第47話

「コウ殿、申し訳ありませぬ。わたくしはこれから、稽古でして……誉殿と兄上のことをお願いします」

「大丈夫です。行ってらっしゃい」

「行って参ります」

 みどりが出かけると、クモは腕をぐっと伸ばして深く息を吐いた。

「俺は情けねえや」

「そんなこと、ねえです。クモさんには大変助けられています」

「あんたも言うようになったじゃねえか。ありがとよ」

 クモは握り飯と味噌汁で帳面を摂ってから、絵に取りかかる。膳を残さず平らげたクモを見て、洸次郎は安心した。

 食器を洗っていると、「洸次郎さーん!」と呼ぶ声がした。鹿島清兵衛だ。

「清兵衛さん、お久しぶりです。すみません、器はまだ、金を繕えていなくて」

「いえ、それは急ぎでないので、まだ平気です。それより洸次郎さん、陶芸やきものできましたよね? 三鷹の方にいるかたで、数日で良いので工房を手伝ってほしいそうなんです」

 お願いします。息を切らせて、清兵衛は頭を下げた。

 仕事を頂けるというのは洸次郎には大変魅力的な話だが、日雇いの土木工事のときに怒鳴られたことを思い出し、足がすくんでしまう。だが。

「俺は陶芸を生業なりわいにしていたわけじゃねえので、使い物にならないかもしれませんが……」

 このままではいけないとも思っている。

「やってみます」

「洸次郎さん、ありがとうございます!」

 清兵衛は先方の氏名と住所を書いた紙を洸次郎に渡し、茶を飲む暇もなく帰っていった。こんなやり取りの中でも、誉は布団に臥したまま、眠っていた。

駝鳥だちょうか?」

 クモがひょっこり顔を出す。

「やめてあげて下さい」

 洸次郎は、渡された覚え書きを見た。相手の氏名は「緑埜橘平」。

「みどの……さん?」

 知らない名だが、苗字はなぜか読めた。

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