第22話
小塚村が消えていた。
村の境界から内側だけが綺麗に焼かれ、焦げ跡だけが残っていた。建物の残骸は一切残っておらず、見事な更地になっていた。
はっ、と、みどりは息を呑んだ。
クモは眉間にしわを寄せ、唸った。
皆必要以上に喋れなかったが、皆思った。
今の小塚村は、人が住めるような場所ではない。
「昨日、洸次郎さんを訪ねてきた人がいたんだ。でも、相手の素性や要件を聞く前に、俺の親父が無理矢理追い出してしまった。親父と同じ年代の、百姓……農家ではなさそうな人だった。訛も、上州や北武蔵のもんではなかった」
「あのとき、俺の親父は小塚村の知り合いのところにいたんだ。そのときに親父の知り合いは、火柱みたいな
羊右助は、言葉を濁した。
「警察は、山火事のせいで小塚村も巻き添えを食らったと言っていたが、親父達は、洸次郎さんを見つけたら殺しちまいそうだ。なんせ、あの火柱を見たんだから」
「母ちゃん……俺の妻は! 愛太郎は……!」
洸次郎は、境界から一歩踏み出し、小塚村に踏み入った。刹那、全身が、
かんかん照りの空にどす黒い雲が垂れ込み、空気が唸る。
「コウ……殿! 下がって!」
みどりに呼ばれたが、体が動かない。クモと羊右助、ふたりがかりで体を引っ張られ、小塚村の境界から下がると、空気の唸りが止んだ。
「あんたはここに居ろ」
クモは懐から小さな帳面と、筆を手にした。
「人の命を狙うモノを野放しにはできませぬ」
みどりも、帳面と筆を手にする。
「
羊右助に訊かれ、洸次郎は答える。
「帝都の絵描きさんだ。それも、かなり力のある者で、俺の命の恩人」
小塚村の境界をまたぐふたりを見て、洸次郎は何もできない自分が情けなかった。
「
みどりが、『持ち絵』の子犬二匹を出現させる。子犬は地面に足を着くと、宙を睨んで吠え始めた。
空気が唸り、子犬に狙いを定めたのが、小塚村の外にいる洸次郎にもわかった。
唸る空気が竜巻と化し、火を帯びる。
あのときと同じだ。あの日、村を襲った火柱だ。
「親父なのか? 俺のせいで、こんなことになっちまったんか……⁉」
自分の至らなさゆえに父親が命を断つことになり、その父親がモノと化し、洸次郎の大切な人達に危害を加え、故郷の村ごと消してしまった。
ならばいっそのこと、自分が。
洸次郎は、羊右助が止めるのも聞かず、再び小塚村に足を踏み入れた。
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