第41話

「すみません。そろそろお暇します。皆さん、ごゆっくり」

 誉が席を立った。絹子も、ぺこりと頭を下げて誉に続く。

「では、我々も」

「だな」

 みどりとクモも席を立った。洸次郎も遅れて彼らを追いかける。

「コウ殿は、金之助殿達とご一緒なさってください!」

「寂しいのか?」

「寂しくないでふ!」

 洸次郎は酔いが完全に醒めず、噛んでしまった。

「モノが出たんですよね?」

「いえ、絵の気配でございます」

「絵、ですか?」

「おうよ。それも、絵師のいないところで、な。あいつの方が良く知ってるんじゃねえか?」

 クモの言う、あいつ――先頭を切っていた誉が止まり、長屋の屋根を見上げる。

 月をおおっていた薄雲が離れ、屋根の上のものがあらわになる。

 それは、人の形をしていた。婚儀で花嫁が着るような打掛と長い髪が風になびく。

「……ごめんなさい」

 絹子が肩に下げた鞄から、画帳を出して開いた。ページに触れると、地面から絵の蔦が生え、人の形をした「絵」を繭玉のように絡めた。「絵」は暴れて蔦の中から逃げようとする。近くの地面から、別の植物が生えてきた。その辺の庭木とは比べ物にならない大きさである。その植物は、わにのようにぱっくりと葉を開き、蔦ごと「絵」を飲み込んだ。

「お絹、無理をしては駄目だ」

 誉が、自分の鞄から、台帳のような帳面と筆を出した。

「すまないが、これ以上野放しにできない。許してくれ」

 誉が帳面を筆先で叩く。現れたのは、狩衣姿で腰に刀を差した武士だ。ただし、絵だ。

維茂これもち公、頼んだぞ」

 維茂と呼ばれた絵は、鰐のような植物に向かって跳躍する。植物に飲み込まれた「絵」が、内側から突き破り、蔦まで霧散する。そこを、維茂が刀を抜いて斬りかかる。

 「絵」を守るように、紅葉が舞った。維茂は紅葉をごうとするが、歯が立たない。紅葉が散る頃には、「絵」は姿を消していた。

「……今回は、ここまでか」

 誉は、筆で宙に文字を書いた。「狂斎」と読める字で。維茂の絵が帳面に戻ると。誉は帳面を閉じた。ふらついた誉を、絹子が支える。絹子もふらつき、クモが肩を貸した。

「誉殿」

 月夜に、みどりの声が凛として響く。

「ご説明、頂けますか?」

 誉は、疲労の色が浮かんだ顔で、力なく頷いた。

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