第三章 狂斎が守るもの

第42話

 目が覚めると、洸次郎は着の身着のまま布団に横になっていた。その隣にも布団には、誉が控えめに寝息を立てている。反対隣を見ると、クモが雑魚寝していた。

 洸次郎はクモに布団をかけ、顔を洗いに表に出る。

「コウ殿、おはようございます」

「……おはようございます」

 みどりの声も自分の声も、頭の中で響く。それが痛みとなって、思わず顔をしかめた。

「白湯です」

「……ありがとうございます」

 茶碗を受け取り、洸次郎は一瞬固まった。先程と同じく、みどりだと思っていたが、白湯を入れてくれたのは、絹子だった。

「お絹殿は気配り上手でございますね」

「いえ……夫に、よくやっていたので」

 絹子の表情が曇った。

 洸次郎の中で、絹子は誉と一緒にいる印象がついてしまい、つい誉と絹子が夫婦だと思ってしまうが、ふたりの関係性はあくまで「昔馴染み」だ。疑うわけではないが、絹子の口から「夫」という言葉が出て、それが過去形であることから、誉とは本当に他人同士なのだと感じられた。

「兄上も、誉殿も、起きませぬね」

「疲れたのでしょう。特に、誉は」

 絹子は、誉を起こす気がない。

「『絵』を出現させた後は、気を失ったように寝てしまいます。とてもじゃないけど、診察できる状況ではありません」

「となると、今日は休診でございますね」

「ええ」

 絹子が朝の空を見上げた。眉根を寄せ、一度俯き、再び面を上げる。

「おふたりには、先に話してしまいましょう。誉と、あたしのことを」



 握り飯で朝食を済ませ、いつかのように縁側に腰を下ろす。

「あたしから謝ります。『狂斎』の名を勝手に使って、ごめんなさい」

 絹子は、早速本題に入った。

「やはり、ご存知でしたか。『狂斎』の雅号が意味するものを」

 みどりの声音は、厳しい。

 絹子は

「はい。河鍋暁斎先生の雅号のひとつですね。あたしの両親からも、誉の両親からも聞いています。暁斎先生は、とてつもない才能の絵師だったと。暁斎先生は、親達の自慢でした」

「親御様達は、父のことをご存知でございましたか」

「あたしの父と誉の両親は、暁斎先生の弟子だったそうです。短い期間だったから、記録には残っていないかもしれませんが」

「……実は、そのようです。父の遺品を確認しましたが、結城という名はどこにも見当たりませんでした」

「だと思います。誉の両親は、弟子入りしてすぐに、破門されたんです。それを見たあたしの父も、門下を抜けました。志を同じくする人達と、絵士組えしぐみをつくったと聞きました」

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