第10話 変態は死ぬまで変態らしい
言われたことを自分なりの解釈で実践する。
地面に座りこんで目を瞑り、意識を聖気に向ける。聖気を動かすことくらい日常茶飯事だが、体から離したことは無い。精々がナイフに流すくらい。
まずはお尻の下、カーペットを想像して模してみる。
地面に手を着いてそこから広がっていくように、聖気を流し込んでいく。最初は不格好でもアンバランスでもいい。とにかく広がっていく、ということを知る必要がある。
確かに目を瞑っていても指先から流れていった聖気の動きがわかる。聖気は地面を伝って僕を囲った。まるで自分の陣地を示すように足で地面に円を描いたみたいな状態だ。
(小学生の頃やった思い出。それ以降は人と遊ぶことは無くなって陣地を示すなんてことはしなくなったけど)
線で描かれた円から次第に内側が聖気で満たされ面の円へと変わった。
さながら僕の体はコップで、聖気はコースターのように、聖気は確かに空間を埋めていた。それを見なくてもわかる。広さはおよそ体を中心にして足を半歩分程開いてぐるっとしたくらいで、体感としては丸い座布団。
(んー、お尻は聖気にめり込んでるって感じかな。直接地面に接触してる訳だし、聖気が座布団として間に入ってる訳じゃない。てことは座布団よりも煙の膜って言う方が正しいかもしれない)
一旦立ち上がってみても形は変わることは無く、さほど変化は無い。試しに一歩前に歩くと地面に広がった聖気も着いてきた。体の中心を軸に動いた。
(頭が中心って感じかな)
前後左右いずれもしっかりと着いてきてくれる。
今まで扱ってきた聖気とは異なり、今までの聖気は流動的だったのに対して固定的。
体に聖気を纏う場合はたとえ拳に集めたとしても拳という部位の中で聖気は流れ続けていた。
しかし今回はそういった動きをしない。さっきも言ったように膜という表現が案外正しい気もする。
気体ではなく固体。それも透過性を持つ固体。見えない触れない。
それからしばらく、聖域(仮)を少しずつ広げていった。
自分でもびっくりするほどの集中力で声を掛けられて目を開けると既に太陽が沈んでいて、群青色の空いっぱいに星が散らばっていた。
唯一の灯りはログハウスで気づくと肌寒さを感じた。
森の方は闇だった。見ていると飲み込まれそうな、そんな暗闇が木々の間から漏れている。
「うー、寒い寒い」
僕は小走りでログハウスに入っていった。
リビングでは暖炉が炊かれていて暖かかった。メチメチと音を出して揺れる炎。燃えて形を変えた薪がコロンと転がり落ちる。眼球が暑さを訴えてきて自然と瞬きが増える。
そして僕は鼻をすする。
人見先生はキッチンに戻り、白鳥先生と夜ご飯の準備を再開する。
(弾間は部屋かな?)
二階に上がって部屋に入る。
弾間はベッドに寝転んでいた。
「あ、おつかれ。兵頭君」
「お疲れ」
「お風呂すごい気持ちよかったよ。なんて言うんだろう。四角い筒から常に大量のお湯が注がれてたんだよ。あれは体に沁みたね」
「僕、シャワー派だからしばらく湯船に浸かってないな」
「俺も久しぶりだったよ。一人暮らし始めてからはシャワーで済ましてたから」
「僕も」
「それなら兵頭君もきっと感動するよ。あれは体だけじゃなくて心も浄化されたよ」
「へー、そんなに気持ちよかったんだ」
「それでさ、今暮慕岬さんが入ってるんだよね。
正直、見に行きたい。でも今はそれを理性で何とか抑え込んでるんだ。だから一階には行けない」
「全く浄化されてないじゃん。ちゃんと今も汚いよ。殺人鬼の手料理くらい気色が悪い」
「紳士的な理性のおかげで押さえつけられてるけど気を抜くと、内に秘めた本能という化け物が出てきそうなんだ」
「弾間……気持ち悪いぞ」
「そうだ。俺を罵ってくれ!否定してくれ!じゃないと俺は怪物を肯定してしまう!」
「時すでに遅し。お前はもう立派な怪物だ」
「そんな!どこをどう見てそう判断したんだ!」
「発言とその顔だな」
「そうか、でも今の俺はまだほんの一部に過ぎない。
問題はこの後だ。
先生たちはまだお風呂に入っていないんだ。これがどういうことか分かるか?
食後、恐らく俺の怪物は動き出す。そして、お風呂上がりの浴衣姿。想像してはいけないほどに犯罪的だ。きっと俺には耐えられない。
それを何としても止めて欲しい。この通り」
そう言って弾間はベッドの上で土下座をした。
「いいよ。殴ってでも弾間を止めてあげる。手加減はできないよ」
「うん。俺は兵頭君を信頼してるよ」
「その信頼はどっちだ?僕が弾間に協力する方なのか、ぶん殴ってでも止めてくれる方なのか」
「ははは、殴ってでも止めてくれる方に決まってるだろ?全く冗談きついよぉ。もしかして俺をそそのかしてるのか?ほんとは兵頭君もみたいとか」
「……」
「冗談です」
早速聖域を試すチャンスかもしれない。そう思うとワクワクしてきた。
その後くれぼんが出た後に僕はお風呂に入った。確かに弾間の言う通りかなり気持ちいい。全身が浮遊感に虚脱感、それと睡魔に襲われて天にも昇りそうな気持ちになった。
軽くのぼせてお風呂を出た。
ちょうどご飯が出来上がったみたいでテーブルに着く。
「合宿一日目お疲れ様。それじゃあいただきます!」
「「「「いただきます!」」」」
テーブルの上に並んだ料理は山菜、野菜、魚介、肉の天ぷらにお吸い物、漬物、ポテトサラダに炊き込みご飯。
と、色とりどりだった。
そして問題の時間が来た。
「通してもらおうか!兵頭君!」
覚悟を決めた男の顔をしていた。目が隠れてるから雰囲気だけど。
「お前頭大丈夫か?」
自分を律する素振りが微塵も感じられない。
「仕方ないだろ。どうしても本能を抑えられないんだ。合宿に来たら女子風呂を除くってのは定番だろ!なんで分からないんだ!」
「それじゃあ、力づくで止めるか」
「俺を止められるかな」
(うっぜー、開き直ってる。というかもはや抗おうとすらしてないじゃん)
睨み合い、ジリジリとお風呂場に引きずられるように寄ってくる。
その時。
「うっ!め、目があぁぁ!前が見えない!」
突然弾間が叫び出した。
「目を閉じさせてもらったよ。随分と大胆にやるもんだね」
「せ、先生!」
お風呂場から出てきたのはバスタオルを巻いた人見先生。
なんか見てはいけないものを見てしまった。
「せ、先生。服着てきて下さいよ」
「な、なに!?嘘だろ……嘘だと言ってくれ親友!先生は今、服を着てないのか!なんということだ。今俺は瞼を切ってでも見るべきなのか!」
「そんなわけないじゃんタオル巻いてるよ」
「なんだって!裸タオルなのか!くそぅ!悔しい!なんで兵頭君は許されて俺は許されないんだ」
「弾間くん。死にたいの?」
「ひぃぃ!ご、ごめんなさい」
見えてないにも関わらず先生が発する死のオーラは感じ取れるようだ。
「罰として今日は目を開けさせないから」
そう言ってお風呂場に戻って行った。タオルのサイズがギリギリで目に毒だった。
「どうか…どうかお慈悲をぉ」
「もういないよ」
弾間は膝を着いて項垂れる。
「そんなぁ、裸タオル……見させてくれよぉ」
「それじゃぁ僕部屋戻るから」
「ちょっ!ちょっと待ってください。
俺も一緒に連れてって」
「はぁ。仕方ないか」
「心の友よ」
というか弾間、先生と普通に話せてるじゃん。これがエロの力か。
その後、弾間を引きずって階段を上りベッドに放り投げた。
「━━━い、おーい。起きろー、朝だぞー」
「ん、んぁぁ」
弾間に起こされた。意外にも朝に強いのか。
「朝強いんだ」
「いや、いつもはそうじゃないんだけど今日は特別」
「なんで」
「それがまだ薄暗い時間にさ、尿意を催してトイレに行ったんだよ。そしたら誰かがシャワーを浴びてる音が聞こえたんだ。昨日は抑えられなかったが今日の俺はひと味違う。
必死に抑え込んで二階に戻ってきたんだ。が、変に意識しちゃってそれから寝付けなかった。シャワーの音が頭にこびりついて離れなかった。目を瞑ると瞼の裏に映るんだ。先生たちのシャワーシーンが。
あれから二時間くらい経ったかな」
「やっぱりただのアホだったか」
「おかげで寝不足なんだ。
いや、それより兵頭君寝相悪すぎるよ。二時間くらい観察してたけど合計三回転、プラス二回落下してたよ」
「うっそ。初耳なんだけど」
「実は起きてるんじゃないかって思ったけどガチだったんだ。俺を騙そうとしてたとかじゃなくて」
「うん。なんにも覚えてない」
「証拠として明日動画を撮っておこう」
「知りたくなかった」
「いや、これから誰かと暮らすかもしれないじゃん。知れて良かったでしょ」
「うーん。誰かと暮らすか。
想像出来ないな」
「えっ!なんで。彼女とかは?」
「いらないかな」
「そんな……俺は作るよ彼女。そして幸せな家庭を築くんだ」
「そうか。頑張れ」
「冷たいなぁ」
「想像出来ないから。弾間に彼女ができるの」
「な、なんだって!酷いことを言うなぁ。
高校生の間に俺は彼女を作る。そして制服デートをするんだ」
「精々頑張れ」
「頑張るとも。伊達に毎週末街中をブラブラしてないから」
「そんな事してたんだ」
「それくらい本気なんだ」
「気持ちは伝わったよ」
朝ごはんを食べてる時、弾間の視線は先生たちの浴衣姿に釘付けだった。それから今日も聖域の修行は始まった。
昨日話してわかったけど、聖域に限って言えば僕は弾間よりも才能がある。
昨日だけで聖域の範囲は四m。ただ、地面に添わせる感じでしか広げられなかった。今日は高さを出していきたい。
弾間は昨日ほとんど聖気を広げられなかったらしい。まあ、聖童師としての期間が格段に短いからなんとも言えないけど。
もっともっと範囲を広げていきたい。
午前中はあまり進展が無く終わり、お昼ご飯はカレーを食べて食後の休憩。
「ちょっと森の中探索しない?」
満腹のお腹をさすってると弾間がそんな提案をしてきた。
「いいね」
実は結構気になってた。森の探検なんてしたことがなかったから。
そうして、僕と弾間は森に入った。
森の中に一歩入ると別世界。
木々の間を颯爽と駆け抜ける澄んだ風。木漏れ日が照らすのは自然の儚さ。緑を見てると心が広くなる気がする。
どんなに小さなものでも影がその存在を明らかにする。太く逞しい木の根っこは地面を盛り上げる。
奥に進んでいくとキノコが生えてたり、斜めに生える木があったりと、違った自然を感じれた。
そろそろ折り返そうかと話した時にそれは来た。
嫌な匂いがする。いい加減慣れてきた。この感じは吸血鬼。
そのことは弾間も同時に感じ取る。
その姿を捉えた瞬間、僕は飛び出した。なんの躊躇いもなく、その吸血鬼を狩るためにナイフを振るう。
背後からの奇襲。あと一歩の所で気づかれて避けられる。
女だ。黒髪で三つ編み。大人しそうな見た目だけど立ち姿を見れば分かる。僕と弾間を視界に収め、いつの間にか鞘から抜かれた刀身が黒い刀。
女が立ってる位置はちょうど僕の聖域の一歩外、絶妙な距離感。
嫌だ。本当に嫌だ。強い奴が発するオーラだ。無機質な瞳が僕を捉える。
弱い奴から死んでいく。世の常だ。
聖域に入ったのを認識した時には刀は既に目の前に。
(ザシュッ!)
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