第58話
みどりの「持ち絵」である子犬二匹と一緒に、誉を探す。というより、路地に詳しくない洸次郎は、子犬二匹の後を追うことで精一杯だった。
時間の感覚もわからず、今どこにいるのかもわからない。
走る体力が尽きかけ、息を切らせていると、物陰にうずくまる洋装の人を見つけた。子犬二匹も足を止める。
「誉さん!」
洸次郎は地面に膝をつき、相手の相貌を確認する。やはり、誉だった。
「洸次郎さん……?」
誉は蚊の泣くような声を絞り出し、顔を上げた。口の周りと衣服、胸に抱えた帳面にに鮮血が散っている。
「誉さん、血が」
「触らないで。菌……病気の原因になりますから」
誉は深く息を吐き、顔をしかめた。
洸次郎は、誉に手を差し伸べる。
「帰りましょう。体を休ませないと」
誉は、力なく頷いた。
洸次郎は誉に肩を貸し、子犬二匹の案内で大通りを目指す。
「……なんで、俺なんかに構うんですか。俺よりも、みどりさんを守って下さいよ」
「みどりさんなら、大丈夫です。クモさんやお絹さんが加勢してくれています」
「……あの人達が危険だ。やっぱり、俺も行かなくちゃ」
「誉さん、いい加減にして下さい!」
洸次郎は、誉の耳元で叫んでしまった。
「こんな無茶をしたら、誉さんが死んじゃいます! 俺はもう、知り合った人が死ぬのは嫌です。生きてさえいてくれれば、それで良いんです。たまに自分のことを『俺』という誉さんのこと、友達だと思っています。三鷹にいる間に手紙をもらって、嬉しかったです。元気になったら、また皆で野球をやりたいです。また蕎麦を食べたいです。美味しい『とっちゃなげ』の味付けを教わったので、誉さんにも味見してもらいたいです。誉さんと知り合って日は浅いけど、一緒にやりたいことがあるんですよ。他の人だって、ありそうですよ。だから、誉さん、ここで死ぬような真似は……」
洸次郎はすらすらと言葉が口から出て、自分でも驚いた。そしてそれが、本心だと思っている。
「……洸次郎さんは、優しいですね」
子犬二匹の歩みが止まった。
ぞっと、誉が身震いした。
空から、ふわりと紅葉が散る。
舞うように降りてきたのは、例の鬼女紅葉の絵だった。打掛の内側から、刀が出てくる。
今度は、洸次郎が身震いした。上野に来てすぐに、モノに操られた人から命を狙われたことを思い出した。
子犬二匹が唸り、鬼女紅葉の絵にとびかかる。が、刀を避けるのが精一杯だ。
「……維盛公」
誉が呟いた。誉の「持ち絵」である平維盛が出現する。
洸次郎は、己の無力を感じた。自分に何のチカラもないせいで、逃さなくてはならない者を戦わせている。
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