第7話 いざ、出発
「おかえり。思いの外、早かったじゃん」
そういってヨイチを出迎えたスズメは、すっかり寝支度を整えていた。
「ただいま。いや、ここまで遅くなるとは思わなかったよ」
ぐったりとしたヨイチの返事にスズメが笑う。
「だから言ったでしょ。覚悟して行けって。ごはん、取っておいたけど、食べる?」
「ありがとう。ぜひ。コショったら、飲まず食わずで話しっぱなしでさ」
「あらら、久々にスイッチ入っちゃったわけだ。ご愁傷さま」
いつもはお茶くらいはでるのにねぇ、と言いながらだしてくれたお茶をヨイチが一息に飲みきる。その姿に呆れ笑いをしながら、スズメはお代わりのお茶と取っておいた夕ごはんを並べる。
「でも、収穫はあったよ。これ見て」
温めた味噌汁を受け取りながら、ヨイチは一冊の本を差し出す。和綴じの古ぼけた本は、文字もところどころ掠れてしまっている。
「なにそれ? ヒガシウミ……?」
なんとか読めそうな字を拾うスズメに、ヨイチがドヤ顔で答える。
「東海道中膝栗毛! スズメちゃん、行き先は伊勢神宮に決まりだ! 伊勢参りだよ!」
「はぁ? どこよ、そこ?」
キョトンした顔をするスズメにヨイチはコショから聞いた話を繰り返す。
東海道中膝栗毛。
その昔、ヒトの間で大流行した旅行本。二人組の男が様々なトラブルに見舞われつつも旅をする話なのだけれど、その彼らの最初の目的地が伊勢神宮なのだ。
「コショが言うには、伊勢参りはヒトの間で大人気だったんだってさ。途中にもいくつか人気の場所があったって話だよ」
「へぇ」
スズメは気の抜けた返事をしながら古ぼけた本を眺める。正直、スズメにとっては行先はどこでもいいのだ。ヨイチがそこがいいと言うなら、それで構わない。
「さぁ、行き先も決まったし、早く休もう。明日は朝ごはんを済ませたら、すぐに出発だよ!」
「えっ? 明日? そんなすぐに出発するの? 急過ぎない? まぁ、準備はできているけど」
興奮気味に宣言するヨイチにスズメは目を丸くする。でも、そんなスズメにヨイチは更に続ける。
「スズメちゃん、思い立ったが吉日だよ!」
「はいはい、わかりましたよ」
はしゃぐヨイチの姿にスズメは呆れ顔でうなずくのだった。
◇◇◇
「ねぇ、今日、旅に出るんじゃなかったの?」
翌朝、ヨイチはいつまでたっても起きてこなかった。
昨日の勢いはどこに行ったのだ、と呆れながらスズメはヨイチを起こそうとした。
でも、布団に横たわったヨイチはいくらスズメが声をかけても起きるどころか、返事すらしなかった。
そこにあったのは、物言わぬ一体の弓引き人形だった。
朝ごはんを枕元に置いたり、布団を窓際に運んで朝日をあててもみた。それでも、ヨイチだった弓引き人形はピクリとも動かなかった。
どこか壊れたところがないか探してみたけれど、スズメにはさっぱりわからなかった。修理はヨイチの担当だったから。
思いつく限りのことをし終えたら、後はぺたりと布団の隣にへたり込むしか、スズメにはできなかった。
全身の力が抜けて、自分の中がやたらとスゥスゥする。これがヨイチの言っていた、寂しい、なのだろうか。
「ねぇ、寂しいって、これなの?」
声に出してみたものの、その問いかけに返事はない。
気がつけばお天道様が頭の真上にくる時間。店の外の通りから、妖怪たちの行きかう喧騒が聞こえてきていた。
ふとヨイチの布団があった場所を見れば、すっかり冷めきった朝ごはんと、古ぼけた本がある。隣には昨日のうちに用意した旅の準備と、ヨイチの弓矢。
『弓矢はいらなくない?』
『いや、俺、弓引き人形だからね。置いていくわけにはいかないでしょ』
昨夜、いつもは店の奥にしまっているソレを持ち出したヨイチにスズメが言うと、苦笑いしながらそう言ったのが思い出された。
「なんで弓矢だけそのままなのさ」
呟きながらスズメは弓矢を手に取る。
ヒトがいるかなんてわからない。いたとして、そのヒトがヨイチを百年大切にしてくれるかなんて、もっとわからない。
『俺はスズメちゃんが根付に戻ってしまったら寂しい。修理した付喪神が戻らなかったら寂しい。だから、できることがあるならしたい』
寂しい、は、いまいちよくわからない。
でも、できることがあるならしたい、は、なんとなくわかる気がする。
スズメは弓矢をそっと置くと、箪笥から風呂敷を取り出す。そして、ヨイチだった弓引き人形を丁寧に包む。旅の荷物を詰めた斜めがけの鞄にそっと仕舞う。
火の始末を再度確認して、店と部屋をぐるりと見回す。荷造りした自分の荷物を背負い、弓矢と古ぼけた本を持つ。
そして、深呼吸。
「ヨイチ、行くよ。伊勢参り」
こうしてスズメはユミ屋を後にしたのだった。
*****
次回から第二章に突入です!
いよいよ始まるスズメの伊勢参り!
12月から毎日更新(平日)の予定なので、引き続き見守っていただけたら嬉しいです!
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