第33話

 目が覚めると、絵の子犬二匹は姿を消していた。外を見れば、東の空が白々と明けている。縁側では、みどりとクモが倒れるように寝ていた。

「おかえりなさい」

 洸次郎はふたりに布団をかけてから、僭越ながら朝食の準備をすることにした。昨夜の残りの味噌汁を温め直し、冷めた米飯は半搗はんつきにして粘りが出たところで握り飯にして、表面を醤油に浸す。空気の凛とした屋外に七輪を出し、握り飯をあぶる。

 小塚村にいたときは、母や妻が風邪で臥せったときに最低限の炊事をやっていた。凝ったことをしようとすると、すぐに父に邪魔立てされてしまうから。父が亡くなってからも、それを思い出して体が動かなくなる瞬間があった。

 たまに兄が、どこで買ったのかと思う食材で拵えてくれた料理は、腹も心も満たされた。食べ慣れていたはずの「とっちゃなげ」は、兄が調理すると抜群に美味く、鶏肉と味噌の鍋は、毎日食べたいくらい気に入った。美味いものを調理できる兄が憧れだった。

 帝都に来てから、台所に立つことが増えた。相変わらず、飯を炊いて味噌汁をつくることしかできないが、男が家庭の台所に立つことを責める者は誰もいない。みどりと競うように台所の主導権争いをすることはよくあるが、互いに気を遣っての主導権争いである。

「ん……良い匂い」

 みどりが眠い目をこすり、のそのそと起きた。

「コウ殿! お休み下されと申し上げましたのに!」

「たくさん休ませてもらいましたよ。朝ご飯にしましょう」

「兄上も起こしまする!」

 味噌汁を椀に注ぎ、漬物を切り、縁側に腰かけて朝食にする。

「握り飯、美味いな。何の味だ?」

「えっと……炙り醤油?」

「語彙が強うございまする」

「語彙が強いって、何だよ」

「炙り醤油、美味でございます!」

 他愛もない話をしながら、質素な朝食。今日は空気が冷たい。

「……『とっちゃなげ』が食いたい」

「とっちゃなげ?」

「とっちゃなげ?」

 みどりも、クモも、首を傾げる。こういう動作が、いかにも兄妹っぽい。

「小麦粉を水で練って、醤油の汁に野菜と一緒に煮込むんです。冬になると、よく食いました」

 みどりも、クモも、想像がつかないようで、宙を見たまま頑張って考えている。

「そのうち、小麦粉を買って、つくります」

 帝都の人達に、田舎料理が受け入れられるか不安だが、言ってしまった以上後には引けない。

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