8.解放

「どうして驚いているの?」

「そりゃあー貴方は今日の掃除担当ではないいからです」

「フフフ。それを言うなら貴方こそ、このクラスの生徒でもないわ」

「それは・・・」


黙るしかなかった。

年齢の割に大人びており、相手を値踏みするように見つめてくる。


「ご存じですよね。私がどういう仕打ちを受けているか?」

「ええ」

「貴方だって公爵家のお方だ。私の様な最弱でクズ扱いされている人間と話すのは嫌ではないですか?」

「フフフ」


笑うだけで返答はしない。


「私に用がないのなら、もう帰ったほうが―」

「いいえ、私、貴方に用があって来たの」


え、俺に用?どういうことだ。


「ここで話すのもなんだから、歩きながらお話しましょ」


そう言って彼女は教室を出てゆく。訳がわからなかったが、俺は掃除の事はもうどうでもよくなっていたし、とりあえず彼女の後を追いかけた。


「それで、私に何の用ですか?」

「まず…その喋り方をやめて。私の前では、あくまで友人として振る舞って」

は?友人?やっぱり、訳がわからん。

「わかりました。・・・いや、わかった」


ヴェリーナはクスリと笑う。


「それで、俺に何の用?」

「そうねえ〜用・・・と言うより貴方と話しがしたかっただけ」

「はぁ?」


俺から素っ頓狂な声が漏れる。


「そんなに驚くこと?」

「そりゃ〜、学園内でもトップクラスの権力のあるお方が、学園一嫌われている奴と話がしたい、だなんて・・・」


いくら何でも夢過ぎる、だろ。


「自己評価、低いんだね。だけど、本当に貴方とお話をしたかっただけなの」

「そ、そうなの?」


俺は訝しんでヴェリーナの表情も観察した。だが、全く思考が読めない。

そう思っていると唐突にヴェリーナが話し始める。


「最近までと言うか、最初は貴方のこと本当にクズだと思っていたわ」

「・・・・・・」

「だけど、この前、貴方を見て直感するものがあったの。何か強い意志を隠しているんじゃないかって」

「は?何のことかな?」

「とぼけても無駄よ。そういうの私は直観的に分かるの。小さい頃から私の周囲には何人もの腹黒い大人たちがいた。だから、自然とそういう輩のハラを探るのが上達したの。ある意味の帝王学よね。…私の眼は誤魔化せないわよ」

「・・・な、何をですか?」


真っ直ぐに見つめてくるその眼光に、俺は逆らえない力を感じた。寒くもないのに冷や汗が出て、腹をまさぐられている感触だ。この感じ、前世の国王時代にも感じたことがある。その眼は、人を値踏みする強者の目だった。


「貴方は強い意志、夢がある。だからショリーに心では屈していない。何か、う〜ん客観的に見ていつも一緒にいる、イーリスって言う子にそれは関係していそうね。」


ギクッ、っとなってしまうぐらいに的中している。


「そんなすごい形相で私を見ないで。別に貴方の弱みを握ろうとかしている訳ではないの。ただの私の好奇心。貴方は面白いクズね。そうね、あの品のないショリーはどうしようもない正真正銘のクズだとしたら、貴方は偽物のクズ。自分の為か誰の為か知らないけれど、クズを演じているクズよね。」


俺がクズを演ずるクズだと?訳わからない。だが、妙に納得した。


「あのショリーや悪徳貴族はタチの悪いクズども。己れの欲望の為にしか行動しない。でも貴方は違う。確かに、自分の為だけにやっているようにも見えるけど、周囲の人の為にも行動できる。

例えば入学式翌日の事件。あれ、イーリスちゃんを助けようとして自分の権力を使ったんでしょ。一見するとただのクズ。だけど優しさもある。それが貴方の本質だと気づいたわ」


この女は見抜いているのか?ヴェリーナの分析が当たっているかは分からない。でも、そうかもな。


「本当にそう評価するんですか?俺、怪しさてんこ盛りですよ」

「フフフ、確かに貴方を評価する人は中々いないと思うわ。でも、私は貴方をそう判断したから」


人生色々、クズも色々か。

そうだよな。俺もクズだが、ショリーたちの方がもっとクズ。いいや、屑だ。

漢字にするだけで印象も大きく変わるな。


俺は正義のクズで、あいつらは悪の屑。

そう思えばいいんだ。


「何か慰めてもらう形になりました。ありがとうございます」

「別に。私はただ私が思ったことを言っただけよ」


確かに。俺は強がっていたが、心の奥ではやはり今の境遇に苦しんでいたのかな?彼女の言葉に、これまでどんより曇っていた感情が晴れた気がする。なぜかは分からないが。


「お礼に何か奢りますよ!」

「本当!じゃあ、遠慮なく甘えさせてもらうわね!」


そう言って指定した店は・・・ここら学校周辺で一番高いカフェだった。



◇◇◇



この時代の文化や生活は意外に俺がいた時代と変わっていない。

もちろん、進歩はしている。

家はレンガや石造りで、道路も舗装されている。家具や日常品はもちろん、服装や街の景観も進歩している。それでもあまり変化を感じない程度。移動手段も馬車で中世感が抜けていない。


一方で進化しているのもある。まずは水道と下水道の発達。大きな所で言うと城の造り、小さい所で言うと文房具。

中でも娯楽、とりわけ食文化が発達した。俺がいた時よりも断然美味しくなり、一つの食材でのバリエーションも増えた。


なぜ400年以上経つのにあまり変わっていないのか。それは魔法が原因だ。

日本で言うところの科学と同じで、もの凄く便利。何でも作り出せて、防犯の役割も持つ。

そのため魔法だけで普通に生活していくことができるのだ。だから他の進歩はあまり必要なかった。魔法さえ進化すれば楽になれるのだから。



帝都の南部にある学園周辺のカフェ。

俺は公爵令嬢と優雅に美味しいティーを頂いていたのだが・・・


「はぁ〜」


思わずため息が漏れる。


「レイド。レディの前でため息を漏らすとは如何なものかと」

「すいません」


謝りながらこっそり財布の中を確認する。足りる、よね?


「レイド。何財布の中を見ているので?貴方が奢ると申したんですよ」

「うっ、はい」


くそ、本当に感謝していたのに騙された!


メニューの値段を見てため息を付きそうになる。


「フフフ。無理しなくてもいいのよ。利子付きで私が払ってあげる」

「それは男として不甲斐ないから」


そう返答するとまた笑う。くそ。


「・・・それにしても本当に疑問です。何で公爵―ヴェリーナが俺に声を掛けたんだ?」

「先程から言っているように貴方に興味を持ったから」

「それだけ?」

「まあ主に。貴方と初めて会ったあの日からぜひ話してみたいと思うようになったの」


公爵令嬢様のお気持ちは分かりません。


「後、もう一つ」

「何?」

「貴方と少しでも縁を作っておけば何かの役に立つかと思ったからよ」


俺と?いやいや、


「メリットなんてないぞ」

「いいえ、ありますよ。だって貴方は次期インフィルス子爵家の跡取りです。少しでも繋がりを持とうとするのは当たり前では?」

「たかが子爵だぞ。公爵家からしたら取るに足らない相手では」


俺の家であるインフィルス子爵家は領地を一応持っている。が、公爵家からしたらちっぽけにしか見えない。下手したら公爵家の家臣が与えられる領地より小さいかもしれない。


しかも、宮廷内での権力も全然違う。

宮廷は政治を行う場。帝都住みの貴族は議員をしており、俺の父親もそうだ。それぞれの省庁には官僚がおり、その上に大臣がいる。政治は議会、大臣、宰相、そして皇帝によって成り立っている。


皇帝あるいは宰相、大臣が発案したものを可決するか、議会で決める。つまり議員は下っ端も同然。大臣職は伯爵家以上が担うが、皇帝の次に権限を持つ宰相は五公の当主の誰かが必ず担う。

そして今の宰相はヴェリーナの父親。つまり宮廷内でも立ち位置は天と地ほどの差がある。


しかし俺の考えをヴェリーナは否定する。


「確かに家の大きさで言ったらそうかも知れない。でも、貴族社会は政治よ。少しでも味方が多いほうがいいもの」

「なるほど」


俺の家としたら公爵家と繋がるのはメリットだし、向こうも味方が増えるというわけか。


「そう、だから貴方の味方よ!」

「そう言ってもらえると嬉しい」


俺に心強い仲間ができた。




「それじゃあ、ごちそうさまね」

「あ、ああ」


財布の中身はすっからかん。元凶のレシートしか入っていない。


この世界のお金の単位は[フィル]。一フィル一円となっている。

俺が400年前に作って以来、そのままだ。


転移してきた時、お金は金貨、銀貨、銅貨とあり、価値が決められていた。だが、価値が変動するため、場所によってお金の価値が下がったり上がったりしていた。

それで苦労したからこそ、俺は統一したのだ。


「にしても十万フィルって・・・どんなだけ高いんだよ!」

「だって一番高いところだもん。これでも私の行きつけより全然安いわ」


金持ちが!金銭感覚違いすぎだろ!


「とりあえず、話を聞いてくれてありがとう」


公爵令嬢様が律儀に言う。


「いや、こちらこそ色々晴れましたし」

「そう、良かったわ。貴方にはクズのままでいて欲しいわ。きっと面白いことが起こりそうね」

「ハハハ」


苦笑いを浮かべる。まさかクズを求められるとは。


「それにしても、貴方、本当に中学一年?年上と話している感覚だわ」


ギクッ。中身は確かに七十代のお爺ちゃんだが・・・それに気づくか!


「な、何を言っているんだ?見ての通りだよ」

「そうね。変なことを言っちゃったわ」


侮ってはいけない相手と認識した。


「迎えの馬車が待っているだろうしもう行くわ。じゃあ、さようならね」

「ええ」


太陽が傾き既に夕暮れ。


「これからもそのままのクズでいてね」

「善処する」


そうして俺たちは別れたのだった。



◇◇◇



学園の前に止まる、豪華な馬車。

そこに縦ロールの髪型の少女が乗り込む。

少女はご機嫌で、不思議に思った老執事が尋ねる。


「例の子爵令息のことで良い事が合ったのですか、ヴェリーナ様」


足をぶらぶらさせる姿は可愛らしく見える。


「ええ、【ハンス】。予想以上にクズで面白かったです。それに、弱そうでした」


馬鹿にしたような評価に聞こえるが、長年仕えているハンスは思わず目を見開く。


ヴェリーナ様が人を評価されるとは!


聡明な才女であるヴェリーナはまだ十二だと言うのに、大人顔負けの頭脳を持っている。それ故気は強く、あまり人を評価しない。

そんな彼女が評価をしたのだ。しかも[面白い]と。


子爵令息―レイド・ルーロ・インフィルスを噂でしか聞いたことがないハンスは戸惑う。

魔法はメガまでしか使えない最弱で、おまけにクズ。正直いい噂は聞かないが、ヴェリーナが直接会って評価したのだ。

ハンスも一度会いたくなったのだった。



◇◇◇



七月中旬


長々しい校長の話も終わり、晴れて自由だ!


終業式が講堂で行われ、今終わったところ。これから夏休みが始まろうとしている。

二ヶ月半の長い休みを楽しみにしている生徒は多く、皆が歓喜の声を上げている。


もちろん俺もその一人だ!


一学期はとくにイベントもなく、強いて言うなら俺のボコボコ決闘ぐらいしか無かった。


ヴェリーナの言葉を聞いて何かが吹っ切れた俺は、以後ショリーから呼ばれても無視し続け、逃げるように残り期間を過ごした。出会ったらめんどくさそうだったし。


イーリスも安堵して、元の関係に戻ることができた。


「夏休み、何する?」

「そうだな〜、お金貯めてどこか行きたいな」

「私も賛成!エルフの国とか行ってみたい!」


なるほど、エルフの国か。確か家の領土の近くにあった気がするし、親父に頼んでみるか。


「でも、しっかり修行はするんだぞ」

「わかっているよ!」


最近のイーリスの成長スピードは早い。魔法の練度も高くなり、より強い魔法を打てるようになっている。

それに比べて俺は・・・


 実技600/600位 座学224/600位 総合573/600位


実技弱すぎだろ。

座学で順位を上げているが、圧倒的に実技がポイントとして低い。


一方でイーリスは


 実技7/600位 座学105/600位 総合12/600位


圧倒的な実技の順位。剣はあまり得意では無いが魔法は学年でもトップクラス。

俺と比較してその凄さが分かる。


師匠としての威厳が・・・いや、元々無かったわ。

冗談はいいとして。


「サエスはどこに行ったんだ?」

「そう言えば、どこに行ったんだろう?」


最近サエスを見かけない。

俺らは見つけようと探しているとどこからか罵声が聞こえてきた。


「どきなさいよ、この弱虫が!!」


弱い?一瞬俺かと思い振り返ると隅の方で人だかりができていた。


「ったく。本当にうざったいわよね。四男だから父親にもどうせ見捨てられているだろうし」


誰かと思い人混みをかき分けて見てみると、中心にいたのは見知った顔だった。


「サエス!」


頬は腫れ、怪我をして倒れているサエスに駆け寄る。


「大丈夫か誰に―」


そう言って罵声を浴びせていた奴の顔を見ると、ショリーの婚約者、クリーミ伯爵令嬢だった。


「あら、雑魚が二人もお揃いじゃない。すごい偶然ね。オホホホ」


クリーミが笑うと周りの奴らも笑い出す。


「弱い奴らの友情劇だわ」

「気持ち悪いわ」

「またやられるのかな」


見下した目で見てくる。


「どきなさい、最弱でクズなレイド。その妾の子として生まれた汚らしい奴に用があるわ。貴方がいなくなっからそいつを奴隷として使っていのよ!」


サエスを指さして言う。


「あ”あ?今なんて言った」

「だから、その汚らしい奴隷に用が――グへッ!」


言葉より先に体が動いた。女子だろうとお構いなくクリーミの顔面を殴った。殴られた本人は軽く吹っ飛び、頬を腫らして泣きだした。


「俺の友人を奴隷扱いするとはいい度胸だ糞屑女。死んで詫びろ!」


完全にプッチンときた。


レディーファースト?そのTPOは弁えているぜ!

自重?そんなのやってられるか!


だって俺は最弱でクズなレイド!女子供だろうと敵には容赦しない!


「何の騒ぎって、ボクのハニー・・どうしたんだい、その顔は!」


ショリーが現れて場は騒然とする。


でたな、ラスボス!

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