7.茶番決闘
この学園では、決闘が存在する。
一方が申し込んでそれを受ければ成立する。
この決闘の種類は二つ。
学校に申し込んで行う[神聖試合]制か、先生一人以上の監視の下で行われる[承諾]制の二つである。勝利した場合には、成績にポイントも入る。
神聖試合は、専用の闘技場で行う。
放課後に行われ、生徒は見物可能。裏では賭け事も行われるぐらい人気だ。
俺が出るのは神聖試合だ。勝てば人気者、負ければ嫌われ者。
「本当に出るの!」
「ああ」
「レイドくん、絶対やめたほうがいいよ」
「サーくんの言う通り!絶対やめな。代わりに私が出るよ」
イーリスとサエスが止めてくる。嬉しいが―
「俺が決めたことだ。お前らには関係ない。あまり関わらないでくれ」
「レーくん!」
「イーリス!頼むから止めないでくれ。俺の夢のためだ。ここで俺が耐えれば全て上手く行く。そうすれば将来幸せになれる!」
イーリスさえ傷つかなければ勇者にできる。そうすれば―
「レイド!私は人が苦しんでいるのを見過ごすような、そんな勇者になんてなりたくない!だから私が代わりに―」
「大丈夫だから!」
俺は否定した。イーリスだけは・・・友人だけは傷つけない。絶対に。
「でも・・・今のレイドは辛そうだよ」
悲しい表情を向ける。
「大丈夫・・」
俺は元勇者なのだから・・・
◇◇◇
闘技場の席には多くの人が詰めかけていた。学年問わず誰もが楽しみにしていた。
「なあ、どっちが勝つと思う?」
「愚問だぜ。ショリー様に決まってるだろ」
「だろうな。でも、あのクズがどれだけやられるか?それが見物だな」
「ああ。ボロボロな姿をこの目に焼き付けておきたいぜ」
「それにしても・・・あいつ、よくショリー様に挑もうと思ったな。最弱なのに」
「本当だよ。頭も悪いらしいな。ハハハ」
会場の観衆は誰もがレイドが負けると思い、馬鹿にしていた。
事実、魔力でも剣術においても、ショリーがレイドを圧倒している。
そんな彼らを馬鹿にしたように見ている生徒が二人。
「あいつ、こんなことで殿下をわざわざ呼んだのか?」
「くそ、我を舐めているのか。こんな茶番など見たくもない」
「ええ、御尤も。ワタシの様なエレガントは一方的な試合は好みません」
ライナルが皇子に同意する。
「会場の奴らは茶番と気づいてないな」
「こんな人を見下すことしか取り柄のない、馬鹿共が見るような決闘ですから」
「そうだな」
そう言って二人はその場を後にした。
良識ある者やレイドに少なからず同情している者は会場にはいなかった。
ルーレンス皇子が言っていた通り、馬鹿な奴だけがこの試合を見て歓喜するのだろう。
◇◇◇
「さあ始まりました!今回の決闘を行うのはこの二人!」
アナウンスと同時に俺は闘技場へと足を踏み入れる。
「出た!クズだ!」「最弱だ!」「ショリー様かっこいい!」「やっちゃってください!」
大きく歓声が上がる。大抵は俺への罵倒かショリーへの称賛。
「一人目は、我らが帝国の五公の子にして学園随一の実力の持ち主!きらびやかなその輝く人柄と美しく光る髪。天に二物を与えられたその御方の名は、ショリーー・ルーーローー・ナーーバナーー様ぁーーー!!!!」
長すぎるアナウンスとともに盛大な拍手が送られる。
絶対アナウンス要員として放送部を雇っただろ!
次は俺の紹介だ。
「対するは、最弱のクズーーレイドーーー!!!」
・・・それだけ?いや、続きを話し始めた。
「勝てない相手に挑む蛮勇、いや、馬鹿丸出しのこの男は―」
そう言って俺のクズエピソードを話し始める。その度にブーイングの嵐だ。中には俺には身に覚えのないエピソードも。
ショリーより長い紹介(嬉しくはない)が終わり、いよいよ戦いが始まる。
「それでは、スタート!!!」
会場は一気に静まり返る。どちらが先に攻撃するのか、それを待っている。
大きな円形の闘技場。その中央に俺たち二人はいる。
本当は殺りたい相手。でも、この戦いには脚本がある。
俺は地面を蹴って前へと出る。
「おっと!ここでクズレイドが無謀にも前へと出た!それに合わせてショリー選手も魔法を放つ!」
「
俺はギリギリのところで避けて剣を抜く。
「あっと!なんと避けてショリー選手の懐へと入ろうとする。すかさずショリー選手は剣を抜く!」
俺が剣を振り下ろすと同時にショリーが避け剣を絡ませる。そして―
「ここで出ました!ショリー選手の水派の剣術が!振り下ろされた剣を絡ませ、まるで波打っているかのように絡め取る!」
剣は手から離れ、遠くへと落ちていく。俺がそっちの方向を向くと同時に剣でついていく。
「予定変更だ」
耳元で俺に囁く。
これで俺が倒れて負けのはずじゃ・・・
俺は後ろに勢いよく飛び、壁にぶつかる。
「お、おっと、まともにショリー選手の剣を食らった!これはもう再起不能か!」
「「「「「おおおおお!!!!」」」」」
会場が一気に盛り上がりを見せる。
「見てたか、あのきれいな剣さばき!」
「魔法も素敵だったわ!」
称賛の嵐。しかしショリーは俺に剣を向けて声を張り上げて言う。
「おい、クズレイド!この程度か!お前がしてきた数々の悪行、犠牲になった人々がいるんだ!その人たちの為にボクはお前と戦っている!さあ、悪よ、立ち上がれ!ボクが成敗してやる!!」
「「「「「おおおおお!!!!」」」」」
先程より大きな歓声が上がる。誰もがショリーを正義、俺を悪と見なしていた。
何だっけ、俺がしてきたこと?
権力を使って女子を脅し卑猥な行為をする、領民から搾取をする、夜な夜な平民を斬り殺す。
笑ってしまうほど、あらぬ疑いだ。冤罪にも程がある。どんだけ俺は悪者なんだ。そう言い返したい。でも―
俺は力なく立ち上がった。まだ戦いは終わっていない。ということは、俺にもっと見世物になれ、という合図。まだ、この茶番を続けなければならない。
「そうだ、それでいい!ボクの正義の魔法を受けるといい!
魔法で生成された水たちが集まり、上へ上へと大きな柱となっていく。その巨大な水柱が俺に襲いかかる。
俺は弱すぎる
大量の水が俺に当たり、ダメージを与えていく。
もう、疲れた。
俺は力無く倒れた。
「「「「「「おおおおお!!!!ショリー様が勝ったーーー!!!!」」」」」」
「試合終了!勝者、正義のショリーーー様ぁーーー!!!」
勝負は一瞬で決まった。
歓声に答えるかのようにショリーは拳を天に掲げた。
ひとしきり勝利に酔いしれたところで、ショリーはレイドの元へと向かう。
「クククッ。こんなに弱いとは。逆に同情してやりたいくらいだ」
小さくつぶやいく。そして、倒れているレイドの頭の上に片足を載せ大声で叫ぶ。
「悪はボクに成敗された!この学園は守られた!」
もう一度、今度は剣を天に掲げる。
子供のような茶番ごっこに闘技場は称賛と歓声の嵐。羨望の眼差し。そしてレイドへの嘲笑と憐れみ。
「ハハハ!あんな弱い奴がショリー様に立ち向かうとは」
「学園の恥だな」
「フフフ。男として不甲斐ないですわ」
見下し馬鹿にした下品な笑い。そんな奴らでもこの会場内では正義だ。
そんな雰囲気の中、レイドを心配する生徒が二人。
「何で、皆はレーくんを馬鹿にするの!?」
「イーリスさん。これは・・・全てはショリー殿が仕込んだことですから」
「サーくんは悔しくないの?」
「僕だって悔しいですよ!でも・・・僕らは非力なんです」
大歓声の中、目に涙を浮かべている二人。
彼らだって助けたかった。だがレイドは全力で二人を守っている。自らが耐えて。それを無に帰すことへの抵抗感もあった。
そんな二人がいることを知らないショリーは突っ伏したままのレイドの耳元で耳打ちする。
「糧になってくれてありがとうな」
だが意識の無いレイドに聞こえるはずもなかった。
無視されたと思ったショリーは気を失っているレイドの腹を蹴りあげた。レイドの体が数メートル飛ぶ。
「もっとやってやる!」
「いいぞ、やってください!」「行けーー!!」
どこまでも無慈悲な歓声。会場も、もっと惨めなレイドの姿を見たがった。
その空気に耐えられなかった二人は遂に席を立ち、闘技場に降り立った。
そして二人はレイドを庇うようにショリーの前に立ちはだかる。
「あ "ぁ?誰だぁ、貴様らは?」
「もうレーくんを傷つけないでください!」
イーリスが両手を大きく広げる。
「フッ、そいつの味方か。だったらお前らは悪だな」
「いいえ、正義です!」
堂々とイーリスは言う。
「何が正義だ。そいつが悪なのは明確だろ!クズな行いばかりしているのだから」
「確かにレーくんはやりすぎる部分はあるけど、正しいことしかやらないわ!」
イーリスは声を張り上げる。勝利に浸っていたショリーは苛立っていた。
「そこをどけ!でないと、貴様ら全員まとめてやるぞ!」
「どきません!」
そう返答されると同時にショリーは魔法を詠唱する。
「
先程レイドに放った魔法と同じものを打つ。
「どうだ!貴様ら雑魚が集まったところ・・・で・・・な!?」
全力で打ったはずの魔法はイーリスの
「もう、これで終わりです。サーくん、行こう」
平然とした態度でイーリスは言い放つ。
何事もなかったように出ていく二人と、彼らに抱きかかえられたレイド。その光景を黙って眺める観客、ショリーだけが会場に残された。
◇◇◇
「・・・・・・ん?こ、・・ここは?」
ショリーからの魔法を食らってからの記憶がない。たぶん気絶していたのだろう。
「レーくん!」
「レイドくん!」
声でイーリスとサエスだと分かる。
「ここは、どこ・・だ?」
「ここはね、闘技場の医務室。今治療しているから安静にしていて」
そう言ってイーリスは詠唱する。
「
体の隅々の痛みや腫れが少しずつ取れていく。
「ありがとう」
「まだ安静にしていてね」
俺が無茶するのを見越して言う。
「あの後、どうなった?」
俺が聞くと二人は俯き、ポツポツと喋りだす。
最初はその話を聞いてびっくりしたが、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「二人共、ありがとう」
「ううん。私の方こそ何の助けにもなっていなかった」
「僕も、何もできなかった!」
二人は俺を肯定してくれる。
「レーくん、私たちにも何かできることが―」
「いいや、今回のことは俺の問題。どうするかは俺が決める。だから、お願い」
「レーくん・・・。でも、私たちは貴方の役に立ちたいの!」
「二人の思いは嬉しいけど、イーリスたちは巻き込めない。ごめん」
二人は悲しい目で俺を見つめる。
一人で抱え込んでは駄目だ。それはわかっている。が、それでも・・・巻き込めない。俺が原因だから。友達も家族も巻き込めない。
いじめのことについては、両親には何も言っていない。優しい両親はきっと学園に抗議してくれるだろう。けれど、相手は公爵家。正直、訴えても逆にやり返されるかもしれない。親にも迷惑をかける。だから、俺はあいつに従うしか無いんだ。
決闘から一週間が経った。
怪我が治った俺は、学園生活に復帰し、以前と同じようにショリーの言いなりになる。食事を持っていき、ストレスの捌け口にされる。
イーリスたちとはいつも通りの付き合いだが、どこかギクシャクしていた。俺のことを心配しているようだが、俺は問題ないと答える。イーリスたちもしつこくは尋ねてこない。
そんな日々が数日続き、夏休みまで十数日となったある日。
いつも通りショリーの掃除当番を押し付けられたので、Sクラスに向かった。
ガラガラガラ―
ドアを開け中に入るとすでに教室は綺麗になっていた。
「どうして貴方がここにいるの?」
大人びた品のある高い声がした。横を見るとそこにいたのは―
「ヴェリーナ公爵令嬢様?!」
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