第59話

「……洸次郎さん、このままを支えていてくれませんか?」

 誉は肩で息をしながら、しっかりと鬼女紅葉の絵を見据える。誉の「持ち絵」である平維盛も刀を抜き、鬼女紅葉の刀と鍔迫り合いになっている。

「……友人が体を張ってを助けようとしてくれるんだから、も応えなくては。隙を見て、逃げましょう」

「……誉さん」

「その前に、この『絵』に言いたいことがあります」

 誉は、深く息を吸った。

「あんたがお絹の夫と子を殺したこと、お絹は感謝なんかしていないからな! お絹に罪の気持ちを持たせるな! あんたのやったことは、人の道理にも『絵』の道理にも反している! 我々は、『絵』のあんたを許さない!」

 消えてくれ、と、誉が消えそうな声で言ったのを、洸次郎は聞いた。

 絵の維盛が鍔迫り合いの最中に振り返り、誉を見て深く頷いた。

「……逃げろ、と言ってくれています」

「誉さん、行きましょう」

 みどりの「持ち絵」である子犬二匹が、先頭を進んで道案内をしてくれる。洸次郎と誉は、それについて行く。

「……消えてくれ、なんて、言い過ぎましたでしょうか?」

 ぼそり、と誉が呟いた。先程、鬼女紅葉の絵に投げた言葉を、誉は気にしている。

「……『絵』に、言ったつもりでしたが、母に言ってしまった気になってしまいました。母は悪くないのに」

 絵師であった母親の意思とは関係なく、例の鬼女紅葉の絵は勝手に出現して、誉と絹子に危害を加えると思ったものを殺してしまい、今も加害しようとしている。

「俺は絵にも動く絵や絵師にも詳しくないのですが、俺の話をしても良いですか?」

 洸次郎がふと思い出したのは、洸次郎が帝都に逃げるきっかけとなったモノと、その正体である。

「俺は郷里の村でモノに殺されそうになって、帝都に逃げてきました。人に取り憑くことができるモノで、俺も取り憑かれて殺されそうになりました。そのとき、モノの記憶が頭の中に流れ込んできたんです。モノの正体は、俺の父親でした。死んだ後も心が残り、俺を憎んでモノになってしまったんです。俺のせいだと思いました。でも、俺と一緒にモノの記憶を見た人や、モノを退治してくれた人達は、俺が悪くないと言い続け、俺が辛くなったときに、そばにいてくれました。今でも、俺が至らなかったせいで父がモノになってしまった、モノのせいで大切な人達を失ってしまった、と俺自身を責めることがあります。でも、俺は当時これ以上なにもできなかった、と今は思います。もしも今、当時に戻ることができて、自分の言動を変えることができても、父の性格では、モノになってしまうおそれは充分にあった。どっちに転んでも、父はモノと化してしまい、村に惨事をもたらしてしまった、と俺は思うんです……ええと、ごめんなさい。モノと動く絵は違うのに」

「……いえ、洸次郎さんが言いたいことは、わかります。母の『絵』は、洸次郎の言うモノと同様、暴走しています。もう、話してわかり合える状況ではありません。残念ながら、モノや害獣と同じようにしか、見えません」

「ですよね。いっそのこと、俺が盾になって、あの『絵』の刃でも受けましょうか? もしかしたら、誉さんの友人を傷つけてしまったと『絵』が自分を責めるかもしれませんよ」

「……それは洸次郎さんが危険です。その役目は俺がやります」

「誉さんが死んじゃいます!」

「でも、心的外傷は大きいと思いますよ」

「でも」

「洸次郎さんは、本当に優しいですね」

 喋りながら余裕が出てきたのか、誉は微笑んだ。刹那、ぞっと身震いした。

「消された……維盛公が、あの『絵』に消された」

 絵師が「持ち絵」が消えた感覚をおぼえたのと同時に、例の鬼女紅葉の絵が、目の前にふわりと現れる。

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