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 看板を抜けた先は、一面だったトウモロコシ畑とは変わって、栄えていた。

 僕が住んでいた町と同じくらいには建物もいっぱい建てられていて、少し安心した。

 途中によったスーパーの品揃えも遜色なかった。

 緑色のチェリオを飲みながら、しばらく車に乗って居ると、すぐに住宅街へと入っていった。

 一軒一軒十分に離れて建てられた家には大きな庭もあって、お金持ちの人が住んでいそうな雰囲気があった。

 父さんは一軒の家で車を止めた。

 どこにでもある普通の家だった。

 母さんはいそいそと後部座席に積まれていたお土産を手にして、僕にも早く降りるように告げる。

 僕は未だに行きたくない気持ちが勝ってるけど、仕方なくノロノロと降りる準備をした。

 父さんが代表としてインターホンを押すと、軽やかな声がしてくる。

 

「姉さん、来たわよ」


 母さんが告げてから少し待つと、扉が開いた。

 

「ひっ」

 

 僕は思わず父さんの後ろに隠れてしまった。

 出てきたのはカーキ色のエプロンを所々血で汚した黒髪に何故か白いお面を被った大男と、母さんと同じ金色の髪をショートカットにした、細身の女性だった。

 母さんは微笑みながら、女性に向かって挨拶をした。

 

「久しぶりだ、ヘレン姉さん」

「そうね。こちらに越してきてから会うのは、初めてかしら」

 

 笑った顔が少し母さんに似ている。

 

「そちらが旦那さん?」

「そうよ。結婚式は上げてないから初めてよね」

「ウー」

 

 大男が唸るように返事をした。

 

「随分と無口な旦那さんね。姉さん昔はお喋りな人がタイプだったのに、好みのタイプが変わったのね」

「ウーウー」

 

 ヘレンさんを咎めるように大男が唸る。

 

「昔の事よ。今はあなた一筋だから」

 

 ヘレンさんが言うと大男は照れたように、顔を反らした。

 ラブラブ様子は母の血筋を思い出させた。

 

「今回は突然預かってもらう事になってすみません。これつまらないものですが」

 父さんがヘレンさんに挨拶をしながら、持ってきていたお土産をヘレンさんに渡す。

 ヘレンさんは受け取ると、すぐに大男へと渡した。

 

「アビゲイルの旦那さんね。初めまして。全然気にしなくていいのよ。うちにも同じ年の子供が居るから一人も二人も同じだもの」

「ウー」

「そうね。シリル、早く降りてきなさい!」

 

 ヘレンさんが家の中に向かって大きな声で呼び掛ける。

 

「そちらに隠れてる可愛い子が、あなたの息子?」

「ロイ、隠れてないで挨拶しなさい」

 

 母さんの言葉に父さんに背を出され、しぶしぶ挨拶をする。

 

「ロイ=バーナードです」

「私はヘレンよ。あなたのお母さんのお姉さんね。ヘレンって呼んで」

 

 ヘレンさんは僕に向かって、手を差し出してくる。

 僕は恐る恐る握ると、優しく微笑まれた。

 

「こっちは旦那のベンよ。ちょっと人見知りで無口だけど気にしないで」

「ウー」

 

 ベンさんは唸りながら頷いている。

 僕も真似するように慌ててコクコクと頷いた。

 

「何だよ、母さん。用が無い時は呼ぶなって言ってるだろ」

 

 面倒くさそうにヘレンさんの後ろから出てきたのは、黒い髪に透き通る程の白い肌を持った同じ年ぐらいの子だった。

 黒い髪なんて僕のクラスには居なくて、初めて見る。

 触れたら切れそうな程に冷たい緑色の瞳が僕を見つめる。

 

「今日からここに一緒に住むロイよ。前から話してたでしょ?」

「オレは了承してない」

 

 なんてこった。

 会う前から嫌がってるだなんて。

 

「こら、そんな事言わない。同じ年なんだから仲良くしなさい」

 

 ヘレンさんがポカリと美少年を叩いた。

 

「痛っ。分かったよ。俺はシリル=アンダーソン。そっちは」

「ロ、ロイ=バーナードです」

「部屋に案内してやるから、来い」

 

 僕の腕を無理矢理掴み、無理矢理家の中へと連れ込まれる。

 助けを求めるように父さんと母さんの方を見るが、何が楽しいのか笑って手を振られる。

 痛いぐらいに手を引っ張られながら、一つの部屋に連れ込まれる。

 ベッドと机しかないシンプルな部屋だ。

 

「ここがお前の部屋だ。どのくらいここに居る予定なんだ?」

「わ、分からない。お祖父さんの病気が良くなるまでって言われてる。遅くてもバケーションが終わる前には一回迎えに来るって言ってた」

 

 僕が返事をすると、シリルはこれ見よがしにため息をついた。

 そんなに嫌われてるのか。まだ会って数分しかたってないのに。

 

「長くて二ヶ月か……なら、この部屋からは極力でるな」

「なんで?」

「いいから。オレの言う事を聞け。全く、何でこんな時期にこんな所に来るんだ」

 

 怒鳴るように言われて、僕の肩が自動的にビクリと跳ねた。

 泣きたくもないのに、目に涙が溜まっていく。

 僕だって好きでこんな所に来たんじゃない。

 お祖父さんの具合が悪くならなければ、今だって自分の部屋でゴロゴロしながら、ゲームを出来たのに。

 こんな知らない所にいきなり預けられて、言う事を聞けって怒鳴られるなんてヒドイ。

 

「何だよ、何俯いてんだ?」

 

 僕はシリルが肩にかけようとしてきた手を、思いっきり振り払った。

 

「僕だって好きでこんな所に来たんじゃない!出てけって言うなら出ていってやる!」

 

 怒鳴るように言って部屋を飛び出した。

 

「おいっ」

 

 シリルの止めるような声が聞こえた気がしたけど、無視して階段を降りた。

 

「あら、ロイ君は早速お出掛け?」

 

 ヘレンさんの声に「もう帰る」と無言で返事をして、父さん達を追いかけるために外に出た。

 けど、もう乗ってきた車は無くなっていた。

 早すぎるよ。と思いながらも僕は元来た道を思い出して、辿るように走った。

 

 

 

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