11.帰郷

「レーくん、ひまわりがいっぱい咲いているよ!」


馬車の窓から乗り出して外を見ながらはしゃぐイーリス。馬車の中で座っていた俺はイーリスが見ている風景に目を向ける。

照りつける太陽の下、道を囲うようにたくさんの花々が咲いていた。

そよ風に靡かれその香りが周囲に広がる。俺も懐かしさを覚える感覚になる。


「イーリス、そんなに前のめりになっていたら落ちるぞ」


俺は注意するが無視してさらに前かがみになっていく。

だが、体が半分以上出たところでイーリスはバランスを崩す。窓の外へと落ちそうになったところを馬に乗っていたシモンが支えて起き上がらせる。


「ほら、いわんこっちゃ無い」

「あわわ。ありがとうございます、シモンさん」

「いいえ、お気になさらずイーリス嬢。レイド様、助けるぐらいはしてあげてくださいよ」

「ふん、俺は一回注意したからな」


俺がそっぽを向くとやれやれといった感じで馬車から離れる。起き上がったイーリスは窓を閉めて席に座り、俺に話しかけてくる。


「それにしても南方は本当に綺麗な風景だね!」

「ああ」

「レーくん、素っ気ない」

「ああ」

「ねえ、無視しないでよ!」


ずっと外を見ながら話半分に聞いていた俺をイーリスが揺する。


「わ、わかったよ、すまん」

「わかったならいいよ。でも、何でそんな不機嫌そうなの?」

「それは・・・仕方が無いだろ。これから行くところを考えると憂鬱になるんだ」

「そ、そんなに嫌なの?」

「ああ、そりゃあもう。あそこには嫌な人がいるからな」

「それって―」

「ああ、俺の婆ちゃんだ」



◇◇◇



あの決闘の後、俺は無事家に着き数日後。ナーバナ公爵家が正式な謝罪をしに家に来た。

ナーバナ公爵はどうやら常識人だったようでショリーとその兄を連れてやって来た。


「この馬鹿が申し訳ありませんでした!」

「申し訳ありませんでした!」

「も、申し訳・・ありませんでした」


勢いよく頭を下げて誠心誠意に謝罪するナーバナ公爵とその長男、に対してショリーは渋々といった感じ。俺と父さんは家の書斎でその謝罪を受ける。


最初は俺をいじめられたことが許さない、一発御見舞してやるといった感じで息巻いていた父さんだが、公爵家の誠心誠意の謝罪を受けてどうしたらいいか困っていた。


ショリーはご自慢の髪の毛が刈り取られ丸坊主になっており、非常に滑稽な姿だった。今まで馬鹿にしていたやつに頭を下げるのがよっぽど嫌だったようでワナワナ震えていた。


俺は特に言うこともなく只々謝罪を聞いて特に言葉を発しなかった。ただ、内心ではショリーを嘲笑うと同時に何故この家にこんな奴が生まれたのか不思議に思っていた。

ナーバナ公爵は勤勉そうな優しい顔をしており、その長男も礼儀正しい好青年だった。


まあ、そんなことはどうでもいい。


その後も色々な貴族の家が謝罪をしに家に来て、てんやわんやな状態に。色々な謝罪や言い訳があったが誰もが最後にこう言った。


『フリラ様によろしくお伝えください』


貴族達がよろしくと言うぐらいの人物、フリラは俺の祖母で父さんの母親だ。

すでに七十を過ぎた婆ちゃんは、昔帝立学園の教師をやっていた。


良い講師だがめちゃくちゃ厳しかったようで、現在当主を務めている三十〜五十代の貴族にとっては恩師と同時に鬼教師も同然だったようだ。そのせいか今でも頭が上がらず大体の貴族は婆ちゃんに低姿勢だ。


と、父さんから聞いた。父さんが入学したときには周りの生徒や若い先生から大層怖がられたらしい。


色々とあった俺。それを心配してか両親は旅行、というより里帰りを勧めてきた。行き先はインフィルス家の領地。祖父母がそこに住んでおり領地経営をしている。

心身の療養を兼ねて行くことになったが、残念ながら両親と姉弟達は別の所への旅行に行くことになっている。

俺が仲間はずれかと言うとそういうことではなく、祖父母が長男だけ来いと言ったらしい。


そのせいで一人旅・・になるはずだったがそこで両親が助け舟を出してくれた。

お隣のフラウス男爵家当主―イーリスの父親が領地視察やその他の仕事などでイーリスに構っていられず困っていたらしい。そこで両親が俺と一緒に来るように提案して、イーリスと共に行くことが決まった。


一人で行くよりは嬉しいし、修行も出来る。俺としても嬉しい限りだが・・・婆ちゃんに会うと思うと憂鬱になる。



俺の家のインフィルス子爵家領。

帝都南部にある広大な平野、プレイン平野と大陸最大の河川、リーバ川の下流付近に位置するレギオン地方に領土を持つ。


ブレイン平野は一部を除いて比較的温暖な気候で、四季がはっきりしている比較的日本に気候が近い地域。また、リーバ川の本流とその分流が広範囲に広がっており、栄養豊富な土壌な平野のため農業や畜産が盛んで帝国の半分以上の食料が生産されている。

また暖かな気候のため観光地としても人気で、レギオン地方は比較的豊かなところだ。


インフィルス領はレギオン地方の西の端の方に位置し、平野とリーバ川の分流、山地の一部を領する比較的小さな領土だ。

農業は盛んで植林も行われているザ・田舎貴族の普通の家だ。だが、子爵家およそ三百ある内の真ん中より少し下の規模の領土で、経済規模で言うと百位以内に入るぐらいの裕福さを持つ。

地理的に海に近く、馬車で半日ほどで行ける近さ。帝都からは馬車で一週間ほどかかる場所だ。



◇◇◇



「見えてきたね!」


窓から外を見ながらイーリスは指差す。その方向には小さな街があり、その中心に大きな屋敷がある。

城壁で囲まれた街を中心に、周囲は畑と川が広がり遠くの方には山地が見える。


インフィルス領の中心地、シーティの城門をくぐり抜け市街地と商業地に入る。

人々が通りを行きかい、活気で溢れていた。農業、特に小麦の産地のため焼き立てのパンの匂いが馬車にも入ってくる。


「すごく賑わっているね!」

「ああ。久しぶりに来たがいつも通りだな」


俺が最後に来た二年前と変わらない街。平和な普通の街だ。



ギーーガガガガーーバタン!!!


「到着しました」


夕方、馬車が簡単に通れるぐらいの大きな門をくぐり、屋敷に着く。シモンはそのまま馬を降り馬車の扉を開けてくれる。イーリスが先に降り俺は後に続く。


馬車を降りると俺たちはのびをした。ずっと座りっぱなしだったため体の節々が少し痛む。俺はのびをしながら久しぶりのこの屋敷を観察する。


白と薄茶の色をしており、赤色の屋根が特徴的。けっして派手な装飾は無いのだが、三階建ての立派な建物だ。正面から見ると冠型をしており、玄関の前には大理石で作られた円形型の噴水がある。その噴水を中心に丸い広場がありそこに馬車が止まっている。


庭はそこまで広くなく、どこにでも咲いているような花がある。ただ、けっして無造作に咲いているのではなくちゃんと手入れされているのが見て分かる。芝生も同じ長さに整えられていてちらほらある木も無駄な枝が切られていた。


 バタン!!


扉が閉まる音のした方を振り返るとこちらに三人の人間が来る。


一人は一番後ろを歩く長めのスカートのメイド服を着た若い女性。

その前を歩くのはガタイのよく白い髭で白髪の老人。俺の祖父―【フレンス・ルーロ・インフィルス】。前インフィルス子爵家当主だ。

その前当主のさらに前を歩く、金髪の髪に白髪混じりのショートカット。気の強そうなキリッとした顔で背筋をビシッと伸ばす老婆。


「はぁぁ〜〜」


前を歩く老婆を見てため息をつく。

そう、その人こそ俺の憂鬱な原因の人だ。祖母【フリラ・ルーラ・インフィルス】その人だ。


「久しぶりね、レイド」


柔らかい微笑みと優しい言葉で挨拶をしてくる。だ、が、こんなの猫を被ってるとしか俺には言えない。本性をまだ隠している。


「お久しぶりです、お祖母様、お祖父様」


背筋を伸ばし、丁寧にお辞儀をして俺は言葉に気をつけながら挨拶を返す。この婆さんは礼儀に厳しすぎる。婆ちゃん呼ばわりしたら鬼の拳骨がくるだろう。

さらにこの家にいる場合は婆ちゃんを立てなければならない。爺ちゃんはその後となる。


別にこの家が特殊というわけではない。この帝国では多くの家の女性の立場は高い。貴族でもまた例外ではない。


この世界で大事な魔法。人それぞれ適正さがあるが、特に女性の魔法適性は男性に比べて高い。宮廷に使える魔法専門の集団、【宮廷魔道士】も三分の二が女性となっている。代わりに男性は騎士になる場合が多い。


魔法を使えるだけで領地経営などもやりやすくなる。だからこそ魔法を使える女性は重宝され、威力が高く使える種類が多い女性の立場も高くなる。けっっっして前世の俺が妻に一生頭が上がらなかったという逸話(本当の話)があるからでは無い。


「レイド、久しぶりだな」


嗄れた感じのない張りのあるいい声で爺ちゃんは挨拶をしてくる。手を上げてハイタッチを促してくるが婆ちゃんに小突かれて渋々手を下げる。


「この度はお招きいただきありがとうございます!レーくんの友人のイーリスと申します。よろしくお願いします!」


たどたどしい敬語を使いながら明るくあいさつをするイーリス。そんな姿を見て我が祖父母はニコニコして話しかける。


「君が噂のレイドの幼馴染か」

「あら、いい子じゃない。どうぞ私のことはフリラ婆ちゃんとお呼びなさい」

「は、はい!」


おい、孫にも呼ばせたこと無いのに!初対面のイーリスはいいのかよ!・・・って婆ちゃんの女性贔屓は今に始まったことじゃない。


初めてここに来た五歳の時も俺には厳しかった。母さんや姉、妹には優しくするのに、俺や父さん、弟には厳しくしてくる。

女尊男卑思考か!って最初の頃はそう思ったがけっしてそうではなく、俺ら男性がしっかりして女性を安心させろ、という意味で厳しく躾けてくるらしい。


いい考えだが・・・それでも婆さんは嫌いだ!


「外は暑いでしょうし中に入りましょ」


そう言って玄関へと歩いていく。当然のように後を歩こうとすると後ろを向いてキリッと睨んでくる。


「レイド、レディーファーストですよ」


鋭い刃物のような声色で言われ俺は縮こまる。


「イーリス、先に行っていいよ」


イーリスは困ったような表情を浮かべるが婆ちゃんが笑顔で手招きするため覚悟を決めて歩いていく。その後ろから俺と爺ちゃん、メイドやシモンたちが続く。


縮こまっていた俺は爺ちゃんと目が合うが、困ったように肩をすくめるだけ。

ちっ!爺ちゃんも頭が上がらなかったわ。



屋敷の中に入るとイーリスが声を上げて驚く。


「凄く美しい屋敷ですね!」

「まあ、十年前に建て替えたからね」


得意気に言う婆ちゃん。どうせ俺が言ったら、当たり前でしょ!、ってブチギレるんだろうな。そんな事を考えている間に二人は先に進み、俺たちも後に付いていく。


屋敷の中には色とりどりの絨毯が敷かれており、壁にはいくつかの絵画が飾られている。外装と同じように派手に作られていないのに美しく見える。


玄関から廊下を歩いて奥の応接室に向かう。途中で従者達は俺らの荷物を部屋へと運ぶため別れた。

俺とイーリス、婆ちゃん、爺ちゃんの四人が部屋に着く。婆ちゃんとイーリスを先に座らせ、俺と爺ちゃんは下座に座る。


話は基本的に二人中心に進められ、終始男性陣は聞いてるだけ。たまに話を振られ答える。


この屋敷は完全に女性中心なのだーーー!!!男性に権利を!!!


と叫ぶと婆ちゃんにこっぴどく叱られるので心の中だけで。

心配なのは純粋無垢なイーリスが婆ちゃん色に染まらないことだけだが・・・不安だ。


四人の団欒(実質二人)が終わり、夕食へと向かう。俺はマナーに気をつけながら美味しいご飯を味わう。その後は風呂に入り、眠りにつくのだった。



次の日、朝早く起きて外に出る。


「ふぁぁ〜〜」

「おはよう、レイド!」

「あら、早いじゃない、レイド」

「げっ」


あくびをしながら外に出ると予想通り素振りをしているイーリスがいた。だが、婆ちゃんがいるとまでは予想できなかった。


「あら、私がいることが不満かしら」

「い、いえいえいえ、そんな滅相も」


鋭い口調に恐縮しつつ、全力で否定する。

今更ながら思うが、何故身内に下手に出ないといけないのか?


「本当に不満そうな顔をしているみたいだね。何?身内に下手に出る必要ないって」


心を読めるなんて、この人は魔女か!


「大人になるために貴方はしっかり礼儀を学ばないといけないのよ。だから私の機嫌を取るぐらいしなさい」

「は、はい、わかりました」


理不尽!だめだ、この婆ちゃんの考え方には追いつけん。


『子供の貴方には分からないとは思うけど、女性は国母と言うぐらい重要な存在なのよ。力強い男性が家庭内で一番偉い、なんて考えも分かるけど結局良識的な女性こそ家庭内で重宝されるべきだわ』


昔言われたことだ。それを聞いて思わずツッコみたくなった。

良識的ではないクズな女性だったらどうするんだ!と。だが、そんな野暮なことは言わない。言っていること自体は一理あるからだ。


男性は偉くなるとどうしても相手を屈服させたくなる人が多い。それでDVなどに走ってしまう。ごく一部だろうけど。

一方で女性は家族を裏から支える陰の大黒柱。子供を産み、育ててくれる。そのため・・・


うんちゃらこうちゃらと婆ちゃんは言う。


理解は出来る。何故なら前世の俺も妻の尻に敷かれていた。

確かに、それでも家庭は築けるし円満になるのかもしれない。でも、十二歳児にその考えを叩き込まないで!


「そういえば、何でお祖母様ここにいるんですか?」

「あら、居ちゃいけないのかしら?」

「い、いえいえそんな」

「冗談よ」


低い声で言ったから冗談に聞こえないよ!


「で、その〜婆・・じゃなくてお祖母様は何故ここにわざわざここに来られたのですか?」

「理由は単純よ。貴方達二人の実力を見たかっただけだわ」


・・・嫌な予感しかしない。

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