10

「どうしよう、シリル。クレアがいない」

 

 なんでちゃんと手をつないでおかなかったんだ。

 それに暗くて周りをよく見てなかったし、当然のようにクレアは後ろをついてきてると思い込んでいた。

 今の状況でいっぱいいっぱいで、自分の事しか考えられてなかった。

 居なくなってるだなんて、想像もしてなかった。

 しかめっ面で窓から外を見ているシリルが言ったのは、僕の望まない事だった。

 

「クレアは無視だ。まずは車を確認しよう」

「何で!?あんな危ない奴が居るのに、もしクレアが殺されたら」

「ロイ、言う事を聞け。オレの言う事を聞かないとオレも約束を守れない。この状況だともう悠長に朝を待っている事は出来ない。マイケルも使い物にならないしな」

 

 シリルは僕が殺されないために、努力すると言っていた。

 僕が勝手な行動をすると、守れなくなるとも。

 

「使えない、だと」

 

 シンディを抱き抱え泣いていたマイケルが、シリルの言葉にピクリと反応した。

 涙を隠そうとせず、そのくせに瞳だけはやけにギラついている。

 

「そうだろう。さっさとぶつかってドアをぶち破ればよかったのに、自分の力を誇示しようと時間を使った。そのせいでシンディが死んだ。使えない以外に何を言えばいい」

「ふ、ふざけんな!!お前には人の気持ちがわからないのか!!」

「ああ、わからない」

 

 マイケルは怒りをこらえるように、シンディをズタボロになったベッドの上に置いた。

 そして壊れ物を扱うかのように、大切そうに髪を撫でた。

 見開かれていた瞳は閉じられたのか、眠っているようにも見える。

 

「シリル、お前とは一緒にいれない。俺はシンディを殺した奴を絶対に殺す。ついでにクレアも助ける。それまではここを離れない。俺には皆をここに誘った責任がある」

「好きにしろ」

 

 シリルの言葉にマイケルは答えず、包丁を手にユラリと部屋を出た。

 恐ろしい顔をしていて、僕は思わず半歩横にずれてしまった。

 マイケルは僕の事なんて目に入ってないかのように、階段をフラフラと降りていった。

 

「ロイ」

 

 傷ついた様子もなく、シリルが僕を呼ぶ。

 

「車を見に行くぞ」

 

 その言葉に逆らえなかった。

 僕はまだ死にたくなかったのだ。

 焼け焦げた車の近くに、マイケルが乗ってきたワゴン車は置きっぱなしだった。

 けど、皆でメイナードの事を見に時と違って車の中は真っ暗だった。

 あれからそんなに時間は経っていないのに、今はもう二人っきりだ。

 二人でモバイルの明かりを頼りに車の中を探したが、鍵は見つからなかった。

 電気がついていた事からして、見に来た時にはささったままだったのに。

 

「ないな。さっきの奴が抜いていったのか?」

 

 シリルが一人言のように呟く。

 全身に黒いローブを着て紙袋を被ったシンディを殺した奴。

 そんな奴が今も森の奥から出てくるんじゃないかと、僕は恐ろしくて仕方なかった。

 クレアは無事なのだろうか?

 心配になる。

 

「ないならさ、やっぱりマイケルと合流しようよ。シリルもみんなで居た方がいいって言ってたじゃないか」

「いや、もう意味ないだろ。それよりもさっさとここから出ていった方がいい」

「だって鍵もないって事は車も動かせないんだよ?僕は運転だって出来ないし、シリルだって免許ないだろ?マイケルだったら車も運転出来るし……」

 

 言いながらも自信がなくて声が小さくなっていってしまう。

 

「あいつらは死ぬよ」

 

 シリルが冷たく返す。

 

「そんな事言うなよ、みんなで協力すれば」

「マイケルが俺に協力すると思うか?あんなに血が上って冷静な判断も下せない奴が」

「じゃあ僕が説得するよ」

 

 僕は車から飛び出した。

 

「おい、待て!」

 

 シリルの声が追いかけてきたが、僕だって今はシリルの顔なんて見たくなかった。

 きっとシリルは嫉妬してるんだ。僕とクレアの仲がいいから、わざと引き離そうとしている。

 そんなに僕に彼女が出来るのがイヤなのか。

 シリルは一緒に住んでる親戚なんだから、少しくらい協力してくれたっていいはずなのに。

 泣きたくなるのを我慢して、クレアとマイケルを呼ぶ。

 

「クレアー、マイケルー、どこに居るの?」

 

 呼んでも何も返答は帰ってこない。

 いつ殺人鬼が飛び出してくるかと考えると、足が止まりそうになってしまう。

 木々が覆い茂りあまり奥に居ると月の明かりすらも無くなってしまいそうだ。

 途中に木が傷つけられているのを見つけてしまう。

 もしかして、この木で試し切りでもしたのだろうか。

 そう考えると、やっぱり一人で飛び出してきたのは、失敗だったかもしれない。

 けど、飛び出してしまった手前、すぐに戻ったら余計にシリルにバカにされそうで、思わず足が止まってしまう。

 怖い。

 先に進みたくない。

 勝手な事に、僕はシリルが迎えに来てくれないかと期待してしまう。

 

「クレアー、マイケルー」

 

 呼ぶ声も小さくなっていく。

 見つかりたくない。

 呼んでも誰も返事を返してこない。

 諦め別荘へと戻る道を歩いていると、ぼーっと立っているマイケルを見つけた。

 

「マイケル、居るんだったら返事してよ。シリルも言い過ぎたって謝ってるからさ、クレアも見つけてみんなで町に行こうよ。警察が調べればすぐにシンディを殺した犯人だって捕まるよ」

 

 近寄る度に、おかしいと思い始める。

 声をかけても全く振り向かないし、何より武器だと喜んでもっていた包丁を持っていない。

 

「ま、マイケル?」

 

 恐る恐るマイケルの腕を掴むと、マイケルはそのまま僕の方へと倒れてきた。

 そして、そのまま地面へと倒れた。

 なのに、マイケルは動かなかった。

 

「ひっ」

 

 マイケルの体には矢が顔を中心に何本も刺さっていた。

 特に右目に突き刺さったものは深く、深く。

 首からも血が沢山流れて。

 僕は思わず尻餅をついてしまっていた。

 この矢はクレアが持っていたクロスボウのものだ。

 という事は殺人鬼がクレアのクロスボウを奪ったのだろうか。それでたまたま見つかったマイケルを殺した。

 クレアは無事なのだろうか?

 それとも、もう……

 シリルに伝えないと。

 力を振り絞って立とうとした所を、後ろから誰かが僕の首を絞め始めた。

 苦しくて絞めている人の腕に爪を立てるが、腕が緩む気配はない。

 仰け反り後ろを確認すると、紙袋を被った奴だった。

 メチャクチャに腕を振り回すと、腕が紙袋に当たって落ちる。

 その顔を確認して驚きと共に僕の意識はなくなった。

 

 

 

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