第21話

「洸次郎殿、憑かれておりますでしょう」

「妹よ、その言い方だと、祟られているみたいだぜ」

 本庄を発ち、早速みどりに突っ込まれ、クモがそれに突っ込みを入れた。

 中山道を離れ、田畑の真ん中の道を歩く三人。あぜ道とまではゆかないが、街道のように整備された道ではない。

「洸次郎殿、なにゆえ兄上と目を合わせて下さらぬのですか」

「洸次郎、なぜ妹と目を合わせようとしない」

 無理です、とは答えられず、そんなことはないです、と目を合わさずにはぐらかした。

 夜中に泣き喚き、ふたりに抱きしめてなだめられたことが、今になって恥ずかしい。この間も、清兵衛を含めた三人に慰めてもらったばかりなのに、大の大人が情けない。

「まあ、無理すんなよ。モノが出たら、我々が何とかする」

「それ、口に出したら本当に出てきてしまう展開……!」

 みどりの心配は杞憂に終わり、三人は神流川を越えて昼過ぎに上州に入ることができた。

「会いたい人がいるんです。小塚村の手前の村の人なんですが」

「良いですよー」

「無事を知らせてこいよ」

 ふたりの同意を得て、洸次郎は目的の人を訪ねる。

「あ……! 洸次郎さん!」

 桑の木の蔭から、小柄な男がひょこっと出てきた。

羊右助ようすけさん!」

 最後に会ったのは半月ほど前なのに、懐かしい気がした。洸次郎は安堵の溜息が出ると、足腰の力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまった。

「洸次郎さん、容易よいじゃなかったな。よく戻ってきてくれた」

 男は、洸次郎に駆け寄り、激励するように肩を叩く。洸次郎は、心の底からじわじわ湧いてくるものを感じ、言葉にならずにただ頷いた。

 男は、平井羊右助という。洸次郎と同じ二十五歳で、村は隣同士。昔から顔は知っていた。だが、洸次郎が父親から他人との交流を厳しく禁じられていたため、初めてまともに話をしたのは高山社の学生として再会してからだった。それからは、洸次郎にとって唯一の郷里の友人であり、恩人である。今は、さらに頭が上がらない。

「羊右助さんは、俺が村から逃げるときに、金を貸してくれたんです」

「貸したんじゃねえよ。あげたんだ。返すないな」

 羊右助は屈託ない笑顔で、返すな、と言い切った。

「それより、洸次郎さんは藤岡から出た方が良い。小塚村があんなになってから、うちの村のもんは気が立って仕方がない」

「でも、母ちゃん……妻が! おふくろも、愛太郎も!」

「見に行くかい? ……お連れのかたも」

 羊右助に連れられて、村の境まで来ると、洸次郎は頭を殴られた心地になった。

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