第56話
思いがけず昼食にありつけた後、洸次郎はふたりと別行動を取ろうとしたのだが。
「コウ殿、お待ち下され!」
「洸次郎さん、待って!」
蕎麦屋を出て両脇抱えられ、別行動は全力で止められた。
「誉殿とふたりきりでは照れてしまいまする!」
「みどりさんとふたりきりでは照れくさくて」
「ふたりとも、どんだけ純情なんですか!」
よくよく話を聞けば、誉は往診の途中で大根畑の家を訪ね、洸次郎が金継ぎに集中して気づかぬ間に、みどりを昼食に誘ったのだという。だが、ふたりとも緊張しておかしな空気になってしまい、耐えきれずに洸次郎を呼んだ。
その話は嘘ではないだろう。しかし、それぞれ別の思惑もありそうだった。
「みどりさん、あの屋根の上に変わった鳥がいます! 西洋の鳥でしょうか?」
「なぬ! どこでございますか!」
みどりは、ぴょんぴょん跳ねて鳥を探そうとする。その隙に、誉がこっそり話してくれた。
「洸次郎さん、もしもモノが出たら、みどりさんを連れて逃げて下さい」
「でも、誉さん、具合が」
「え? 悪くないですよ?」
明らかな作り笑顔で、誉は「俺に踏み込むな」と暗喩してくる。
「……鳥さんが、いなかったです」
みどりが、しょんぼりして帰ってきた。
「俺の見間違えかもしれないです。ごめんなさい」
「コウ殿のせいではござらんです。それより、食後の甘味でも食べませぬか? お団子の気分でございます」
「じゃあ、団子屋さんでも探しましょう」
誉が率先して、団子を買いに行ってくれた。その隙に、みどりがこっそり話してくれた。
「コウ殿にお願いがございます。もしも、例の『絵』がわたくしを狙うことがあれば、誉殿を連れて逃げて下さい」
「まさか、みどりさんを襲うなんてことは」
昨日、絹子が例の鬼女紅葉の絵をおびき寄せる作戦を提案してくれたが。
「危ないです。おびき寄せないで下さい」
「動く絵を野放しにすると、何が起こるかわかりませぬ。例えば、誉殿やお絹殿が言いがかりをつけられそう、とあの絵が判断したとします。言いがかりをつけた人をあの絵が殺してしまうことだって全くあり得ない話ではありませぬ。現に、あの絵はお絹殿の旦那様やそのお子様も殺しております。あの絵がどれだけ人の理を知って人の良識で動けるのか、我々にはわからないのです。絵師の手から離れた絵は、在ってはならない」
洸次郎には実感の湧かない話だった。
「もしかしたら、誉殿も似たようなことを考えているやもしれませぬ。ですが、悪者になるのは、わたくしひとりで充分でございます。誉殿は仰いませぬが、あの御方は、明らかに体調がよろしくない。無理はさせられませぬ」
誉が戻ってくると、みどりはみたらし団子を頬張り、堪能の表情を浮かべた。それを見た誉もまた、嬉しそうに顔を綻ばせる。ふたりにこんな時間が増えてほしいと、洸次郎は願ってしまった。
「誉殿」
団子を食べ終えると、みどりは誉をまっすぐ見据えた。
「申し訳ありませぬ」
背の高い誉の顔に手を伸ばし、みどりは自分の顔を近づける。
刹那、紅葉が舞った。
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