第27話
「あああ! ずるうございます!」
九回の表。一塁手になったみどりが、また素足でぴょんぴょん跳ねた。今日の試合、何人に一塁を踏まれたのか、数えるのも恐ろしかった。
「今日の打順をお考えになったのは、兄上でしょう! 兄上には、慈悲の御心というものがござらぬのですか!」
「そんなもの、清兵衛の野郎と一緒に家に置いてきちまったよ!」
一塁のみどりと、打者席に立ったクモ。離れていても喧嘩をする兄妹を、大学予備門の学生達は微笑ましく見守っていた。
「相変わらず仲が良いんだな」
「でも、小さい頃から一緒にいたわけじゃあないんだよな」
「クモさんは、養子に出されていたからな」
「クモさん、そうだったんですか?」
金之助の呟きに、洸次郎は反応してしまった。同じ家で生まれ育ってあの仲良しなのだとばかり思っていた。思い返せば、洸次郎が来るまでみどりとクモは別々に暮らしていた。独立してもおかしくない年齢であるからさほど気にしなかったが、父親である河鍋暁斎の葬儀に関して、清兵衛を挟んで何かあったような口ぶりもあった。
「クモさんも、色々あったんですよ」
金之助は何か知っているようだが、多くは語らない。みどりから、クモは短期間で絵が上達したようなことは聞いていたが、絵の修行を始めた時期に兄妹で大きく差があるようだ。洸次郎は、河鍋兄妹ことを未だに何も知らない。
「じゃあ、こうしよう!」
埒が明かない言い争いに、クモが妥協案を出す。
「打者は球を打つ前に、バットの周りを二十周する!」
クモが杖をつくみたいに予備のバットを地面に突き立て、両手でバットを持ったままバットの周りをぐるぐる回る。
「受けて立ちましょう! 幸い、次の打者は兄上ですから」
「おうよ!」
クモは有言実行したが、ふらふらになって、バットを構えるどころではない。
「妹よ、悪い……ここまでだとは思わなかった」
「いえ……わたくしも、申し訳ありませぬ」
クモは金之助に肩を貸してもらい、ベンチに戻った。
次の打者は、無口で屈強な男だった。クモと同じようにバットの周りを二十周したが、しっかりと地に足をつけ、バットを構える。
「嘘でございましょう!」
しかも、打った。
「いよっ! さすが我が
のぼさんが褒めると、秋山氏は顎を引いて深く頷いた。
「どれ、わたくしもやってみましょう」
みどりは一塁を離れ、バットを拾ってバットの周りをぐるぐるした。声も出せずにうずくまった。
「みどりさん!」
洸次郎が駆け寄ると、みどりは、大丈夫と言いたそうに手を見せた。全然大丈夫でない。
そのとき、騒ぐ声が聞こえてきた。化け物だ、と誰かが騒ぐ。
みどりも、クモも、弾かれたように顔を上げた。が、立てない。
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