第11話 されど変態は踊る

 兵頭君の腕が斬られた。


 幸い、刀と首の間に腕をねじ込んでなんとか防いだ。さすがクロスアームブロックだ。恐るべき防御力。


「下がれ!!」

 痛みを叫ぶ事無く、冷静に指示を飛ばすのか。常軌を逸してる。既に人間は辞めてるな。


 指示通りに俺は距離をとっては木の上に避難する。もちろん離れすぎず、いつでも援護できる距離だ。

 直感だけどかなり強い。速さが段違いだ。よく反応できたな。


 意味が無くても俺は爆弾を放る。少しでもお姉さんの意識を分散させるために。

 それにしても綺麗だ。服装にはあまり気を使って無いのか、もったいない。磨けば光るというか既に光ってる。

 心苦しいが、吸血鬼なら狩るしかない。


 爆弾では止まらず兵頭君に斬りかかる。

 それにしても速い。離れてるのに一瞬で視界から外れる。


 まあ、この異常な動きは十中八九童質が関係してるかな。急激なストップアンドゴー。初速から最高速に至る動き、最高速からノータイムでの停止は人間業じゃない。脚が異常に発達してる訳でもないし。消去法でそうなる。


(わかったところであの動きに対応するのはちょっと厳しいかなぁ)


 それにしてもまずいよな。先生たちが来てくれる可能性は低い。時間が経てば何かあったと思って探しに来てくれるかもしれないけど、それまでの時間、耐えられるとは思えない。

 お姉さんは俺たちで狩る。



 兵頭君は亀のように腕でガードする。

 既に服は鎌鼬にやられたようにボロボロで血が滲んでる。爆弾の援護もあの速さには追いつけない。


 が、一方的に攻め込んでるお姉さんの動きに違和感を覚えた。

 お姉さんは終始縦横無尽に駆け回り、兵頭君の正面や背後からいろんな角度から斬りつける。しかし、決まって腕や足に阻まれる。



 いや、そうか。今まで見たことも無いけどそう考えると納得出来る。

 お姉さんの正体は恐らく傀儡。方法は分からないが一々、行動に思考が存在しない。ただ、言われるように動く操り人形。だから人間の急所である、心臓を常に狙ってるのか。

 兵頭君はそれに気づいているのか?


 それなら…。

「機械的な動きだから予測しやすい」

 お姉さんの動きのロジック。根本にあるものを推測し計算する。これまでの行動原理から逆算して通り道に爆弾を落とすだけ。そう、なんてことは無い、相手の意図さえ読めれば俺から誘導して道を作ってやればいい。

(車は急には止まれない。ふっ、簡単な作業だな)


 安全地帯からお姉さんの通り道に爆弾を投げていく。続けて見事に当たっていく。まだ、威力は足りないのか、これだけでは止まらない。

 兵頭君の負担が少しだけ減った。



 それでも兵頭君は防戦一方か。それも仕方ないか。目の前であんな動きされたら誰だって目が追いつかない。俺は上から見ることで捉えることが出来てる。


 斬られてる。友達が目の前で斬られてる。

 腕が、指が、腱が、腿が、斬り刻まれる。時には腕が飛んだりもする。それでも再生するのは恐ろしい体だ。

 痛くないのか?いや、わざと斬らせてる?さっきから急所は一切斬られてない。

 まさか、差し出してるのか!自分の体を。

 そして待ってるんだ、狙ってるんだ反撃の一打を。目を見ればわかる、この状況で一切揺らぐことないその瞳。

肉を切らせて骨を断つ。


 兵頭君、恐ろしいよ。君にとっては死の淵こそが自分の居場所だとでも言うのか。何故そんなに斬られることを許容できるんだ。痛覚が無いのか。前までは普通に痛がってたじゃないか。


 長引けば長引くほど、俺の爆弾の制度は上がっていく。まさに情報は力。

 動きが手に取るようにわかる。

 その着地をしたらあの角度で三秒後にあそこを通る。

 相手は女性なんだ。嬉々として情報を集めるよ。変態は時に力となる。


 と、高みの見物をしていた時期がありました。


 突然標的が俺に変わって絶体絶命。兵頭君と俺の肉体強度はそれほど変わらない。つまり一撃でも浴びれば傷物の体になってしまう。

 まだ彼女もできたことないんだ。なるべく綺麗でいたいじゃないか。


 とにかく爆弾を置きまくって距離と時間を稼ぐ。その間にも兵頭君はお姉さんを止めようとしてくれている。

 さっきまで余裕ぶっこいてたのに、目の前でこんな動きされるとやっぱり目で追い切れない。

 こんなのと兵頭君はやり合ってたのか。

 見えない恐怖。なんとも恐ろしい。突然目の前に現れる刃。

(ぶふぉん!)

 さっきまで俺の首があった所を刀が通り過ぎる。



 そうか、聖域か。死の淵に立ってようやく理解する。兵頭君は聖域で感知、そして瞬時に反応して防御をしてたのか。

 昨日身につけたばかりの技をもう使いこなしてるのか。やっぱりすごいや。


 俺にはまだ出来ない、高みの技。

 今も必死で爆弾を創り、放り投げ、逃げ回る、の合間を縫って聖域を創り出そうとしてるけど、全く掴めない。

 そもそも聖域ってなんだよ。聖気を広げるってなんだよ。



 ついに、爆弾を掻い潜り俺に斬りかかる。

 それを兵頭君が間に割り込んで受け止めてくれた。腕は斬り飛ばされながらの脚でのカウンターは空振りに終わる。なんて精神力だよ。


 友達が身を呈して守ってくれてんのに俺はこの体たらくかよ。


 初めてできた俺の友達が俺を守るために目の前で体を刻まれてる。

 普段すぐに怒るけど、優しい。なんと言ってもいつも女子との架け橋になってくれる。これ以上に優しい人はいないと俺は思う。


 だからこそ。

(今!今掴むんだ!俺に必要な聖域を構築しろ!)

 心の叫びに応えてそれは現れた。


 俺の体を中心とした半径九十cmの球体。手足を広げてもすっぽりと収まる面積。

「ははっ、ははは!」

 人は誰しもパーソナルスペースというものを持っている。人に侵されたくない領域。俺の聖域はその類のものだ。


 これが俺の絶対領域。お姉さんが聖域に足を踏み入れた瞬間、あらゆる情報が脳へと伝達される。

 聖域という新たな力を手にしたことで、俺の脳は瞬時に作り変えられていく。


 人間という種に元来備わっている適応能力が俺の潜在能力と混ざり合う。


 周囲の地形、状況を細かく把握することで脳内に新たなものが見えてくる。

 それは上空からこの場を見下ろした景色。


 それでも死角となってしまう真後ろ数十cmを聖域でカバーする。それ故、我に死角無し。

 我が成すは盤上全面万辺領域完全支配。

(指揮棒は既に我が手に)


 俺は今、めちゃくちゃ集中してると思う。その証拠に、お姉さんの動きが見える。まつ毛が長いのに気づいた。ぷっくりとした唇。クリっとした大きな黒い瞳。動く度に揺れる大きな胸。

 地味清楚系委員長。


 俺の手から生み出された爆弾は宙に放り出され時間で爆発する。その衝撃で剣筋がズレて俺の頭の数mm上を通り過ぎる。

(ボフゥン!)

 俺はそっと委員長のお腹に手を添えて爆弾を爆発させる。

(ボゴォン!)

 委員長は大きく吹き飛んだ。


 俺は両手を広げて天を仰ぎ全能感に溺れる。

 それ故に見逃してしまった。委員長の些細な変化を。



 見える。見えているのに体が動かない。いや、頭では理解しているんだ。それに体が追いついていないだけ。

 それほどまでに急激に爆発的に上昇した委員長の身体能力。もはや抵抗は不可能。

 兵頭君も飛び出しているが間に合わない。


 なんでだ。さっきまでとなんでこんなに違うんだ。そしてゆっくりになった時間の中で気づく。委員長、いや、お姉さんの身に纏う聖気がほとんど無い、極薄だということに。

(なんだよそれ。そんな技術、俺知らないぞ)

 刃が首筋を撫でるまで紙一枚。


(ズゴゴォォォン!!)

(ぁぇ?)

 一瞬にして世界が真っ白になった。直後に轟音。

 お姉さんは目の前で倒れる。

 何が起きたのか、一から十まで全て分からない。地面は抉れて焦げ臭い。


「おう、大丈夫か?」

 頭の中が大混乱してる時に突然後ろから声をかけられた。知らない声だ。兵頭君の声じゃない。低音の女の人の声だ。


 振り返ると美女がいた。いや、訂正しよう、イケメン美女だ。俺は案外落ち着いてるのかもしれない。


 イケメン美女の体を下から上にじっくりと見る。

(脚なっげぇ。俺よりも長い。腰ほっそぉ。ベルトの位置えぐい。シャツの膨らみがヤバすぎる。テントになってる!って、俺より背高い。顔イケメンすぎる。肌白!青髪かっけぇ。てか、声もかっけぇ。凛として安心感がある)

 結論としては。


「大好きです」

 思わずそう言わずにはいられなかった。二次元から飛び出してきたような白馬の王子様風美女。

「ありがとな。面と向かって言われると照れるな」

「い、いえ…」

 言葉を失う。これが王子様スマイルか!

「おうおうおうおう!活きの良い一年じゃねぇか!ああ?」

「ひいぃ!」

 今度は昭和のヤンキー男だ。この人も俺より大きい。

 学ランにリーゼント。超腰パン。ズボンにはチェーンがかかってる。靴底にナイフを仕込んでても驚かない。


「まあ、そんな事、今はどうでもいいんだよぉ。この女の記憶を見たがよぉ。こいつはかなりやばいぜ」

「へぇ、何が見えたんだ?」

「ここではいえねぇな」

「そうか、わかったよ。とりあえず一年連れて行こうか」

「おう。テメェら危なかったなぁ。大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます。助けてもらってなかったら死んでました」

「そうだな。ギリギリ間に合って良かった。お前が先に一年を見ておきたいって言ってなかったら確実に間に合ってなかったな」

「俺ァ昔っからそういう勘が働くんだよ。

 で、アイツは倒れてるけど大丈夫なのか?」

「あっ!」

 兵頭君のところに駆け寄ってみるとただ、寝転がってるだけだった。相当疲れたみたいだ。当然か、あんだけ斬り刻まれたんだ。


 その後兵頭君もお礼を言ってログハウスに戻った。何故かお姉さんの頭だけ残っていたのには触れないようにした。吸血鬼の死体は消えるはずなんだけどなんでだろう。そして、その頭を男の人が布に包んで運んでる。



「聞き忘れてたんですけど、どなたですか?」

 さすが兵頭君。気になってることを良くぞ聞いてくれた。

「ああ?聞いてねえのか」

「そういえば私たちはサプライズだって先生たちが言ってたな」

「そういやそうだったな」

「私たちは聖童高校の二年、つまり君たちの一個上だ」

「俺は山本(やまもと) 昴(すばる)だ」

「私は中村(なかむら) 弛(たゆ)。男口調なのは気にしないでくれ。

 それとあと一人いるけど先に向こうに行ってるからまた後で」

 そして俺たちはログハウスに着いた。

 なんだか懐かしい。そして安心する。

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