第75話
洸次郎はしばし考え、失礼は承知で申し上げる。
「兄は当初は、自力で生きる兄であると見せつけ、手を差し伸べられるようになりたいと言っていたんですよね。それはその……」
「確かに、矛盾しているように聞こえますよね。迷いもあったみたいです。心が穏やかななってからは、多治見で暮らしたいと思いつつも、最初の思いも消えていなかった、みたいな感じでしょう。新三郎さんが私の妻を看取ってくれてから、上州に帰る気持ちが強くなったようでした。私の妻の死に直面して、会いたい人には早いうちに会わないと後悔すると痛感したようです。そう思うならすぐに帰りなさい、と私は話しました。新三郎さんは義理堅い一面もあり、妻の三回忌までここに居てくれました。その後築窯の資金集めもして、上州に帰ったのは
「そうですね。俺も今、二十五歳です」
洸次郎は目を伏せ、手元の手紙に視線を落とした。
「兄の手紙を見ても良いですか?」
「構いません。私は布団を干したいので、少しここを離れます」
布団干しが建前で気遣いであることは明らかである。
洸次郎は、封筒を開けた。懐かしい、兄の筆跡がある。手紙の内容は、口語にすると次のようなる。
――自分が郷里を離れている間に、弟が生まれていました。十歳の弟は、厳しい親の目を盗んで遊びに来てくれます。初めて会う兄にも、分け隔てなく接してくれます。弟とは、こんなに世話を焼きたくなるものなのでしょうか。多治見に置いてきた、織部のことを思い出しました。
「俺は織部か」
洸次郎が独りで突っ込みを入れると、子犬の二代目織部が不思議そうに顔を上げた。
「お前さんじゃないよ。すまんね」
織部は小首を傾げ、鼻先で手紙をつつく。
どの手紙にも、洸次郎のことが書かれている。日記を盗み見ているようで、恥ずかしくなった。事実、兄の手紙は、洸次郎の成長日記と化している。
――洸次郎には、俺よりも陶芸の才能があります。もしも本人がこの道に入りたい気持ちがあるなら、俺は全力で応援します。そのときは、洸次郎の面倒を見ては頂けませんでしょうか?
モノの記憶を通して、兄が自分を陶芸の道に進ませようとしていたことは知っていたが、保原透瑚に口添えしようとしていたとは、知らなかった。
過分なお褒めにあずかり、顔から火を噴きそうになったとき、次の手紙でその火が鎮火し、鳥肌が立った。
――俺は
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