第43話

 絵士組えしぐみ。聞き覚えのある言葉が出てきて、洸次郎は、一瞬呼吸を止めてしまった。

「あたしの父は、『絵』で維新派の侍を殺そうとして、逆に『絵』に殺されました。『絵士組』の仲間が父の『絵』と戦い、父の『絵』は消滅しました。『絵』を従え切れないと、『絵』に裏切られる。それを目の当たりにしたことで、『絵士組』は解散してしまいました。父は遺体すら残らず、母は心労で亡くなりました。その翌年に、今のように政府が世を治めるようになりました。あたしは、誉の両親に引き取られ、誉の父親の実家がある信州、松代に行きました」

 絹子は一度言葉を切り、みどりの顔を伺った。みどりは真表情で話に耳を傾けていた。

「おじちゃん……誉の父親の実家は、大きな造り酒屋で、おじちゃんの弟さん……誉の叔父が跡を継いでいました。叔父さんは、家を出ていった誉の父親のことも、おばちゃん……母親のことも一切許さず、家の敷居も跨ぐことができませんでした。それでも、おじちゃんは必死に頭を下げてくれて、誉とあたしは叔父夫婦の養子になりました。おじちゃんとおばちゃんは帝都に戻り、内職や錦絵で生計を立てたそうです。誉の叔父夫婦は、誉やあたしに優しくなかったけど冷たくもありませんでしたし、絵を描くことは制限されませんでした。そのうち、誉にもあたしにも、『絵』の素質があることがわかりましたが、ふたりだけの秘密にしました」

 絹子の言う「絵」は、みどりやクモの言う「動く絵」だ。

「あたしの『絵』は変わっていて、鉛筆で描いた草花の絵しか出現させることができなかった。でも、かなり応用が利くし、雅号も要らない。それに対して、誉は……」

 話が脱線したと思ったのか、絹子は話を戻した。

「誉が十三、あたしが十六のとき、誉の叔父夫婦に子どもができると、誉とあたしは追い出されました。上州の官営の製糸場で働き手を探しているという話を聞いて志願しましたが、同じ時期にあたしの結婚の話が出ていて、そっちを優先されました。あたしの嫁ぎ先は、誉の両親が住んでいる場所に近く、誉は再び両親と暮らし始めました。誉がどう思っていたのかわからないけど、あたしには、叔父夫婦のもとにいた頃よりも穏やかに見えました」

「ちょっと待って下さい」

 洸次郎は口を挟んでしまい、余計なことだと後悔した。だが、撤回しづらい。

「……すみません。もしかして、誉さんとクモさんが同い年かもしれないと思ったので」

「コウ殿、大丈夫でございます。それはわたくしも思いましたから」

 絹子が年上に見えなかったことは、礼を欠くと思って言えなかったが。

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