第2話 準備
夏休み一日目。
:何時に登校すればいいですか?
:九時
:ありがとうございます!!
二日目
:筆記用具は必要ですか?
:必要
:ありがとうございます!!
三日目
:お弁当は必要ですか?
:必要
:ありがとうございます!!
四日目
:上履きは新しくした方がいいですか?
:かまわない
:ありがとうございます!!
五日目
:運動靴の方がいいですかね?
:そうだな
:ありがとうございます!!
六日目
:自己紹介とかしますか?
:そうだな
:ありがとうございます!!
七日目
:恥ずかしがり屋なんですけど大丈夫ですか?
:そうだな
:ありがとうございます!!
八日目
:万が一髪を染めても大丈夫ですか?
:そうだな
:ありがとうございます!!
九日目
:目付きが悪いって言われるんですけど大丈夫ですか?
:そうだな
:ありがとうございます!!
十日目
:バイクで通学してもいいですか?
:そうだな
:ありがとうございます!!
十一日目
:好きなアイスはなんですか?
:そうだな
:ありがとうございます!!
十二日目
:恒例行事とかってありますか?
プルプルプルプルプル。
「はい、兵頭です」
『もうやめてーーー!!一回会おうか!そこで全部確認しような!』
「分かりました。わざわざ時間を割いてくれてありがとうございます!!」
『おうそれじゃ「あっ」…どうした?』
「あの、今のうちからやっておいた方がいいことってありますか?」
『オーケー、オーケー。それも含めて全部話すから。明日空いてるか?』
「はい」
『よし、明日のお昼に喫茶店で』
「分かりました」
翌日、スキンケアおじさんと喫茶店で合流する。
「んで、なんで毎日一個ずつなんだ?」
「寝る時に何故か浮かんでくるんですよ。
それで夜だと迷惑かなと思って朝起きてから送ってます」
「そうか、そうか。おかげで最近は毎日七時に起きてる」
「いえいえ」
「皮肉だよぉ」
「返信早くて助かります」
「もう俺にはダメだ…ペースが狂う」
「大丈夫ですか?」
「ははは、大丈夫」
「とりあえずまとめてきたから」
「ありがとうございます」
「夏休み中は運動してくれればいい」
「それなら毎日やってます」
「そうか」
「基礎とかは学校に来てからだな。それまでは最低限の体づくりを頼む」
「分かりました。仕上げていきます」
「程々でいいぞ」
「はい!全力でやります!」
「…まあいいや。
なんか性格変わったな」
「そうですか?まあ十人十色って言うじゃないですか」
「うん。どういう解釈してるか分からないけど確実に使い方間違ってるな」
「人には色んな一面があるってことじゃないんですか?」
「うん、違うな。ほとんどの人はそんなにたくさん無いから」
「まあどうでもいいんですけどね」
「そうだな」
「それからこれを」
手提げを渡された。中身は袋に包まれててわからない。
「中には制服と貞操帯、その鍵になってる十字のネックレスが入ってる」
貞操帯。自分には縁の無い物だと思ってたから少し興味がある。
八月下旬。
引越しの作業が終わった。
学校近くにある団地一帯を学校関係者の人が持ってるってことで学生は無料で住めるようになってるんだと。他にも普通に一般の人も団地に住んでる。引越し作業中、団地に住んでる家族が子供を連れて保育園に向かう所を見た。家族連れだったりスーツを着込んだ人達、小学生中学生、お年寄りまで幅広い層の人達がこの団地に住んでる。
空いてる所ならどこでもいいと言われて、隅っこにある棟の最上階の部屋を選んだ。
全棟五階建ての一フロア四部屋。一LDK、電気ガス水道無料、引越し金も無料。至れり尽くせりだ。十分に広い部屋で一人暮らしには広すぎる気もする。
結局家具を全部置いてもスカスカだった。
元々必要な物って言われてもここじゃ使え無い物が多いから家に置いてきた。
おじさんに言われた通り体を仕上げるために体を動かす。そんなこんなで夏休みが過ぎていく。
学校までは徒歩十分。団地を出て右に曲がってからひたすら真っ直ぐ五分ほどの道程で、大きなトンネル前の交差点を右に曲がりかなり急な坂道を登っていく。三分くらい坂道を登ると平坦な道になり、そこから二分、歩くとそこに学校がある。
湘南(しょうなん)聖童(せいどう)高校。
周りは自然に囲まれてるし、それなりの高さの場所にある校舎からは街を一望できて景色が良い。そして富士山が良く見える。ってもらった資料に写真付きで書いてあった。
ただ、もらった資料の中にある写真には人が一人も写ってなかった。どんな人達なんだろうか。
団地から道路を挟んだ向かい側には大きなショッピングモールがある。とりあえずそこでご飯を調達する。
あ、トイレットペーパー買ってなかったんだ。それとティッシュもだ。消臭剤も買っておこう。
それからご飯は何にしようか。
お米に卵と納豆、醤油、白だし、パスタ、塩、ソース、オリーブオイル、ベーコン、塩コショウ、お茶っ葉、こんな感じかな。カートを使ってカゴ二ついっぱいいっぱいにしてレジを通す。
大きな袋をもらって両肩に一つずつ、両手に一つずつ、パンパンに詰め込んだ袋を何とか持てた。
五階まで階段で上がって部屋の前で立ち止まり、ここで深く考え込む。
とんでもない問題に直面してしまった。
家の鍵は今、財布の中に入ってる。何とか片手は開けられるが片手だけじゃ財布の中の鍵は取り出せない。
数分考える。シワシワの脳みそを伸ばしたり縮めたり。
地面に荷物は置きたくない。何とかして鍵を取り出す方法を探る。そこで閃いたのが財布を口で咥えて空いた片手で小銭入れのところに入ってる鍵を取り出す。
みっともない格好だが背に腹はかえられない。この状況を打開するには少しくらいの不格好さは諦めるしかない。
悔恨なくして前に進めず。と、テキトーな事を言ってみる。
これから鍵は首にぶら下げよう。
唇を内側に入れ込んで財布が口の中に当たらないようにする。さすがにちょっと汚れとかが気になる。
(ふんふ、ふぉれれふぁんふぉふぁ)
チャリンチャリンと小銭がぶつかりながらも鍵のとんがりを見つけて取り出す。財布の中身が見えなくて意外にも苦戦させられた。
(ふぅ)
「え…」
声の方を振り向くとそこには黒髪ロングでワイシャツにタイトスカートのOLっぽいお姉さんが立ってた。
(めちゃめちゃ美人)
鍵を鍵穴に差し込んで財布をポケットにしまう。
「ど、どうも。引っ越して来ました兵頭です。これからよろしくお願いします」
「あ、隣の火隣です。大丈夫ですか?」
(素晴らしいプロポーション)
鍵に夢中になって人が近づいてるのに気づかずバッチリと見られてしまった。大量の荷物を持って上を向いて財布を咥えた変な格好を。
さながら餌に飛びつく池のコイのように。ヨガにこのポーズがあったらきっとそんな名前が付けられてると思う。
この格好が許されるのはきっと無邪気な小学生までだろう。
内心は激しく悶えながら外見では平然を装う。
「すみません、変なものを見せてしまって」
「いえいえ、それでは」
(めちゃめちゃいい匂い)
多分終わった。関わりたくない隣人って思われた。隣人関係は大事なのに初っ端でミスしちゃったよ。
「カァーカァー!!」
電信柱に止まって夕方を知らせてくれるカラス。夕日に染る団地。
(部屋に入ろ)
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