2.プロローグ 憧れの転生
意識を失ってから長い長い暗闇を見ていた大河の体に突如、生暖かい風が当たる。
目を覚ますとそこは寝ていた部屋では無かった。
「ここは?・・・」
うつ伏せで寝ていた大河は起き上がろうとして、自分の体の変化に気づく。体中にあったシワはなく、スベスベの肌。黒く長い髪に、若々しい声。体の節々の痛みはなくなり、髭もない。服装は黒のジャージであり、転移前の姿だと理解した。
「まさかもう一度この姿に戻るとはな」
日本にいたときの嫌な過去を思い出し、苦笑いする。
「それにしても・・ここはどこだ?」
大河は周囲を観察した。
そこは真っ白な大理石で造られた大きな教会の内部のようだった。目の前には大きな祭壇があり、その背後には彩色豊かなステンドガラスの装飾があった。
「ここは天国なのか?いや、悪者とはいえ奴らを殺しまくったから地獄行きなのかな?・・・待てよ。ここ、何か見覚えあるな〜」
辺りを見渡すがどうしても思い出せない。
しばらく考えているとどこからか透き通るようなきれいな美声が聞こえてきた。
ー 久しぶりですね、勇者タイガ ー
「誰だ?」
自分を知っているような口ぶりだが、全く見当がつかない。注意深く辺りを見渡すが気配を感じない。
ー フフフ。姿を見せますね ー
声の主は祭壇の前に姿を現した。
白いローブを身に纏い、背中からは真っ白の大きな翼が生えている。神々しい美しさをしており、胸の前で手を握る姿をしている。
「ち、ちょっと待って!・・・誰だっけ?」
姿を見せたというのに未だに思い出せない大河に呆れながら神々しい女性は言う。
ー 助言をした者、と言えば分かりますか? ー
と、優しく言う。だが既に苛立ちがその言葉の端にあった。
「あ、ああ〜!たしか、え〜っと・・・誰だっけ?」
小首をかしげる大河だが、十八歳顔の男子のそれは大して可愛くもなく、むしろ煽りにしか見えない。
ー あ、あんたねぇ・・・まだ分からないの ー
苛立ちを露わにしながらそう言う神々しい女性。
ー 私の名前は【第四大天使】ですよ ー
大河はやっと気づいた。
「堕天使か!」
ー 堕天使言うな! ー
ついに堪忍袋の緒が切れて、大天使らしからぬツッコミをする。
この大天使こそ前回、異世界への大河の転移を手伝った者だ。
「いや、俺から見たら堕天使だよ。俺をあんな過酷な世界に放り込んでおいてチートスキルも与えない。まさに悪魔の所業だったよ」
ー それについては謝ります。私達の世界の問題をあなたに任せてしまったのは申し訳ありません。で、す、が!私のことを堕天使扱いするのはやめてください!転移させてから毎日毎日あなたが、堕天使なんて死ねー、今度会ったら容赦しねー、って呟いているのは全部聞こえてますからね! ー
「まじ?人の呟きを盗み聞きとかモラルもくそもないな。ますます悪魔らしいじゃん」
第四大天使はワナワナと震え、指をさして言う。
ー 貴方、勇者になってから性格は多少良くなったと思っていたのに、何も変わっていないじゃない! ー
「いや多少は丸くなったかもしれないけれど、根っこはいつだって捻くれ者のクズさ」
その言葉を聞いて第四大天使は脳裏に最悪の過去を思い出す。
転移してきた時に会った当初から大河は捻くれており、自己評価が低かった。
その後も何度か彼の夢に登場して助言をしたにもかかわらず、毎回堕天使呼ばわりされた。大天使といえど心が先に折れ、そのまま放置していた。
ー まさか私が見ていない間に魔王を倒すなんて。しかも何よ、その評価。『勇者様は強くてかっこよくて、優しいお方』ですって!貴方の国の民は呪いにでも掛かっているの?貴方の腐った本性がまるで分っていない! ー
「っ、失礼だな!これでも勇者だし国の英雄様だぞ。多くの人を救ったんだ。それなりの評価だぞ!」
大天使は訝しみ、過去を見る能力で大河の行動を追跡して見る。
ー ・・・う~ん。確かにお手本になるような人物をうまく演じていたわね。でもじゃあ、何であなたは今クズみたいな性格なの? ー
「元々はこんな性格だ!ただ救った人の前ではかっこよく演じているし。近しい人の評価はいつだってクズ、だ。それよりお前、少し太ったんじゃないか?性格は相変わらずカクカク、トゲトゲしていいるが、体はマルくなっているぞ」
デリカシーの無い言葉にカチンと来た第四大天使。
ー 貴方、女性に向かって!・・・フッ。これだからクズニートは ー
嘲笑して見下す大天使に大河も切れる。
「それは過去の話だ!しかも女性って、お前、”自分には性別は無い”って前は言ってたじゃねえか!この嘘つき!」
ー 黙りなさい、社会不適合者! ー
「日本の時の話をするな、影薄!」
ー っ!私が気にしていることを。ゴミ! ー
「悪魔!」
ー クズ! ー
「堕天使!」
低レベルな罵り合いで息切れをする二人。我に返った第四天使は服を整え息を落ち着かせる。
ー こんなことをしに来たのでは無いのでした ー
「!そうだ。何で俺はここにいる?」
大河も我に返る。少し荒い息遣いで第四大天使は話す。
ー 貴方、転移前に交わした約束、覚えている? ー
「・・・・・・!たしか俺が魔王を倒したら一つ願いを叶えてくれる、っていう約束か?」
曖昧な記憶から答える。
ー ええ、そうよ。つい最近そのことを思い出して急いであなたをここに呼び出したってわけよ ー
意外と律儀な奴だ。なるほど、だから俺はここに・・・は?い、今なんて言っていた?
「”呼び出した”って・・・?」
ー そのままの意味よ。貴方の寿命を縮めてこの神域に魂を呼び寄せたのよ ー
「お、お前・・・」
ー ん?何か問題でも? ー
自分のしたことに無自覚な大天使を見て、今度は大河がワナワナ震える番だった。深呼吸をし、冷静さを取り戻してから質問をする。
「お、俺の本当の寿命は?」
ー 90歳よ ー
サラリと言う大天使に、やっぱり切れそうになる。
人の寿命を何だと思っているんだ!俺は享年70歳で死んだぞ!
本当なら後20年も生きられたのか。だとしたら、自分の玄孫まで見れたかもしれない・・・
横暴だし無頓着すぎる!こいつを殺したくてしょうがない衝動に駆られるが、再び心を落ち着かせてなんとか耐える。
堕天使は死ね、堕天使は死ね、堕天使は死ね、堕天使は死ね・・・
呪文のように唱えて落ち着かせる。
俺は、願いを一つ叶えられる!
そう前向きに考え、気持ちを切り替える。
ー 願いは何がいい?ちなみに”大天使になる”とかは駄目― ー
「もう一度異世界に行って無双したい!」
第四大天使の言葉を遮り即答する。
ー は、早すぎない!?もう少し考えてからでもいいんじゃない? ー
「いや、それ以外ありえない。異世界に来たんだからやっぱ強い力が欲しい。もうあんな努力は・・・したくない!」
突然涙を浮かべながら懐かしむように超絶過酷な日々を思い出す大河を見て、呆れる。
ー 貴方ね〜。まあ、いいわ。具体的にはどうしたい? ー
「う〜ん、そうだな〜・・・やっぱりこの世界が、俺たちの子孫がどうなったか見たいし、未来に転生したいな。未来で無双・・・憧れるな〜〜!!」
子供のようにはしゃぐ大河だが、気づいたように第四大天使に言う。
「しっかり人がいて文明がある時代で頼むよ」
ー わかっているわよ。そんな意地悪はしないわ。それより貴方が無双するためのステータスだけど・・・ ー
「それは今まで通りでいいよ。この世界で最強の力を一応持っているし、一から考えるのは面倒くさい」
そう言うと、第四大天使が意味ありげに笑う。
ー そうよね、あなたは最強だもの。ハハハ。付け足すステータスなんて無いものね ー
「そうだが・・・何か不都合とかは―」
ー あるわけ無いでしょう!いいからもう転生させるわよ! ー
「あ、ああ」
大天使の反応が積極的過ぎて、逆に一抹の疑念も残るが、言う通りにする。
ー じゃあ、この魔法陣の上に立って ー
大河と第四大天使の間に大きな魔法陣ができる。導かれるまま、その上に立つ。
ー じゃあ、あなたはこの世界の未来に今のステータスのまま行くでオッケーね ー
やけに、ところどころのワードやフレーズを強調している気がするが、気のせいだろう。
「ああ、頼む」
そう言うと魔法陣が回りだし俺の全身を覆っていく。
ー じゃあ、フッ。頑張ってね。フフフ ー
意味ありげに言う大天使が視界から消えると同時に、俺の意識も消えていった・・・
◇◇◇
「・・・見て、可愛い男の子よ!」
優しい声で俺は呼ばれた気がしたため目を開けた。
「ああ、可愛い!目がパッチリで美しいわ」
「ああ、君みたいだ」
「やだ、あなたったら・・」
イチャイチャする男性と女性を無視して辺りを見渡す。
見に覚えのない家具たち、風景。
大きな鏡を見て、驚愕する。
「ああ、たあ(赤ちゃん)!」
「あら、パパ!この子喋ったわ!」
「本当だ!」
自分の手を見るとマシュマロみたいに小さくモコモコしている。体も自由に動かないし、上手く言葉も喋れない。
確信した。
俺は転生したぜーーーー!!!!!
万歳しようとしたが上手く両腕を動かせない。両腕を上下にパタパタさせた中途半端な万歳。そんな俺の仕草を見てキャーキャー言っている男女は、おそらく俺の両親だろう。
部屋の様子を見る限り、ある程度は裕福な家のはず。
これから始まる俺の
「ぶおああ、ぶあばああ(無双生活だーー!!)
ゴーン・・ゴーン・・ゴーン・・・
新鐘。祝福するかのように鐘は鳴り響く。
これから、彼の異世界無双生活が始ま・・・る?
いや、はずだった。
◇十二年後
「おい、あいつがあの[最弱のレイド]らしいぜ」
「まじ、あのインフィルス家の」
「そうだ。なんでも
「は!?それ何百年前の話だよ」
「ほんとだな、ククク」
周りの嘲笑の眼差しを受けている少年は俯いて独り言を言っていた。
「絶対あの堕天使を殺す。絶対殺す。絶対殺す・・・」
少しすると周りの目線に気づき、逃げるように去っていく。
「ふざけるな!絶対あの堕天使は許さない!!!」
怒りと憎しみを込めて叫ぶのだった。
ー フフフ、いい気味よ ー
祭壇に座りながら少年を眺める女性。
ー 私をバカにするからいけないの ー
第四大天使は今日も、元勇者の四谷大河を見守っていた・・・
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