第54話
「洸次郎さーん! お帰りなさい!」
「清兵衛さん、ごめんなさい。まだ
「洸次郎さん、違います! 急かしに来たんじゃないんです!」
清兵衛が急かしに来たんじゃないのは、わかっている。だが、洸次郎はすぐにでも金継ぎを再開したかった。
錆漆が乾いたことを確認し、水に砥石を浸して錆漆が平らになるように丁寧に研ぐ。一晩乾燥させないと、次の作業に移ることができない。
短時間の作業だが、気持ち良いほど集中した。深く息を吐き、我に返ると、五人に見つめられていたことに気づいた。
「……すみません、気づかず」
みどり、クモ、清兵衛、誉、絹子。五人とも、同じ反応をした。
惚れてまうやろー、と。
「さて、コウ殿が帰ってきたところで、打ち合わせをしましょう」
みどりが、ぱんと手を打った。
「鬼女紅葉の絵のことでございます。恥ずかしながら、未だに行方を追うことができておりませぬ。今も、わたくしの『持ち絵』が捜索しております」
「みどりさん、申し訳ありません。僕がけじめをつけなくてはならないのに」
久々に会った誉は、顔色が悪かった。
「誉殿ひとりに背負わせるわけには参りませぬ。皆で、やりましょう」
みどりが言う『皆』の中に、洸次郎も含まれていた。洸次郎は絵を描くことができないが、洸次郎自身彼らの役に立ちたいとは思っている。
「あの」
絹子が控えめに手を上げた。
「あたしが変な人に絡まれるふりをして、おびき寄せるのは?」
「却下だな」
クモが即答した。
「それもそうですね。クモさん以上の変な人はいません」
「清兵衛よ、あんた、俺に喧嘩売ってやがるのか」
「違いますよ。見知らぬ人を巻き込むより、クモさんが演技をして例の絵とやらをおびき寄せる方が安全だと申し上げているのです」
清兵衛の言い方は、一見喧嘩を売っているようだが、クモは「それもそうだな」と納得した。
「その役目、俺がやります」
「洸次郎さんに汚れ役はさせられません」
「清兵衛、やっぱり喧嘩売ってやがるな」
「違いますよ。皆の大切な洸次郎さんを危険にさらすわけにはゆきません」
みどりが「はうぅ……!」と言うかと思ったが、すんとしていた。
「おびき寄せるのは、わたくしも賛成です。されど、皆を危険にさらすわけには」
「おい、妹。自分が犠牲になるとかほざくんじゃねえぞ」
「ほざきますよ、勿論」
打ち合わせは、遅々として進まない。その間に、誉は黙って俯いていた。
「誉さん?」
「誉?」
「大丈夫です」
洸次郎と絹子が声をかけると、誉は弱々しく微笑んだ。
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