第55話
金継ぎの途中の器に、防水代わりの弁柄漆を塗っていると、みどりの「持ち絵」である子犬二匹が洸次郎にじゃれついてきた。
「
何度見ても、みどりの「持ち絵」は本物の犬にそっくりだ。
子犬二匹のうち、熊川と呼ばれている方が、紙切れを咥えていた。洸次郎が紙切れを受け取ると、二匹ともお座りの姿勢になった。
紙切れには、みどりの字で、蕎麦屋まで来てほしいと書かれていた。近所の店で、洸次郎も場所を知っている。
「すぐに行く、と伝えてくれますか?」
洸次郎が言うと、子犬二匹は尻尾を振って駆けていった。
洸次郎は金継ぎの道具をしまい、出かける支度をする。
「クモさん、ちょっくら出かけてきます」
「おう、行ってこい」
クモは下絵を何枚も書いていた。強制的に布団で寝させられるようになってから、多少は調子が良いらしい。
「コウ殿ー!」
洸次郎が蕎麦屋に入ると、待ってましたと言わんばかりに、みどりが手を振った。
「洸次郎さん、来てくれたんですね」
みどりと一緒にいるのは、誉だ。洸次郎はつい、誉の顔色を確認してしまう。
「あんまり見つめられると、照れてしまいます」
誉は微笑んだ。その表情が、本音を探られないようにする線引のように、洸次郎には思えた。
「俺、帰りますね」
誉の体調は気になったが、折角ふたりにりになった、みどりと誉に割り込むわけにはゆかない。
「コウ殿、お蕎麦を食べてみたいと仰っていらっしゃいましたよね? いつ食べるの?」
「また後日」
「そこは、『今でしょ』でございましょう」
みどりが洸次郎の袖を掴み、離してくれない。
「コウ殿」
みどりが洸次郎に耳打ちする。
「お願いです。同席して頂けませぬか。誉殿と何を話したら良いのか、わからぬのです」
いつもなら誰にでも奥せず接するみどりにしては、珍しい。だが、割り込むのは野暮というもので。
「洸次郎さん」
誉が席を立ち、洸次郎に耳打ちする。
「お願いします。同席して下さい。みどりさんと何を話したら良いか、わからないんです」
「あんた達は、一体何しに来たんですか」
洸次郎は思わず、毒めいたものを吐いてしまった。
「……わかりました。お蕎麦、楽しみです」
洸次郎は、同席することにした。
別に洸次郎がいなくてもできる話を、みどりと誉は始める。絵の話だ。構図やら、筆の使い方やら、洸次郎にはわからぬ用語が飛び交う。誉は本職の絵描きではないが、昨日同じ場所で絵を描いていたこともあり、本当に絵が好きなのだと、洸次郎は感じた。
「コウ殿、申し訳ありませぬ。こんな話」
「いえ、おふたりとも、絵が好きなんだと思いました」
「好きというか……もう、己の一部でございます。息をするように絵に向かってしまうというか。兄上も同じです」
「わかります。僕も、お絹もです。洸次郎さんが昨日、器の修理をしていたとき、洸次郎さんは
「わかりまする! 目が! 職人の目つきでございました!」
「惚れてまうやろー、という感じでしたよ」
「そうなんでございますよ!」
洸次郎そっちのけで話が進んでしまう。
洸次郎は、注文した蕎麦を食べてみた。うどんとは違い、少し苦めの癖がある。コシはないが、わさびに合う。汁が濃いと思ったが、蕎麦に絡む濃さだ。醤油の汁を飲み干そうとすると、「蕎麦湯を入れるんです」と誉が教えてくれた。
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