第四章 継ぐ者、拓く者

第63話

 毎年十一月十四日は、村の祭りだった。

 神社の上の社から下の社まで神輿を担ぎ、今年の豊作に感謝する秋祭り。小塚村の大切な行事であった。

 今年は、もう行われないだろう。小塚村自体が無くなってしまったのだから。



 本郷湯島新花町。「大根畑の家」と呼んでいるこの家は、鬼才の絵師、河鍋暁斎が生前に暮らしていた家のひとつで、今は息子「クモ」が寝起きしている。そこに転がり込んだのが、その妹「みどり」と、村を無くして帝都に来た男・洸次郎である。

「コウよ、美濃の者がから手紙が届いたぜ」

 クモの「持ち絵」である鴉が、生きた鷹のように、クモの腕に止まる。その鴉が洸次郎に向かって、口に咥えた手紙を差し出した。

「クモさん……鴉も、すみません。俺の用事に使わせてしまって」

「構わないさ。急ぎの用事なんだろう」

「本当に、ありがとうございます」

 洸次郎は、手紙を見てみた。相手は、保原やすはら透瑚とうこという、美濃――濃州に住む人である。洸次郎を訪ねて上州に足を運んだという人がこの人かもしれない、と緑埜橘平が名前と住所を教えてくれて、先日から鴉を借りて手紙のやり取りをしていた。

 橘平の予想は、当っていた。洸次郎の兄、新三郎の陶芸の師匠にあたり、洸次郎を訪ねようとしていたのは、保原透瑚氏であった。新三郎が生前に寄越した手紙を見てほしいそうだ。

「……クモさん、また鴉を借ります」

「おう、好きに使ってくれ」

 すぐに透瑚に返事を書き、鴉に運んでもらう。

 鴉の姿が見えなくなると、クモは洸次郎の近くにどかっと座り込んだ。

「それにしても、なんだ、あいつは」

 あいつ、とクモが顎で示すのは、みどりだ。黙々と下絵を描き続け、休憩を取る気配がない。結城誉が結核の療養のために信州に行ってしまってから、己を追い込むように絵を描きまくっている。誉が贈ろうとしていたという長靴ブーツは、箱にしまったままだ。

「あのいけ好かない野郎がいれば、寝ろだの休めだの、賑やかしているところだろう」

「……そうですね」

 普段からぱたぱたと慌ただしく動いているみどりだが、休むべきときは休む者だった。今のみどりは、いつ倒れてもおかしくない。たまに他愛もない話をしに来る絹子も、心配していた。

「クモさん、ちょっと思いついたんですが」

 洸次郎は、やりたくないが、みどりの調子を戻すきっかけになるかもしれない作戦を思いついた。

「よし、やろう。妹のためだ」

「えっ⁉」

「ほんの一瞬だ。腹を括る」

「えっ⁉」

「お前さんとなら、できる」

 洸次郎は、腹を括っていない。

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