第13話
――なんでまた、新三郎と洸次郎が生き残っちまったんだ。逆だったら良かったんに。
男は嘆いていた。
長男、新三郎は口数が少なく何を考えているのか、昔から全くわからなかった。十五で村を捨て、三十になる頃に突然帰ってきた。村に陶芸の窯と作業小屋なんかをつくり、小屋で暮らすようになった。村中が新三郎に迷惑していた。存在が害悪だった。この世に居られるだけで、村中の者が苦しめられていた。新三郎のせいで折茂家は後ろ指を差されていると、男はそう思っていた。
次男、洸次郎は、左利きだった。努力して右利きに矯正したが、農具を持つ手は左手のままだった。
洸次郎には、家を継ぐように言い聞かせていた。学校に行く暇なんか与えなかった。養蚕と畑仕事を覚えさせたかったから。それなのに、新三郎の作業小屋に出入りするようになった。本人は秘密にしているつもりだったようだが、男は知っていた。洸次郎は新三郎の真似をして、陶芸をやるようになった。養蚕の学校に行きたいと言い出したときには、反対するつもりでいた。しかし、後のためを思って行かせてやった。失敗だった。下手に知恵がついて、今までのやり方に口を出すようになった。
嫁をもらえば大人しくなると思い、すぐにでも嫁いでくれる女を探した。子ができずに離縁された女がいた。その親には、すぐにでも家から追い出したいからもらってくれと言われた。「出戻り」は聞こえが悪いが、願ってもない話だったので、約束を取りつけた。
洸次郎の祝言を間近に控えたある日の夕方だった。新三郎が訪ねてきたのだ。男の中では新三郎は存在しないことになっているので、無視するのが常識だから、無視していると、新三郎は土下座した。
――洸次郎に陶芸をやらせてくれ、あいつは俺より遥かに才能がある。
男は聞こえないふりをして家に入った。怒り狂い、暴れたかったが、酒を飲んで興奮を抑えようと努めた。もともと酒は強い方だが、泥酔して眠ってしまった。
気がつくと、男は息を引き取っていた。
新三郎と洸次郎のせいだ。モノは天井から自分の遺体を見下ろし、自分を死に追いやった愚息ふたりに激しい怒りをおぼえた。
自分が死んだ翌日、洸次郎の嫁が来てしまった。嫁は、片道徒歩で三日かかる村の実家に住んでいた。連絡が届くはずもなく、忌だと知らずに単身で実家から追い出されてしまったのだ。
モノは、嫁の実家の手際の悪さに呆れた。しかし、どうすることもできないので、仕方ないと憤慨を諦めた。
嫁は器量が良くなく、働き者だが要領が悪い。色が黒く手足が細く、その割に胸と尻が大きい。人前では愛嬌が無いが、洸次郎には心を開いたようだった。
喪が明けた夏の日、洸次郎は嫁と入籍した。その前に子をこさえても構わなかったのに、夫婦はそうしなかった。
その頃、モノはあることに気づいた。短い時間だけ人や物に取り憑き、操ることができるのだ。
早速、モノは新三郎に取り憑き、依頼を受けてつくったと思しき大きな絵皿を割った。小屋にあった新三郎が手掛けたと見える陶芸は、全て壊した。モノは、久々に気が晴れた。自分は正しいことをしたと思った。モノが取り憑いている間、体の主の意識がどうなっているのか、モノは考えない。
新三郎に取り憑いたまま、家に行ってみた。女房と洸次郎は畑に出ていて、家には嫁しかいなかった。
台所で手際悪く飯炊きをしていた嫁は、新三郎を見ると心当たりがなさそうに首を傾げた。汗でじっとりと湿った首筋に、ほつれた髪が貼りついている。
モノは久々に、男らしい衝動をおぼえた。罪悪感はこれっぽっちも無かった。さっさと子をこさえない嫁が悪いのだ。
モノは、血筋を残すために正しいことをした。
嫁の子は、
愛太郎が生まれた後、女房が新三郎を頻繁に訪ね、飯を差し入れたり掃除を手伝ったり、世話を焼くようになった。洸次郎も堂々と新三郎を訪ね、陶芸を手伝った。嫁は相変わらず新三郎に近づこうとしない。
モノは頻繁に新三郎に取り憑き、新三郎が怒ったりふさぎ込むような演技をして、女房や洸次郎を追い出した。女房も洸次郎もめげずに新三郎に会いに来る。埒が明かない。モノは気力が回復するたびに新三郎に取り憑き、女房や洸次郎を追い出したが、限界だった。
モノは腹をくくり、新三郎に取り憑いた後、小屋の近くの木で首を括った。首が絞まる前にモノは新三郎から離れ、自分を貶めた愚息の死に顔をありがたく拝んだ。珍しく小塚村に雪が降った日、新三郎は絶命した。ようやく死んでくれた。
翌年、新三郎の小屋と窯をどうするか村で話題になった。
洸次郎は、小屋と窯を自分が使いたいと言い出した。養蚕と畑は変わらずにやる。その合間に陶芸をやらせてほしい、と。
村の者は、洸次郎に賛成した。いの一番に賛成したのは、洸次郎と同い年の片山
新三郎も喜ぶだろう。忠治郎さんに逆らえずに新三郎には酷いことをしてしまった。これからは好きにやりなさい、と。
モノは心の底から悲しくなった。自分は村の者から見下されていたのだ。自分は弱い者なのに、悪者にされていたのだ。
モノは、嫁が消し忘れた台所の火種を拝借し、窯に取り憑いた。
村なんか、なくなってしまえば良いのだ。
モノは窯の中で業火と化し、溢れ出て火柱になった。村の者を飲み込み、村の境界まで隈なく焼いた。
自分には幼い後継ぎがいるのだから、それだけで充分なのだ。
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