的に眉をひそめてしまう。

 

「ロイ、助けて。一人だと心細いの」

 

 しぶしぶ目蓋を上げると、泣きそうな顔をしたクレアと目が合い、悲鳴が出そうになってしまう。

 クレアは先程話してた事が嘘だと思うぐらい天使な微笑みを見せた。

 

「良かった、目が覚めて。死んだかと思ったわ」

 

 僕は上体をあげる。

 

「く、クレア……無事だったんだね」

「ええ、怖かったわ」

 

 そういって抱きついてくるから、少し離す。

 僕の行動に驚いたのか、少し固まったあとクレアはまた笑った。

 

「どうしたの?」

「いや、ちょっとまだ混乱してて。ここはどこ?」

「私の部屋よ。電気が消えて皆とはぐれちゃったから怖くてここに隠れてたの。そうしたら死んだはずのリッキーが意識のないロイを運んできたの。びっくりして見つからないように隠れてたら、リッキーはビールを飲んで寝ちゃったの」

「え」

 

 流れるように嘘をつくクレアに驚いた。

 目には涙をためて、今にも零れそうだ。

 そして、腕に触れてくる。

 

「もしかしてリッキーがメイナードを殺したのかもしれないわ。危ないから寝てる隙に逃げましょう」

「う、うん。でもシリルを探さないと。きっと僕たちの事を心配して探してるよ。僕が行ってくるから、クレアはここで待っててよ」

 

 僕はクレアから目を反らし不自然にならないように腕を外してから、部屋の外へと向かおうとする。

 一刻も早くクレアと離れたかった。

 人を殺しても平然としているクレアとなんか、一緒に居られるはずがない。

 

「お前……」

「え?」

 

 低い声でクレアが何かを言うから、思わず振り向いてしまう。

 

「お前、起きてたなあああぁ」

 

 鬼のような形相で、マイケルの持っていた包丁片手にクレアが吠えた。

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