5.いじめ

ここ帝立学園はとにかく広い。

プールが二つ、訓練場が五つ、運動場が三つ、校舎が四つ、体育館が三つ、迷宮が五つある。

校舎の造りは比較的日本様式風で、敷地内には桜や松の木も植えてある。

俺ら中一は十二クラス、クラス名は、S・A・B・C・D・E・F・G・H・I・J・K、と分かれている。特殊クラスのS以外は貴族と平民ごちゃまぜとなっている。

他国からの留学生もおり、とにかく人数が多い。


そんな中で一際輝く・・・いや、嘘をついた。一際汚く輝くのが俺、[最弱のクズレイド]だ。


入学から三日でほとんどの生徒に軽蔑の目を向けられ、一部の奴らからはいじめも受けている。

急に足を掛けられたり、話しかけても無視されたり、俺の物を取られたり・・・


辛くないかって?いやいやそりゃ〜全然可愛いいもんだよ。俺が日本の高校で受けたいじめに比べれば。


足を掛けられる?水を頭から掛けられるよりましだ。


無視される?生きた虫を飲まされるよりいい。


物を取られる?裸の写真を撮られるよりよっぽど精神的に来ない。


なんて優しい奴らなんだろう!

いじめを受けているにもかかわらず、感謝したい気分だ。


そんな俺にも友達ができた。


【サエス・ルーロ・オフトス】

あの五大公爵のオフトス家の四男で、クラスメート。控えめで、澄んだ水色で目を覆う長髪、少し長い耳。顔は女性っぽく、体格も低身長で華奢な体。優男で、丸メガネを掛けている。


「レイドくん、次行こうか」


どこか幼さが残る声音で話しかけてくる。


「イーリス、行くぞ」

「うん」


次の授業は実技で、体にフィットする服を着ている。体育着みたいなものだが動きやすく、各々でデザインを決められる。


俺は地味な灰色のものにした。耐久性もあり、ちょっとの魔法や剣を受けても傷一つつかない。


この学校の授業は座学と実技を中心とする。

中一の座学では魔法や剣術、魔物などの基礎知識を学ぶ。それを応用して行うのが実技。

実技は個人戦から団体戦まで幅広く行う。

テストの点や実技の評価点で、個人に総合点が与えられる。

その結果を特殊な魔法で作られた学生証で閲覧も可能で、自分の順位を知ることもできる。


「それにしても、魔物って怖いね〜」

「うん、見た目も気持ち悪いし」


イーリスとサエスは歩きながら座学授業の話をする。


この世界の生物は主に三つに分類される。

人類、動物、魔物、である。


人類とは、俺たち人間だけでなく他の種族、エルフ、ドワーフ、亜人、魔人などの総称。

帝国の貴族として存在している種族もいて、サエス自身も母親がエルフだそうだ。

だが、帝国では人間が圧倒的で、それぞれの種族で国を形成している。


動物は、主に日本でも見かけるようなスズメやカラス、うさぎなど小動物ばかり。大きい動物でも、牛や羊などしかいない。


そして魔物。

俺も勇者時代あまり詳しく知らなかったが、魔物は空気中の魔素が[迷宮]の地下深くで濃縮、凝縮することで生まれる生き物。

生物と体の作りは同じだが魔法を使うことができ、普通はより大きく、死んで一定期間経つと魔素となって消える。

魔物の源は[コア]と呼ばれる魔素からできた結晶で、これは魔物が死んでも残り続ける。ただ、一部の魔物の肉は特殊な保存をすれば長持ちし、食べることも可能だ。

魔物からレベルを取り込む、って言うことはこの世界ではできないが、アイテムは手に入れることができる。


そんな魔物を生み出す迷宮がこの世界に数多く存在し、学園にもある。

ただ、迷宮内のボスを倒せばその迷宮から外に出ようとする魔物はいなくなる。

ダンジョンみたいな感じだ。

学園の中の迷宮も制圧されており、学園の許可が下りれば中学生でも先生同伴で中に入り力量を試すことが可能だ。


◇◇◇



俺らが訓練場に着いた頃、丁度、始まりのチャイムが鳴った。


「それでは始める!」


ガタイのいい赤髪坊主頭の先生が大きな声で言う。


「今日は剣と魔法を使った戦い方について練習する!」


いつものように始まる。


魔法の五大属性は炎、水、風、土、金。

炎は火を出す攻撃型、水は相手の足止めもできる万能型、風は後方から雷や風を起こす後衛型、土は地面を操る万能型、金は剣などの錬金または仲間への強化魔法を付与する支援型、となっている。


他の、聖、闇、無についてだが、聖は勇者や聖女が得意とする対魔物に効果的魔法、闇は対生物に効果的魔法、無は自らの強化ができる魔法だ。


ただし、これら三つの魔法は比較的マイナーで、聖や闇の魔法は使える人が少なく、無の魔法は剣術や魔法が格段に進化したことで自然と廃れてしまっていた。


次に、その剣術について説明しよう。

まず剣術には五派、攻、守、多、水、無、がある。攻は積極的な攻めをする宗派、守は守って持久戦に持ち込む宗派、多は色々な技で戦う宗派、水は水魔法と組み合わせる宗派、無は一撃で相手を倒す宗派、である。


俺の宗派、『源流』。はすでに廃れている。源流は身体強化、無魔法を使った剣術だ。

俺の勇者時代と比べると魔法の威力は数段上がっているし剣術も著しく進化している。


魔力の威力は上がるし、剣術も進化する・・・今の俺は、要するに時代遅れ過ぎるのだ!



「はい、次・・・レイド」


俺の名を遠慮気味に呼び、哀れみの目を向ける赤髪坊主先生。


そんな目で俺を見るな!


別に悪い先生ではない、どんな学園にも時々いる熱血系の先生。本気で俺に同情してくれているのだろうが、それが余計に腹立たしい。


まず、魔法の試験が行われた。遠くの的に魔法を打つシンプルなテストだが、この的がまた癪に触る。


と言うのも威力の基準がテラのため、俺の魔法で的に当たってもほとんど傷すらつかない。

俺の歳だと威力はギガやテラが当たり前。イーリスはペタまで使える。

俺は周りのいい見世物になる。


一大炎火メガ・フレア


詠唱すると大きな火の玉が現れ、的に向かって当たる。


当然のように傷は殆どつかず、煙だけが立ち上る。


「プッ・・・「「「ハハハ!」」」


誰かが吹き出した瞬間、多くの生徒が笑い出した。あまりにも弱すぎる俺の魔法を見て、皆笑い転げる。


「何、あの「ぽっ」とでも言いそうな弱いフレア」

「いくらなんでも、プッ。やばいって!」

「絶対あんな奴とは付き合いたくないわ」


バカにしたような目を向けてくる。悔しいが・・・何も言い返せない。


「よ、よくやったよ!ほら、みんなも笑わないように。次は・・・サエス!」


そう呼ばれ、こちらも俺と同じく重い足取りで位置につく。


そう、サエスも魔法や剣術が得意ではない。

水と風はギガまで打つことができるらしいが、それ以外はメガまで。


俺ら二人は学年順位ワースト一位と二位だ。もちろん俺が一位。


「もうやだよ〜」


周りに笑われ、顔を真っ赤にしながら帰ってくるサエス。


「ホントだよな」


俺ら二人は嘲笑に耐えるしか無かった。

一方で―


四大雷光火ペタ・ライトサンダー!」


イーリスが詠唱すると天から雷が的に降り注ぐ。一瞬の内に的は消え、炭にする。


「「「おおお〜!!!」」」


歓声が起きる。

イーリスは嬉しいのか、えっへんという顔で俺の方を見てくる。


「上手く行ったわ、レイド!」

「ああ、上出来だ」


ずっと練習した甲斐があった。

俺はイーリスを勇者にするため、日々の訓練の計画を立てている。そのお陰でイーリスは、魔法だけで言えば学年一番で間違いない。


俺も嬉しい。ただ・・・師匠として負けていて悔しい。しかも―


「何あいつ?何でイーリスちゃんと仲良いんだ?」

「絶対釣り合ってないって」


周りの視線が俺には痛い。だが、その周囲の視線にイーリスは気づいてない。


もう、辛いです!


そんな俺の心情とは関係なく、授業は進むのであった。



◇◇◇



放課後、俺は一人で下校中。

イーリスは他の友達と帰っており、サエスは図書館で勉強中。


「はぁ〜あの堕天使。何でこんな時代にこの能力で送ったんだよ」


学生証を眺めながらいつもの愚痴をつぶやく。


 600/600位


いつ見てもこの順位から動かない。生まれながら不動の最下位、そして最弱。


実際は平民の中には魔法を使えない、あるいはほとんど使えない人もいる。ただ、その人たちはノーカウントだ。そんな人たちより魔法が多少使えるからって嬉しくも痒くもない。


普通に魔法を使える人の中での最下位、最弱。


それが俺に貼られたレッテルだ。


「おい、最弱でクズのレイズ!」


誰かが後ろから呼んでいるが無視する。どうせ、またバカにしに来たんだろう。


「おい、クズ!」


無視だ、無視。


「おい!」


そう言ってそいつは俺の肩を無理やり掴む。


「何だ―」


振り向いた瞬間、相手の顔を見て思わず顔を顰める。


「私に何の用ですか?ショリー公爵令息様」


一人称も変え、目上の人への礼を取る。

相手は【ショリー・ルーロ・ナーバナ】。五公の一家、ナーバナ公爵の次男。

濃い茶髪の長髪でメガネを掛けた優等生顔の奴だ。

同い年で、たしかS組の人間だ。


「ふん、礼儀は心得ているようだが、なぜボクを無視したのだ?」


うわ、めんどくせー。


「ご無礼を働いてしまったことはお詫び申し上げます。誠に申し訳ありません」

「謝罪を聞きたいのでは無い。なぜ無視をした?理由を言え」

「・・・それにつきましては、最近わざわざ声を掛けてきては罵るような輩がいましたので」


実際そういう奴は多くいる。平民や貴族など多くの人がわざわざ俺を馬鹿にしに来る。


「まあ、それは当然だな。あれだけの酷いことをしたんだ」


まだグドルドの件が尾を引いてるのか!?あいつはもう復帰してるし、一応仲直りしたことになっているんだけどな!


「それにつき―」

「黙れ、お前の言い訳など聞きたくもない。こうして喋っているだけでもクズで穢れそうだ」


俺の言葉を遮って言う。


こいつ何言ってるんだ?いくらなんでも酷すぎるだろ。クズで穢れるって何だよ!?


「あの〜私に何の用でしょうか?」

「ああ、そうだ、クズと話している場合ではなかった。ボクがお前なんかと話をしているのは他でもない、命令・・と言うよりアドバイスだ」

「命令、ですか?」

「ああ。お前みたいな弱い奴が貴族の一員であることは恥でしか無い。貴族の風上にも置けない。しかもクズ」


この男は、何が言いたい?


「お前の様な奴はすぐに退学すべきだ。もっと他の優秀な奴が受かるべきだったんだ。・・・ただ、ボクも公爵家の人間であるゆえ、慈悲を与えてやろう。もし、この学園で生きていきたいのなら、優秀な人間に仕えろ、いや優秀なボクに貢献しろ」

「え、ど、どうして―」

「どうしたもこうしたもあるものか!お前の噂を聞いてボクがどれだけ怒り狂ったか!貴族でありながらロクに魔法も使えず、終いにはクズときた。お前のような奴がいたら学園が穢れる!だからせめて優秀な僕の糧になれ、と言ってるんだ!それもわからないのか、このクズめが!」


大声で言う。周りで見物していた生徒は嬉々とした目でこの光景を眺めている。その視線を感じてか、わざとらしく咳払いをして口調を和らげる。


「オホン、失礼をした。ボクとしたことがつい大声を出してしまった。でも、ボクは君のために言ってるんだ。君みたいな弱くてクズな奴への慈悲の心だ。優しさだ」


「ショリー様、お優しい!」と周囲にいた女子たちが黄色い声で言っているが、どこがだよ?


「ここで生きていきたいならボクに土下座しろ」

「は?」

「ボクが貴族代表として謝罪を受ける、と言ってるんだ!これまでの行いを詫び、ボクに尽くすと言え!今ここで!!」


急に現れたかと思えば言いたいことを言って俺に土下座させる。しかも尽くせだと。ガキのくせに一丁前に・・・ふざけるな!!


だが、冷静になれ。家柄のこともある。

子爵家と公爵家では家の力があまりにも違いすぎる。もし、ここでこいつを怒らせて俺の家、両親に仕返しでもされたら面倒だ。学校に圧力をかけるかもしれない。


俺は夢のためにイーリスの側にいなくてはいけない。だから―


「申し訳ありませんでした」


俺はその場で、膝を折り、手と額を地面につけて土下座した。元勇者のプライドも捨てて謝る。


こいつらのような輩の考えていることはわからない。何でこんなことをさせるのか、怒りしか湧かない。


それでも家、家族、夢のために俺はみんなの前で土下座した。


「自分の弱さ、平民を脅すような行い。貴族でありながら、これまでの数々の行いをお許しください」


「「「ククク」」」


周りから嘲笑される。人を見下す沢山の目。あの時と、日本でいじめられていたときの傍観者たちと同じ目の集合体。


「ふん、お前の犯した罪は許されるわけでは無いが、ボクは寛大な心を持って許そう。ただし、しっかりボクに尽くすように。これからは何でも言うことを聞くんだぞ!」

「・・・はい」

「もっと大きな声で返事しろ!!」


土下座した俺の頭を足で蹴る。何度も何度も。俺は悔し涙をこらえ、返事をする。


「はい!」

「よろしい。明日からしっかり尽くすように、クズレイド」


そのまま高笑いをしながら奴は去って行った。

俺はしばらくその場から動けなかった。膝を付いたまま拳を握りしめ、自分の弱さを呪う。


何が無双だ、何が権力だ!

結局、転生前の考えなんて何の意味も無い。無力だ。


俺は、もう・・・いや、ここで折れては駄目だ。落ち着け。今は我慢だ。


俺は立ち上がり歩き出す。明日もたとえ憂鬱な日々だとしても。将来の為に。


次の日からレイドはショリーの奴隷の様になった。入学からまだ一ヶ月も経っていないのに。

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