第3話 聖童師

 新学期当日、僕は寝坊した。

 と、いっても普通に間に合う時間だ。実は学校が楽しみで眠れなかった。

 ピーナッツバターを食パンに塗りたくってかぶりつく。昨日のうちに荷物を準備しといて良かった。


 そして問題のやつである。

 貞操帯を装着して僕は家を出る。やっぱり慣れない。股間部分をがっちりとホールドしてくれてる貞操帯はなかなかに違和感がある。シンプルに重い。

 しかし僕は慣れるのが早いんだ。学校に着く頃には素晴らしい履き心地となった。

 完全防御。安心感が桁外れだ。まるで赤ん坊の頃に愛用していたオムツのように、何をしても優しく包み込んで着用者に一切の不快感を与えさせない。まるでお花畑で寝転んでるような心地良さがある。



 教室の扉を開けると中には二人いた。

 一人は子供と言っていい程の少女。

 少女の第一印象。

 身長はおよそ140cm。華奢でか弱そうな体つきをしている。栗色のロングヘア、背中あたりで綺麗に切り揃えられてる。キリッと若干ツリ目で大きく目力のあるアーモンド色の瞳。スっと通った鼻筋に、薄くて小さな唇。


  そこから考えられる性格は明るく何事にもひたむきに向き合う様が伺える。そして気が強く、いじっぱりな性格。さらに小学校では毎年リレーの選手に選ばれてそう。からの友達は人形のくまさん。

 

 ちょっとした事で一喜一憂する子供な面も見え隠れする立ち姿。

 とまあ、ファーストインプレッションはこんなところかな。僕の観察眼はそこらの刑事にも引けを取らないと自負している。刑事見たことないけど。


「ちょっと何ジロジロ見てんのよ!ふん!私に惚れたりしないでよ!ここには恋愛しに来たんじゃないんだからね」

 先手を取られた!しかもめっちゃ尖ってる。

 でもここは落ち着いて対処しよう。全部が全部、先手が有利ってわけじゃない。

 それにしても、めちゃくちゃ高圧的な子供だな。大人な対応を見せてまくし立ててから言葉尻を拾い形勢逆転を狙う。こういうのは最初が肝心なんだ。


「安心しろ。お前みたいなお子ちゃまが僕の美学の世界に到達することは無いからな」

「なにそれ、きもっ!」

「お前にはまだ分からないさ。万が一にも僕がお前に惚れることは無い」

「ふん!ならいいけどね!」


 気を取り直して。

「初めまして兵頭です。名前はまだ無いです」

「無いってどういうことよ」

 さっきもそうだったが、少女の声はハキハキとしていて、遠くまで通る明るい声だった。


「名前はまだ教える程の関係性じゃないってこと」

「しょうもな!そんなのスっと教えなさいよ」

「僕の名前が知りたいの?」

「別にそんなんじゃないし!」

「そ、そうか。ふーん。そっか…」

「なんで寂しがってんのよ!もしかして聞いて欲しかったの?」

「そ、そんな訳ないじゃん!」


「ふん。私は暮慕岬(くれぼみさき) 満(みちる)」

「よろしく満(みちる)」

「ちょっと、馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでよ」

「そうか、じゃあ暮慕岬から取って、くれぼんで」

「…」

 なんとなくで言ってみたけど、沈黙ということは肯定と受け取ってもいいってことかな。即興とはいえなかなかのネーミングセンス!



 そして次に教卓の前に立っている担任の先生と思しき女性。

 白いワンピースを着た若い女の先生。いかにも生徒と真っ直ぐ向き合いますって感じがする。

 清潔感のある服装に真っ直ぐ肩甲骨あたりまで伸びた黒い髪。おっとりしてそうなタレ目と大きな黒い瞳。ノースリーブから伸びる白い腕。

 運動は苦手そう。身長は160くらいで白いヒールを履いてる。


「先生ですか?兵頭です」

「私は白鳥(しらとり) 泉(いずみ)。二人の担任です」

「そうなんですか。よろしくお願いします」

「よろしくね。はっ…はっ、ハクチョウッ!

 エアコンの掃除、依頼済みだからもう少ししたら先生のくしゃみも落ち着くと思うけどそれまではごめんね」

「……」

「ハウスダストってやつですか?」

「そうそう。昔からダメなんだ」

「世知辛いっすね」

「なんでそんな世の中の理不尽を目の当たりにしたみたいな深刻な顔で言ってんのよ」

「そう。人生にはいつだって理不尽が付きまとう。僕の成績が常にオール2のように…」

「それあんたがバカなだけでしょ」

「あぁ、なんて惨いことを…」

「これ、無視するのが正解だ」

 ん?さっきのくしゃみなんかおかしかったな。まあいいか。





「それじゃあ授業を始めるよー。席に着いて」

「先生、ずっと前から席に着いてますよ。それでなんの授業をするんですか?」

「聖童師についてだよ。満ちゃんは復習ね」

「は〜い」

「なるほど。これから俺は聖童師になるのか」

「それじゃあ早速始めよっか。

 聖童師はね、吸血鬼を狩るために生まれたの。もうずっと昔から戦いは続いてるんだよ。

 じゃあ、聖童師ってなにって話しだけど。

 満ちゃん答えられる?」

「はい。

 聖童師とは体に流れる聖気を操って纏ったり、聖気を童質に変換して悪い吸血鬼を狩る人のことです!」

「そう正解!

 それじゃあ今度は聖気って何ってなるよね。

 そもそもこれはね、貞操を保つ者の体内を巡ってる気功みたいなものね。貞操を失った者は例外なく聖気が失われるの。だから聖童師にとって貞操は生命線なの。それでみんなにも貞操帯をつけてもらってる。

 聖気の事だけど、まず聖気を操ることで身体能力が向上して人間離れした動きができるようになる。そして、聖気を纏えば岩を殴っても痛くなくなる。

 ちょっと外に出ようか」

 そう言って先生は教室を出て、僕たちも続いて教室を出た。


 外に出ると、先生の腰辺りまである大きな岩の前で止まる。

「拳に聖気を纏ってと。見ててね、いくよ。

 ってい!」

 軽く構えた先生が右拳を岩に叩きつける。

「ズガアァン!」

(……)

「っと、こんな感じで先生の拳は擦りむけてもないし、赤くなってもない。どう?すごいでしょ」

 白いワンピースにヒールを履いた人間がやっていい絵面では無い。砕けた岩は粉微塵になって地面の土と同化してる。しかも掛け声!

 ってい!ってこんな軽すぎる掛け声でなる惨状じゃない! すげぇ。

 これが聖童師か。


「それじゃあ戻って説明の続きしよっか」

「は、はい」


「てことで、聖気を操る事は聖童師になる上で必須条件。これが基礎だからね。疎かにしたらダメだよ。もしも生身で受けたらさっきの岩みたいになっちゃうからね。

 そこで!ああならないためにどうすればいいの?ってことだけど!満ちゃん!」

「聖気を体に纏って防御する」

「正解!満ちゃんは絶賛訓練中だよね。

 兵頭くんにもここから数ヶ月、この訓練をすることになるからね」

「はい」

「吸血鬼って何か知ってる?」

「フィクションの吸血鬼なら」

「大体一緒だよ。

 貞操を失った人が吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる。でもこれは特殊だから血を吸われた人間全員が吸血鬼になるわけじゃない。吸血鬼にとって人間は食料みたいなものだからね。減りすぎたら困るの。だからやたらめったら吸血鬼にするってことは無いよ。

 吸血鬼界隈ではこれを眷属化って言ってるみたい。

 それに血を吸われても貧血になる程度らしいからね。そこは先生も吸われたことが無いからわからないけど」

「へー、じゃあ僕が今吸われても絶対に吸血鬼にならないんだ」

「そうだよ」

「吸血鬼になったら人間の時の記憶ってどうなるの?」

「それはね、個人で差があるの。

 そもそも吸血鬼の他に腐鬼っていうのもいてね。人間が吸血鬼に血を吸われて眷属化された時に自我を保てなかった人間が腐鬼になるの。

 腐鬼は全員自我が無い。そして吸血鬼の命令以外では動くことが無い。生きる屍状態ね。

 最初に倒してもらうのは腐鬼だよ」

「そんなのもいるのか。相変わらず世知辛いな」



「吸血鬼と腐鬼の倒し方だけど人間と同じ場所に心臓があるの。聖気を纏った攻撃じゃないと効かないからとにかく訓練!

 さっきも言った通り悪い吸血鬼は人の血を吸ったり人を殺すの。

 中には普通に暮らしてる吸血鬼もいるからそっちは基本ノータッチ。吸血鬼全員が狩る対象じゃないよ」

「まあ、そうですよね。人間も同じようなもんですからね」

「当然、吸血鬼も聖気を使うからね」

「貞操を失った人間が吸血鬼になるのに聖気を使えるんだ」

「そう。人間と吸血鬼は別!詳しくはわかってないけど、そうなるの。

 そして吸血鬼も同じで貞操を失うと「聖気が無くなる」正解!」

「なるほどね」

「聖童師にとっても吸血鬼にとっても貞操が生命線ってことか。

 僕の股間は命よりも重い」


「吸血鬼も普通に暮らす分には聖気は必要ないからね。

 でも、んー。そこは人それぞれだね。人生、聖童師が全てってわけじゃないから、命を優先しても決して間違いじゃないよ。

 それにこれから結婚して子供が欲しくなることだって大いに有り得るでしょ?」

「確かに。いつの間にか思考が偏ってた。

 まあでも、今のところは股間ファーストかな」

「そう、そこは自分でしっかり考えてね。もちろん相談には乗るけど最終的に決めるのは自分だから」

「うぃっす」



「これ聖気って言うんだ」

「えっ、もうわかるの?」

「はい。中学の時からこれ使って遊んでたので」

「そっか。それなら上達も予定より早いかも」

「くれぼんにすぐ追いつくぜ!」

「あんたなんかに負けないもん!」

 僕の闘志に火がついた。


「はい決定。絶対くれぼんより強くなるー」

「無理!あんたなんかじゃ届かないくらい遥か高みに行くから!」

「じゃあ僕はその遥か先の高みに行くし」

「だからそれよりも遥か高みに行くから無理!」

「「勝負!」」

「いいねぇ。二人はライバルだ」

「こんなちっさい子供とライバルになってたまるか!」

「こんなイカレ野郎とライバルなんて冗談じゃない!」

「いいねいいね。頑張れ!」

「それじゃあ、ここからは実際に体を動かして実践してみようか。着替えて外に集合!

 先生は戦闘得意じゃないから、ここから先は他の先生が教えてくれるよ。

 戦闘以外だったらいつでも相談に乗るからね」

「「はい」」

 白鳥先生が教室を出ていってからくれぼんもついて行くように出ていった。


「ト〜イレットイレ〜」

 トイレから戻って気づく。どこで着替えればいいんだ?聞くの忘れてた。

 ここで着替えちゃおっか。誰も来ないでしょ、後で先生に場所聞いとこ。広々とした静かな教室に布の擦れる音が響く。ジャージに着替えて外に出る。




 校舎の前にあるグラウンドに行くと既に運動着に着替えたくれぼんがいて、その隣には運動着?姿の女の人がいた。

 近づいてわかったけど、ウェーブのかかった髪を後ろで束ねて黒縁の眼鏡をかけてる。親世代の歳だけど服の上からでも引き締まってるのがわかる。大人の色気があるようなないような。

 白の道着が肩口で途切れてて脇の下から脇腹までガッツリ空いてる。中に着てる黒のインナーが見える。下も道着っぽく白のダボッとした七分のズボンを黒い帯で締めてて上下一貫の服だ。


「君が新人の兵頭くんだね。

 私は二人の戦闘訓練の担当になった人見(ひとみ)、よろしく。ビシバシいくから覚悟してね」

「はい。よろしくお願いします」

「いいじゃん、いいじゃん。雰囲気あるよ」

「そっすか?やっぱりわかる人にはわかっちゃいますよね」

「おお〜言うねぇ」

 なんか絡みやすい人だな。それにしてもこの学校に来てからまだ男に会ってないな。


「それとごめんね。能力の都合上薄着じゃないとやりずらくて」

「なるほど。衣装にもこだわりがあるのか。

 僕も今のうちから考えておこっと」

「そうだね。自分に合った衣装は大事だよ」


「それじゃあまずは準備運動から!

 しっかり念入りにやっていくよ!足を肩幅に開いて体を捻って〜」

 ほいっちに、ほいっちに。



 五分後。

「よ〜し、体ほぐれたかな。

 まずは聖気を頭から手足の指先まで流してみよう!」


 それくらいなら今の僕でもできる。普段遊んでる時にやってたし。

 滞りの無いように、頭から腕、指先、へそから足の指先に、なめらかに動かしていく。

 隣を見るとくれぼんも頭から足、足から頭まで聖気をなめらかに動かしてる。

「結構やるね」

「あったりまえでしょ。半年はやってるんだから。

 なのに、なんであんたがそんなに動かせるの」

「やってたからね、何年も前から。

 学校の暇な授業中とかも」

「ふん。何それ自慢?あんたには負けないから」

「こっちこそ」



「うん。二人ともいいね。これからは実践的な訓練に入るからね」

「「実践的…」」

「そう。まずは二人に組手をやってもらう。戦いに慣れるまではずっとやるよ」

「くれぼんが相手なら余裕だ」

「こっちのセリフ!!」

「二人とも落ち着いて。どのくらいまでやれるようになって欲しいかと言うと。

 兵頭くん構えて、私が殴りに行くから避けてね」

「はい」

 人見先生は腰を落として構える。僕も人見先生の動きに反応できるように集中する。


 一拍おいて人見先生が動き出す。よく見える。歩幅と体の向きを考えて━━

「くっ!」

 突然視界が塞がり目の前が闇に包まれる。

 人見先生の位置はもちろん把握出来ず、体が止まる。いつパンチが来てもいいように体に力が入る。

 直感で横に飛んでおいた方がいいかな。それともしゃがむか。

(ぷに)

「ぎゃあっ!!」

 突然、頬を指先でつつかれると同時に視界が戻った。一体どんなカラクリで僕の視界は真っ暗になったのか。


 見ると、来ると思ってた右手のパンチじゃなくて右手の人差し指が僕の頬をつついていた。

 人見先生は笑顔だった。


「はいだめー。どうだった?」

「わかりません。急に視界が暗くなって何も見えなくなりました。人見先生の動きもわからずどうしていいのかわからなかったです」

「そうだね。二人には見えない攻撃を避けれるようになって欲しい」

「そうなことできるんですか?」

「もちろん一朝一夕じゃ出来ないよ、長期的な目標だね。そのためにまずは基礎の戦闘訓練。二人がお互い全力でやって避けれるくらいまでになってもらう。これだけでも相当時間かかると思う。そこから目を瞑っても避けられるようになるまでまた戦闘訓練」

「まあやることはわかりましたけど、なんでさっき俺の視界が真っ暗になったんですか?」

「それはねー、なんでだと思う?

 自分で考えるのも大切だよ?」

「はい!」

「はい、満ちゃん!」

「たぶん人見先生の童質。

 兵頭はわかってないみたいだけど、ずっと目を瞑ってたよ」

「まじ!?気づかなかった…なんで」

「満ちゃん、正解!

 先生の童質は任意のタイミングで瞬きをさせられるの。

 あ、しょぼいと思ったでしょ。でもさっきみたいに知らなきゃ焦る。焦れば先生がその場を支配できる」

「確かに。急にやられるとその状況に一瞬でも混乱する。でもその一瞬が」

「そう、命取り。レベルが上がると視界を塞がれても微動だにしない相手ももちろんいるけどね。それでもやりようはある。

 もう一回やってみる?」

「はい」

 視界がダメならやっぱり次に頼るのは耳だよな。獣じゃないから匂いで判断とか無理だし。

 とにかく今はまだ見る。そこからは目を閉じる前の情報と音で予測…なんてことできるか?



 人見先生が構える。そのまま真っ直ぐ突っ込んでくる。

 ここからだ、集中。

 そして、暗闇の世界に入っていく。

 音。音を拾え。微かな音を聞き逃すな!

(ずっ、ずっ)

 かなり近づいてる、後ろに一歩下がる。

 次はどう来るか。

(ずっ、ずっ)

 音の方向が変わった。右。

(うわっ!)

 突如視界が蘇る。この短時間なら太陽の光に目がやられることはなく人見先生の位置はしっかり捉えられてる。右だ。

(うおっ!)

 直ぐに暗転。

(うおっ!)

 再びの光。いつの間にか左に移動してる。体を左側に少し傾ける。

(うおっ!)

 暗転。

(くっ!)

 明るくなった時、視界の右隅から来る人見先生。

(うっ)

 暗くなり。

(はっ!)

 そこに見えたのは視界の半分を占めた人見先生の左拳。

 コマ送りにされたように、でも移動部分のコマが抜けてる違和感。

 最初は音に集中しようと思ったけど、次々に視界から入ってくる新しい情報が頭を混乱させた。結果、音も聞けずにまんまとやられた。


「どう?こんなやり方もあるよ。まだまだ他にも小手先の技があるの。混乱させるだけでも有効だからね。こんな相手にやられるの癪でしょ?だから視界が塞がれても戦えるようになろう!」

「見えないのにどうすれば」

「そこは自分で考えよう。やっていくうちに気づくこともあるから」

「そもそもその童質の能力をくらわない方法はないんですか?」

「んー、先生のはちょっと特殊だからなぁ。無理かな。同等かそれ以上の相手にも構わず瞬きさせられるからね。それでもそのレベルになってくると視界が塞がれても戦える。どうしてだろうね」

「無理なんだ。

 んー、まだわかんないな」

「そうだね。ということでやっていこう!

 満ちゃんも頑張ってね」

「はい」




 こうして始まったくれぼんとの戦闘訓練。

 なかなかにくれぼんの動きが良くてさすがの僕も一方的な勝利とはいかない。

「ぐはっ!ぐへっ!」

 くれぼんの右ストレートが顔面に入り、そこからの繋ぎで左フックが脇腹を抉り、僕の体を突き上げる。


「ぐっ!がっ!」

 僕の右アッパーがくれぼんのみぞおちに入って体が浮き上がる。そこに左ストレートが再びみぞおちに入る。ワンツー!どりゃあ!

 初対面の少女でも構わず僕は殴れる。



 両者攻守が順番に入れ替わり、泥試合は十分に迫ろうとしていた。

 お互い聖気で守って大ダメージは防いでいる。これはもはや訓練ではなくお互いノーガードの殴り合いの喧嘩だ。

 両者一歩も引かない。


「ぶへらっ!」

 踏ん張って顔面への右ストレートを耐える。そこから歯を食いしばって右フック。

 中学一年生、しかも女子に負けられるかあ!!

 意地だった。


 しかし……。

「だっ!」

 自慢の足腰から力が抜けていく。同時にくれぼんも崩れ落ちる。


「「ばたんっ」」

 両者ダウン。

 渾身の右フックを放ち僕は力尽きた。




「二人ともすごい力んでたね。でも気合いは純分だったよ。これからもその調子で頑張ってね」

「「は、はいぃ」」


 キーンコーンカーンコーン。

 授業の終わりのチャイムがグラウンドに響く。重い体を起こして立ち上がる。

 そして僕はくれぼんを見下ろす。

「中々強いな。さすが僕が見込んだ男だ」

「見込まれた覚えないし男じゃないし!」

 力尽きて座り込んでるくれぼんに手を差し伸べる。

「これからよろしくな」

「ふん。女子を平気で殴るなんて常識無いの?」

「悪いが常識は中二の時に捨てた」

「それなら良かった。この業界常識がある人は強くなれないからね。これからよろしく兵頭」

 そう言ってくれぼんは僕の手を取り立ち上がって校舎に帰って行った。


(あ、更衣室聞くの忘れた)


 仕方なく教室で着替える。聖気で守ってたから傷にはなって無い。聖気の使いすぎと体の動かしすぎと考えすぎで疲れた。

 貞操帯は隙間があって意外と風通しが良いな。全然蒸れない。

(ガラガラ)


「ちょ、なんで教室で着替えてんの!?」

「更衣室わかんなかったから。

 先生に聞こうと思ってたんだけどすっかり忘れててさ」

「はぁ、それなら仕方ないか。後で教えてあげる」

「まじ?ありがと」

「さっさと着替えてよ!」

「ちょっとあっち向いててよ。俺の体家族にも見せてないんだから」

「早くしてよね!」

(ガラッ!)


 ラーキーすけべしちゃった。幸いにも上は既に着替えてて見られたのは股間部に取り付けられた特殊装備だけだ。ズボンを下げてる途中だったから良かった。足は見られてない。くれぼんがチラチラと僕の股間を見てたのは気づかなかった事にしておこう。

 これは間違えなく悪いのは僕なのだから。それに思春期なら仕方の無い事だ。人見先生の胸部と腰つきに目を奪われた僕が言うんだから間違いない。

 それからお昼を食べて午後の授業が始まる。


「ねぇねぇ、ひょうたんってあだ名はどう?」

「却下」

 なんだか、くれぼんとの距離がぐっと縮まった気がする。これも遠慮の無い拳での殴り合いとラッキーすけべのおかげかな。

 でもさすがにひょうたんは嫌だ。

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