万古闘乱ー聖童師として吸血鬼としてー

骨皮 ガーリック

第1話 16で天命を知る

 吸血鬼きゅうけつき

 いつ、どこで、どのようにして生まれたのか、誰も知らない。

 人間社会に溶け込み、昼夜問わず人を襲う。

 だれが言ったか吸血鬼きゅうけつき


 吸血鬼きゅうけつきにとって人間は家畜である。好きな時に血を吸い、中には殺してしまうこともしばしば。

 吸血鬼きゅうけつきには理性があり知性がある。

 その根本にある生物としての本能は何か。なんのために血を吸うのか。


 吸血鬼に血を吸われることで人間も吸血鬼になってしまうことがある。

 吸血鬼になる条件は非童貞が血を吸われることだ。童貞が血を吸われても吸血鬼になることは無い。


 そして吸血鬼になり損ねた者を腐鬼ふきと呼ぶ。腐鬼ふきは主となった吸血鬼の命令に従って動く。そこに理性も心も存在しない。


 そんな吸血鬼達が好き放題やってるのかと言うとそうでも無い。

 吸血鬼に対抗可能な人間が存在する。


 聖童師せいどうし

 童貞の中でも才能のある者だけが聖なる力、吸血鬼を倒すことができる力を持つ。


 聖童師せいどうしが表の世界に名を残すことは無い。そのほとんどが、裏の世界で生き、裏の世界で死ぬ。殉職じゅんしょく率が非常に高い職業と言えるだろう。



 1000年以上前から存在を確認されている吸血鬼きゅうけつき聖童師せいどうし、両者の争いは今もなお、続いている。


 童貞よ大使を抱け。



 その日、天界に育つ一本の木から一つの赤い果実が地へ落ちた。

 落ちた果実は芽吹き、やがて新たな果実を実らせる。




    「お前には生涯童貞の才能がある」


 高校一年の梅雨の終わり頃。夏が近づいて温い空気が肌にへばりつく。

 蒸し暑さへの若干の苛立ちもありながら、ハンディ扇風機を顔の下から当てて鼻の中に涼しい空気を送りながら深い呼吸を行い信号待ちをしていた。

 にもかかわらず暑さからは逃れられない。


 そんな時、後ろからのダンディな声に振り向くと、そこには夏の大きな夕日を被ったおじさんが立っていた。

 某アイスクリーム屋さんの二段アイスクリームみたいだなと思いながらも下のアイスの方が小さいのはおかしいなと思い直して尋ねた。

 いや、カップアイスならあるかも。


「すばらしい観察眼、いや洞察力か、はたまたシックスセンスか。

 よく気づきましたね」

 なんてことを僕は意味もなく右手にはめた漆黒の手袋を外しながらおじさんに言った。

 きっと夏の暑さに頭がやられたのだろう。思考力の低下が著しい。


「パッと見て俺の心にビビっと来たんだ。お前はとんでもねえ才能を秘めてる」

「僕は三十歳まで童貞を貫いて魔法使いになって世界を悪から守るんです。それが僕の儚い夢」

「変わってるな。残念だがそれは無理だぜ」

「なんでおじさんにそんなことを言われなきゃいけないんですか。子供の夢を壊して何がしたいんですか」

「根拠がある」

「それは?」

「俺だ」

「え?」

「俺は今五十を過ぎたが、童貞だ。もちろん魔法使いじゃない」

「なるほど。自身の経験から基づく立派な根拠ですか。ですがそれだけじゃあ納得できないですね。おじさんがたまたまそうなだけかもしれないじゃないですか」

「俺の周りは少し特別でね、何十人と三十歳を超えた童貞がいるがもれなく一人も魔法使いになれたやつはいないな」

「なるほど。それなら納得できます。

 となるとどうしようかな。僕の夢が無くなっちゃったよ」

「悪から世界を救いたいんだろ?」

「まあ、そうですね」

「心配するな。お前にはその才能がある」

「それはいったい…ご、ごくり…」

「…詳しくは場所を移そう」

「分かりました」


 夕日の逆光のせいで未だに顔が見えてないけど僕はこのおじさんを信じることにした。僕は感覚に生きる人間だ。理由はそれだけで十分。僕の直感がこの人は信用できると言っている。

 なんと言っても、道着姿に下駄を履いた変な格好は僕とのシンパシーを感じる。


 そんなわけでおじさんの影を踏みながら後ろを着いていった。念入りに影の頭の部分を踏みながら入ったお店はオシャレな喫茶店だった。


「好きなもの頼んでいいぞ?」

「それじゃあサンドイッチとパンケーキ、パフェとプリンとクリームソーダで」

「け、結構頼むな」

「育ち盛りなんで」

「まあいいか」


 窓側の席に着いてテーブルいっぱいに置かれたスウィーツたち。

 パンケーキから食べ始める。

「話の続きだが…」

 あむあむ。ズーズー。

「美味しい!ここ来てみたかったんですよね。

 あれ、何か言いました?」

「いや、食べ終わってからにしよう」

「?はい」

 あむあむ。ズズズー。むしゃむしゃペロリ。あーむ。むふー。ズズー。パクパクぺろんちょ。ぺろりんちょ。どっぷんちょ。

「ご馳走様でした」

「良い食べっぷりだね」

「ありがとうございます。昔から食べっぷりだけは褒められてました」

「本題に入ろうか」

「はい」


 おじさんの雰囲気が変わったのを感じて少し暑さを感じたから漆黒のマフラーを外す。ちなみに中学生の時に授業で作ったマフラーだ。


「この世界には吸血鬼ってのが存在する。俺が生業としてるのはそいつらを狩ることだ。吸血鬼は日々人間を苦しめてる。

 そして俺はお前をスカウトしに来た。車の中から一目見てピンと来た。窓から飛び出してお前に声をかけた。

 俺はお前が欲しい」

「ふむふむ…なるほどですね。大体理解しました。

 つまりはこういうことですね。

 この世界には吸血鬼がいて、おじさんは吸血鬼を狩る仕事をしている。そして童貞と吸血鬼を倒す力には関係がある。僕には生涯童貞の才能があってその力の才能もある。人手不足だから僕みたいな何も知らない子供の力を必要としている。付け加えると僕の魅力に惹かれたと」

「お、おう。今のだけでよくそこまで理解出来たな。最後のもあながち間違いじゃない」

「ふっ、IQ300なんで」

 僕は右目に着けてる漆黒の眼帯を外しながらそう言った。


「それで合ってる。お前にはすぐに転校してもらいたい。吸血鬼の狩り方を学ぶ学校に来てほしい。他にもお前みたいなやつを集めてる。

 これは世界の平和を守る仕事であると同時に命を簡単に落とす仕事でもある。そう簡単に決められることじゃないと思うからじっくり考えて欲しい。考えが決まったらいつでも連絡してくれ」

 そう言っておじさんはスマホの画面にQRコードを出した。

 漆黒のズボンもとい制服のズボンのポケットからロイヤルパープルのスマホを取り出してQRコードを読み取って追加する。


 おじさんのアカウント名は「五貞の浄清司」ね。


「僕は兵頭(ひょうどう)です」

「浄静司(じょうせいじ) 定俊(さだとし)だ」

 握手して分かる。この人永久脱毛してる。ゴツゴツの手に反してスベスベの肌。シミひとつない綺麗な肌。

「美容液は何使ってますか?」

「こんなおじさんとその話をしたいのか?」

「はい」

「長くなるぞ?」

「かまいません」

「そうか。まず1番大事なのが━━━」

 僕はすかさずスマホのメモ機能を開いて要所要所を入力していく。洗顔、化粧水、美容液、乳液、それから日焼け止め諸々、スキンケアエキスパートおじさんから全ての情報を聞き出した。

 ピロン。

『遅いけどなにかあった?』

 はっ!?母さんからの連絡で外がすっかり暗くなっているのに気づいた。


「今日はここら辺で、有意義な時間をありがとうございました。

 また今度お話、聞かせてください」

「おっと、長い時間拘束して悪かったな。こんな話でいいならいつでもいいぜ。周りは気にしてねえやつばっかりでよ、話し相手が出来て良かったぜ。いつでも連絡してくれ」

「はい、ではまた」

「ああ」


 この時期の夜は意外と肌寒い。黄昏色のカバンを背負い直して家まで走って帰る。

 フッフッハッハッ、フッフッハッハッ。

 夜道を走るタクシーと併走しながら、ちょっぴり気になって車の中を覗いてみた。


 後部座席の奥に座る若い女性と手前に座る赤ちゃん。赤ちゃんと目が合ったから飛びっきりのスマイルを見せる。

(ニヤリ)

 途端に泣き始めた赤ちゃん。奥に座ってる女性とバッチリ目が合ってしまった。

 気まずくなったからタクシーを追い越してひたすら走る。

 フッフッハッハッ、フッフッハッハッ。

 家に帰って1日が終わる。



「母さん話があるんだけど」

「知ってる?ラ・フランスってフランス原産なんだってー」

「他にどこがあると思ったの。ガッツリ名前入ってんじゃん」

「おっ!よく気づいたね」

「気づかないことある!?」


「あのさ、僕違う学校に行くことになった。スカウトされたんだ」

「そうなの?良かったじゃん」

「僕には特別な才能があるらしい。才能ある者はその道に引き寄せられてしまうんだ。運命によってね」

「そーなんだ?」

「そう。だから僕は行かなきゃならないんだぜ」

「頑張ってね」

「おうよ」

 母さんは天然な所があるからほとんど話も頭に入ってないと思う。多分転校するってことだけは理解したんじゃないかな。僕がこの世界を救うという天命を受けたことも。そして、僕が人類の滅亡を阻止するために生まれてきた存在だってことも、母さんはきっと知らない。

 家族には内緒で世界を救う。

 かっこいいじゃん。右手が疼く。



「それでさ、引越ししなくちゃいけないんだ。学校の近くに。

 生活のお金は全部学校が負担してくれるんだって。だから母さん、僕は巣立ちます。

 長いようで短い間だったけどありがとう。

 母さん…泣かないでよ」

「や〜ん。いつの間に大人になってる〜」

「いや、ここは泣いてくれよ。一人息子の旅立ちだよ?僕は泣く準備出来てるんだけど。

 あ、良かったら母さんも目薬使う?スースーしないやつだから使いやすいよ」

「大丈夫。お母さん泣くの得意だから。なんてったって小さい時の夢はハリウッド女優だから。ふふん!」

「わかった。それじゃあもう一回いくよ」

「おっけー、まかせて!」

 母さんは親指をグッと立ててニッコリと笑う。


「母さん。これからもたくさん迷惑かけると思うけど、この家から一度飛び立ちます。いつかまた会う時は立派な人間になってると思うからその時は一緒に肉を食べに行こう!今までありがとう…母さん」

「うえーん。うえーん。さーみしーいよぉー。

 うえーん。あっ!でもお肉だと胃もたれしちゃうから胃薬買っておかな「カァットォ!!」え?」

「泣きの演技が不自然すぎるよ!もっとこう、自然にナチュラルにふわっとできない?

 それと胃もたれの話は今じゃないでしょぉ!」

「まだやるの?」

「もういっか。そんなことよりご飯食べよう!」

「今日はハンバーグだよ!」

「よっしゃあ!」

「せーのっ「「いただきまーっす」」


 ご飯を二回もおかわりしてしまった。




 次の日、僕はおじさんと会うことにした。

「は、はやいな。もう決めたのか?」

「やるよ。僕はやるよ」

「軽いな。ちゃんと考えたのか?親御さんとちゃんと話し合ったか?死ぬかもしれないんだぞ?」

「生きる意味を見出してこそ人生。

 そして僕に普通の死は似合わない。平凡な生なんていらないよ。歪で歪んだ生を僕は求めてるんだ!」

「まあいいか。だったら強くならなくちゃな。弱けりゃ、ぷちゅんと死んじまう業界だ」

「当然です。やるならもちろんてっぺんでしょ」

「ははは、頑張れや」


「でだ、昨日話した通りうちの学校に来てもらう。手続きがあるからだいたい夏休み終わってからだな。親御さんは大丈夫だったか?もしあれだったら俺が直接会って説明とかするけど」

「そこはバッチリです!昨日話し合ったんで」

「そうか、わかった」

「それよりも楽しみですね。とう!とう!ていやあー!」

「やっぱ戦闘センスねーな」

「ですよね。僕格闘技はからっきしなんですよ」

「まあ、それはどうにでもなるからな」

「うぃす」


「とまあ、そんな感じで何か気になることがあったらいつでも連絡してくれ」

「はい。ご馳走様でした」

「ご飯粒付いてるぞ」

「おっと、これは失敬失敬」


 僕は嬉々としてこの世界に足を踏み入れた。

 深く考えずに…しかし真剣に。


 このおじさんとの出会いが全ての始まりだった。長らく止まっていた僕の人生が動きだす。

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