台本(仮)
@kusakabe_tuno
仮(人に見せる用)
N :とある国のとある町。そこに一人の作家を志す少年がいました。
彼の名前はロビン。空想に想いを馳せるのが何よりも好きで、そんな彼が書
く物語もまた、不思議な世界が詰まった物ばかり。彼は今日も自作の本を
鞄に詰め、街へ繰り出すのでした――。
とある一軒の店の入り口前で、ロビンは呼吸を整えている。
ロビン:(M)……大丈夫、大丈夫。『
にとって最初に必要となる持ち物だ』――うん、良い言葉だ。次に書く小説
の台詞に使おう。……よし。行くぞ。
店の入り口を開くロビン。眼鏡の店主がそれに気付き声をかける。
ロビン:「――こんにちはっ」
ロビンの容姿を見て少し驚いた様子を見せる店主。
店主 :「おや、こんな
もしかしてウチに来るのは初めてかい?」
ロビン:「は、はい」
店主 :「やっぱり。ウチに来るのなんて精々、金も無いのに時間ばかり有るジジバ
バ達だけだからね。長生き過ぎるというのも考え物だよ」
ロビン:「ハハ……」
店主 :「っと、いけない。年を取るとどうも愚痴っぽくなって……どうか気が済む
まで見て行っておくれ」
ロビンが真っ直ぐ店主の元に近付く。不思議そうな顔をする店主。
ロビン:「(深呼吸)――あの、店長さん」
店主 :「なんだい?」
ロビン:「……実は、今日は店長さんに"お願い"があって来たんです」
店主 :「僕に? なにかな。僕が応えられることだったら良いんだけど」
ロビン:「……これを見て貰えますか?」
ロビン、店主の傍のカウンターに一冊の本を置く。
店主 :「……この本は?」
ロビン:「僕の書いた、小説です」
店主 :「へえ、君が? 読んでみても?」
ロビン:「も、勿論です」
少しの時間、本を捲る音だけが続く。
店主 :「ハハ、懐かしいな。実は僕も少しだけ若い頃に書いていたんだ。へえ、な
るほど……ユニークなお話だ。それで? この本とさっき君が言った"お願
い"と言うのはどう関係するんだい?」
ロビン:「……どうかこの本を! お店に置いては貰えないでしょうか!」
店主 :「え?」
ロビン:「お願いしますっ!」
* * *
N :――街が夕焼けの色に染まる頃。ロビンは一人街を歩いていました。
ロビン:「(溜め息)……」
N :その日ロビンは一日中街を歩いては、色んな店に小説を売り込み続けまし
た。しかし、努力の甲斐も空しく、本は一冊も売れていません。彼の頭
の中には、店主たちにかけられた言葉がずっと渦巻いていました。
顔の無い店主たちが頭の中でロビンを罵倒する
店主 :う~ん……ごめんね。ウチも商売だから。
店主 :俺の店にゴミを持ち込まれても困る。
店主 :冷やかしか? こっちも暇じゃないんだよ!
店主 :逆に聞きたいんだが、『この本なら金を払ってでも読んでみたい』――
と、君は本気でそう思っているのか? ……即答出来ないか。それが答え
じゃないか。 いかに読書が娯楽だと言っても、金を払ってつまらない小
説を読まされる側はたまったもんじゃない。ま、君がこの小説を、自分
だけの秘密の日記帳に書くと言うなら、好きにしろと思うがね。
ロビン :「……くやしいなあ」
遠くから一人の少女がこちらに向かって駆けて来る。
エイミー:「おーい、ロビーン!」
ロビン :「エイミー」
エイミー:「ハァ、ハァ……どうだった!? 今日こそは小説、売れた?」
ロビン :「……ううん、結果はいつもと同じ。そっちは?」
エイミー:「私もあちこち回ってはみたんだけど……全然ダメ」
頬を膨らませて怒るエイミー。
エイミー:「それにしても、本っ当に周りの大人たちって見る目無いよね! ロビン
の小説はこんなにも面白いのにさ!」
ロビン :「……ハハ」
エイミー:「……ロビン、大丈夫? なんだか元気無いみたいだけど……」
やや俯き気味になり、沈んだ声で話すロビン。
ロビン :「……皆の言うことは何一つ間違ってないよ。僕の書く小説がつまらな
い。ただそれだけのことなんだから」
エイミー:「ロビン……。元気出しなって! 私はロビンの書く小説好きだよ?」
ロビン :「ありがとう。エイミーだけだよ。そんなこと言ってくれるの」
エイミー:「次はどんな小説を書くの、ロビン?」
ロビン :「……"売れる小説"、かな」
エイミー:「売れる小説?」
ロビン :「うん」
エイミー:「……ねえ、ロビン?」
ロビン :「なに?」
エイミー:「ロビンが本当に書きたい小説って、そういうものなの?」
ロビン :「……」
エイミー:「どう?」
ロビン :「……分からない。けどさ、どんなに心を込めて小説を書いたって、売れ
なかったら読んで貰うことすら出来ないんだよ」
エイミー:「……そっか」
ロビンの肩に腕を回し、元気付けるエイミー。
エイミー:「ま! 私はロビンのファン第一号だからさ! ロビンが売れっ子になる
その日まで、とことん付き合ってあげるって。ねっ! だから、そんな
風に下ばかり見てウジウジしない! 幸せが逃げて行っちゃうよ?」
ロビン :「……うん。ありがとう、エイミー」
エイミー:「へへ。あ、それじゃ私こっちだから。またね!」
N :エイミーは別れの挨拶を交わすと、元気良く走って行きました。
ロビン :「(溜め息)」
N :その場に一人に残されたロビンは、また道を歩き始めます。彼の目には自
分の足元の影ばかりが映っていました。ゆらゆらと揺れる影は、まるで彼
が今抱いている不安を映す鏡のようです。
ロビン :(M)……いけない。さっきエイミーに言われたばっかりなのに。
視線を上に上げるロビン。すると少し先に店があることに気付く。
ロビン :(M)……あの店。多分、今日初めて見る店だ。……どうせこのまま帰って
も、とてもじゃないけど小説を書く気分にはならない……うん、少しだ
け覗いてみよう。何か良いアイデアが浮かぶかもしれないし。
店の中に入るロビン。歯が抜けた店主が声をかける。
店主 :「あー、お客さん。悪いんだけどさ、今日はそろそろ店仕舞いなんだ。ま
た明日来てくれるか?」
ロビン :「すみません。少し見たら帰るので……駄目ですか?」
店主 :「(溜め息)……しょうがねえな。ほら、一名様ご案内!」
店内に並べられた高価な品々を見て、内心驚くロビン。
ロビン :(M)……すごい、どれも値が張る物ばかりだ。
値札に書かれた金額を見て目を見張るロビン。
ロビン :(M)えっ!? ひいふうみい……。信じられないぐらい高い。とてもじゃ
ないけど、僕には一生かかっても買えそうに無いな。
ロビン、店の商品と自分の小説を比べてしまい、少し落ち込む。
ロビン :(M)……世の中の人たちは、こういう物に価値を感じてお金を払うんだ
な。……僕の小説には、誰も価値を付けてくれないのに。……って。ああ
駄目だ。また小説のことを考えちゃってる。帰ろう。
N :ロビンは
止まりました。彼の視界に一瞬、気になる物が映ったからです。ロビンは
店の奥のほうをじっと見つめました。
ロビン :(M)……なんだろう、あそこに――。
N :店の奥に転がっていたのは、一冊の"本"でした。
ロビン :「……あの、すみません。そこの――」
店主、近くの皮財布を手に取り誇らしげに説明し始める。
店主 :「ああ、この皮財布かい? お客さん見る目があるねえ!」
ロビン :「えっ、あの?」
店主 :「こいつはオジロ
持ち。おまけに使えば使うほど味が出る。こういう質の良いモンをひ
とつ持っとくと、男としての箔が上がるってもんさ。どうだい、ひとつ
買ってくかい?」
ロビン :「え? ええっと……確かにその財布は素敵ですね。じゃなくて、そっ
ちの――」
店主 :「なんだ、気になってたのはこっちのブローチか。こいつはキラメキ湾で
採れた天然物の真珠を使った一品さ。派手過ぎないがこの上品な白が女
性の美しさを一番良く引き立てる。近頃じゃ恋人への贈り物として定番
になりつつもあって――」
ロビン :「そっちでも無くて!」
店主 :「じゃあなんだよ? お客さんが気になってるっつーモンは」
ロビン :「……あそこに置かれている本なんですけど」
店主 :「本? ……ああ、こいつのことか」
N :そう言って、店主が店の奥から一冊の本を持って来ました。まるで枯れ葉
のように色褪せたその本は、表紙に『エドゥアルト』とタイトルが刻まれ
ています。
店主 :「ひやあ、すげえな埃が(本を叩く)」
店主が本を叩くと、埃が舞い上がる。せき込む二人。
店主 :「(咳き込む)!」
ロビン :「(咳き込む)……ず、ずいぶん古い本ですね。これも売り物ですか?」
店主 :「ああ? 馬鹿言っちゃいけねぇよ。こいつの何処をどう見たら売りも
んに見える? こいつはただのゴミだよ。ゴミ!」
ロビン :「……ゴミ?」
店主 :「そうだよ。ああクソ、服が汚れちまった」
ロビン :「……どうして、これがゴミなんですか?」
店主 :「口で説明するより見てもらうほうが早いか。ほら、ここ見てみな」
N :店主はそう言って、本の後ろのページを捲ってロビンに見せます。ロビン
は驚きました。何故なら開いたページには無理やり文字を消したような
跡があり、本来そこにあったはずの結末を読むことは難しい状態となって
いたからです。
ロビン :「これは――」
店主 :「分かっただろ?
ないが売り物とは呼べないだろ?」
ロビン :「……ひどい。誰がこんなことを」
店主 :「さてね。こいつは昔、死んだ爺さんが行商人から買い付けたもんでさ。
爺さんいわく値打ち物だと言い張っていたが――結局売り物にならねえ
ってんでずっと店の肥やしになってるっつーわけ」
心底うんざりしたような声で話す店主。
店主 :「まったくこっちとしては良い迷惑だぜ。誰からも必要とされない物
を押し付けられちまうってのはよ」
ロビン :「……」
店主 :「そうだ。その様子じゃお客さん本が欲しいんだな? それならこんな埃
まみれのモンよりもっと良い本がある。最近じゃウチの店でも本の仕入
れに力を入れ始めていてよ――」
店の本の在庫を漁り始めた店主。その背中に声をかけるロビン。
ロビン :「あの」
店主 :「ん? ちょっと待ってろよ、今探しているトコロ――」
ロビン :「この本、僕に譲っていただけませんか?」
店主 :「…………え?」
ロビン :「あ、もちろんお金は払います。お幾らでしょうか?」
店主 :「待て待て。そうじゃなくてだな……ええと、何処から説明したもんか。
その、なんだ。お客さんさっき俺がした話ちゃんと聞いてたか?」
ロビン :「はい、ちゃんと聞いていました」
店主 :「だったら、そんな言葉は出て来ねえはずだ」
ロビン :「その上で、僕はこの本を買いたいんです」
店主 :「そこが分からねえ。なんでだ? なんでそいつを欲しがる?」
ロビン :「なんでもです」
店主 :「結末が無えんだぞ? それに埃まみれで、状態も良いとはとても――」
ロビン :「分かっています」
店主 :「……そりゃあ、買い取ってくれるって言うならこっちとしても有難いけ
どよ。けど、なんでわざわざこんな価値の無い"ゴミ"──」
ロビン :「ゴミじゃありません」
店主 :「え?」
ロビン :「……ゴミじゃ無いんです」
店主、ロビンの表情と本を交互に見る。少し考えて答える。
店主 :「ああもう、分かった分かった! アンタのしつこさには負けたよ。そこ
まで言うならその本、アンタにタダでくれてやる」
ロビン :「……え。ほ、本当ですか? お金は?」
店主 :「いらねえよ」
ロビン :「でも……どうして急に?」
店主 :「俺だって自分の目利きに誇りを持ってる。その俺が価値が無えって言う
んだから、
ロビン :「……」
店主 :「けどよ。俺だってなんだかんだ、死んだ爺さんには世話んなったんだ。
そう考えたら、少しでもこの本に価値を見出した人の手に渡したいって思
うのは、まぁ、自然なことなんじゃねえか」
ロビン :「……ありがとうございます。この本、大切にします」
* * *
N :こうして。ロビンは店で譲り受けたその本を家へと持ち帰りました。夜、
薄暗い部屋の中でランタンの明かりを灯すと、机の
かけて、早速本を広げます。年季の入ったその紙の上には、作者の筆跡の
癖が表れた文字が幾つも綴られていました。ロビンはその文章の始めの
一節を、ゆっくりと読み上げます。
ロビン :「――これは、とある"魔法使い"の物語」
N :その小説には挿絵がありませんでした。が、文章を読み進めていくうちに
次々と、ロビンの頭の中には物語の情景が浮かび上がりました。
ロビン :「……綺麗な文章だな。お前を書いたのは一体どんな
……えっ、そうなるのか? 嘘、ここで? うわ……」
N :あと少し。あと一時間。区切りの良いところまで。……気が付くとロビン
は寝るのも忘れ、その小説を読み進めることに没頭しました。
ロビン :「(あくび)……しまった、もうこんな時間。流石にそろそろ寝なきゃ
な。明日は仕事もあるし……」
N :ロビンは読みかけの本を閉じると、卓上のランタンの明かりを消しまし
た。そうして力尽きるようにベッドへと倒れ込みます。硬いベッドと薄い
布の感触に包まれていると、すぐに瞼が重くなり始めました。ロビンの
頭には泡のように、色んな考えが浮かんでは消えます。
ロビン :(M)……売れる本。売れる本ってなんなんだろう。価値のある本ってな
んなんだろう。……そんな物を、僕は本当に書きたいのか? 僕は、どう
して小説を書き始めたんだっけ。ただ、自由に物語を書いていたいだけな
のに。いったい僕の小説には何が足りないんだろう。……"あの本"の作者
みたいな文章が書けたら、僕も――。
N :やがて、ロビンは深い眠りへと落ちました。彼が寝静まって少し経ったこ
ろ、部屋の中では不思議なことが起きます。机の上に置かれたままの本
が、まるで風でも吹いたかのようにひとりでに開き――そして眩しい光を
放ったのです。
* * *
床に伏せた状態で眠っていたロビン、ゆっくりと目を覚ます。
ロビン :「……う、……ここは?」
N :目覚めたロビンは、自分が見慣れない場所に寝転がっていることに気が付
きました。辺りを見渡すと、真っ暗な穴を覗き込んだような景色がどこま
でも広がっています。気のせいか、周囲からは古い紙の匂いがしました。
彼はそんな不思議な空間に浮かぶ、円形の足場の上に立っています。
立ち上がり、不思議そうに辺りを見渡すロビン
ロビン :「……なんでこんな場所に。もしかして、これは夢……?」
自分の頬を軽く叩くロビン。
ロビン :「痛い。ってことは、夢じゃない……」
ロビン、暗闇に向こうに呼びかける。
ロビン :「おーい、誰かいませんか? ……どうしよう、なにも覚えてない。そう
だ、昨日の行動を振り返ってみよう。ええと――確か昨日は一日中街を歩
いて、エイミーと話をして、それから夜は寝る前に小説を読んで、えっ
と……」
身なりの良い男性、周囲の様子を窺いながら近付いてくる。
エルガー:「……おかしいですね。確かにこの辺りから声がしたのですが」
N :そう呟きながら現れたのは、身なりの良い服を着た男性でした。
エルガー:「おや?」
ロビン :「……ど、どうも。こんにちは」
エルガー:「……貴方、こんな所で一体何をしているのです?」
ロビン :「え?」
エルガー:「早く仕事に戻りなさい」
ロビン :「仕事? うわっ!」
男、ロビンの手首を掴んで歩き始める。
エルガー:「まったく、持ち場を離れて休んでいるだなんて。いつも言っているでし
ょう? 常に準備を怠らないようにと」
ロビン :「わっ、わっ、ちょっと……!」
エルガー:「もしも今、お客様が訪ねて来られたらどうするつもりですか?」
ロビン :「さっきから何を言って……離して、下さいっ!」
強引に手を振りほどくロビン。不思議そうな顔をする男性。
ロビン :「(荒い呼吸)……」
エルガー:「……そう言えば、見慣れない顔ですね貴方。持ち場は何処です? "ル
ビ"、それとも"ページ"? もしくは"行間"?」
ロビン :「何を言って――」
エルガー:「この世界の住人であるのなら、与えられた役割を
いるのです」
ロビン :(M)話が全然通じない……。
ロビン :「……あの、誰かと勘違いしていませんか?」
エルガー:「と言うと?」
ロビン :「僕はついさっきここに来たばかりです。ここが何処なのかも、あなたが
誰なのかも知らない。それなのに、突然仕事だとか持ち場がなんだって
言われたって――」
エルガー:「(かぶせて)待った」
ロビン :「え?」
エルガー:「……
ロビン :「はい……それが?」
エルガー:「…………そんな。だとすると、もしやこの方は――」
身なりの良い男性、信じられない様子で口を開く。
エルガー:「……お客様?」
ロビン :「え?」
ロビンから距離を取り、口元を抑えて興奮した様子で話すエルガー。
エルガー:「信じられない! 一体何年ぶりでしょうか。まさかまた、お客様をこの
目で見られる日が来るだなんて。ああ、どうしましょう。まさかこんな
タイミングでお越しになられるとは思いもしなかったので、準備も
に――」
ロビン :「……あの?」
エルガー:「はっ」
我に返るエルガー。少し気恥しそうに取り繕う。
エルガー:「(咳払い)。すみません、私としたことがつい舞い上がってしまいまし
た。ようこそお客様。お名前を伺っても?」
少し怪しく思いながら、自己紹介をするロビン。
ロビン :「……ロビンです」
エルガー:「ロビン様ですね。申し遅れました、私はエルガー。この世界の"案内
人"を務めております」
ロビン :「"案内人"?」
エルガー:「はい。"お客様を正しき物語へと導く"のが、案内人である私の使命」
ロビン :「……エルガーさん、ここは一体どこなんですか?」
エルガー:「
ロビン :「……本の、中?」
エルガー:「はい。ロビン様は"エドゥアルト"という本に聞き覚えは?」
昨日店で貰った、古い本のことを思い出すロビン。
ロビン :「……それなら、昨日僕が寝る前に読んでいた小説です。それが何か?」
エルガー:「我々が今いるこの場所が、その"エドゥアルトの本の世界"なのですよ」
驚きを隠せないロビン。
ロビン :「え? ……いや、まさか、そんな――」
エルガー:「いきなり信じろというのも難しい話だとは思いますが、事実です」
ロビン :「……」
エルガー:「時々あるのですよ。小説に強い感銘を受けた読者の方がこちら側の世
界に迷い込んでしまうことが。私どもはそういった方々に敬意を込め
て、"お客様"、と呼んでおります」
ロビン :「……」
エルガー:「動揺されるお気持ちも分かります。ただ、ロビン様がここにおられると
いうことは、この世界をロビン様自身が求めたと言うこと。今は不安が
勝っているかもしれませんが、先ほど申し上げた通り私は案内人です。決
してロビン様を危険な目に遭わせるようなことは――」
ロビン :「……じゃないですか」
エルガー:「ん?」
ロビン :「…………最っっっ高じゃないですか!!」
ロビン、興奮した様子で周囲をぐるぐると歩きながら言葉を発する。
ロビン :「僕が本の中にだって? ははっ、信じられない! そんなのまるで、フ
ァンタジー小説そのものじゃないか!」
エルガー:「ロ、ロビン様?」
ロビン :「そんなことがもしも現実に起こったらと思ってはいたけど、まさか本当
に僕の身に起こるだなんて! そっか、ここが本の中の世界なんだ!
すごい……! 最高!」
興奮するロビンを遠目で眺め、一人考えに耽るエルガー。
エルガー:「……私の杞憂でしたか」
N :エルガーが指先に持った小さなベルを鳴らす。すると、二人が立っている
足場の
エルガー:「ロビン様、私のあとについて来て下さい」
N :カツン、カツンと。階段を踏む音が周囲に響きます。先を行くエルガーの
手元の灯りだけが、暗闇の世界を丸く切り取っていました。
ロビン :(M)……あれ。なんだろう。向こうのほうで沢山の人達が何かをしてる。
ルビ :「おい誰だ!? ここのルビを振った奴は! ここは
ルビ2 :「す、すみません! すぐに直します!」
ルビ :「なぁ、これって
ルビ :「うーん、どっちだろうな……」
行間 :「おーい。行間もうちょっと広げるから、みんな離れてろー!」
ページ :「忙しい忙しい。ここが二百三十ページ、二百三十一ページ……」
エルガー:「彼らも、私と同じようにこの本の中で働く者たちです」
ロビン :「エルガーさん、聞いてもいいですか?」
エルガー:「私が答えられることでしたらなんなりと」
ロビン :「その、エルガーさんはずっと、この本の中で暮らしてるんですか?」
エルガー:「ええ」
ロビン :「それは、ええと……どのぐらい前から?」
エルガー:「我らの父がこの世界を生み出した日から、ですね」
ロビン :(M)それって……、この本を書いた作家のこと?
N :ふと、ロビンが立ち止まって視線を向けると、視線の先の壁には幾つかの
肖像画がかかっていることに気が付きました。ロビンはその中の、長い白
髪に鋭い眼付きをした老人の絵が目に留まります。
階段を昇りながら、エルガーの背中に声をかけるロビン。
ロビン :「……あそこの絵。もしかしてあれがエルガーさんのお父さん?」
エルガー:「いえ、あれは父では無く、この物語の主人公であるエドゥアルトです」
ロビン :「あれが……」
エルガー:「昔は何人も、
はそれもすっかり無くなって――もうかれこれ数十年は、お客様をご案内
しておりません」
ロビン :「そんなに長く……」
立ち止まるロビン。エルガーが声をかける。
エルガー:「……? ロビン様、どうかしましたか?」
ロビン :「いえ、ただ……きっと、寂しかっただろうなと思って」
エルガー:「寂しい?」
ロビン :「エルガーさんも、この本も」
呆気に取られるエルガー、その後小さく笑う。
エルガー:「(小さく笑う)想像力豊かですね。流石は、作家様だ」
ロビン :「え? ……どうして、僕が作家だと知っているんですか?」
エルガー:「先ほど、ロビン様の半生について目を通させていただきましたので」
N :そう言うエルガーの手には、手帳程度の大きさの本が収まっていました。
エルガー:「名前はロビン。年齢が十五歳。工場都市ブリストンヘルムに生まれる。
現在は母親と二人暮らし。父は二年前に事故で他界。昼間は煙突掃除
人として働き、空いた時間で小説を執筆する生活。執筆する
塗り潰されていて読むことが出来ませんね」
ロビン :「な、なにを勝手に読んでるんですか! 返して下さい!」
エルガー:「お客様のことを知るというのも私の大事な仕事の一つですから。それ
にしても――まさか、ロビン様が作家を
ロビン :「……違います。僕は作家と呼べるほど大層なものじゃありません」
エルガー:「ですが、今もご自身で小説を執筆されているのでしょう?」
ロビン :「それは……、そう、ですけど」
エルガー:「でしたら、貴方は紛れもない作家ですよ」
ロビン :(M)……そうなのかな。僕は自分を、作家だと思ってもいいのかな。
エルガー:「それにしても、実にタイミングが良かった」
ロビン :「……タイミング、ですか?」
エルガー:「ええ。そんなロビン様を見込んでひとつ、頼みたいことがあるのです」
N :長く続いた階段を昇り切ると、そこには円形の踊り場がありました。その
踊り場の中央には真っ白な、両開きの扉がひとつ立っています。
エルガー:「ロビン様、こちらへ」
ロビン :「……この、扉は?」
エルガー:「これこそが"物語へと続く入口"です。この扉を潜ることで、エドゥアル
トの物語の中に入ることが出来ます」
扉の鍵穴へと鍵を差し込み、取っ手を回すエルガー。
ロビン :「あの。さっき僕に言った、"頼みたいこと"って……?」
エルガー:「――ロビン様は、"この物語の結末が今にも消えかかっている"、なん
て言ったら信じますか?」
エルガーの言葉で、エドゥアルトの結末が消えていたことを思い出すロビン
ロビン :「結末が? ……あ」
エルガー:「心当たりがあるようですね。あれは経年劣化ではなく、この物語自体に
綻びが出来たため起きている現象なのです。ロビン様には頼みたいことと
は、この物語の綻びを見つけ、それを修復していただくことです」
ロビン :「修復、って……無理ですよそんなの!」
エルガー:「私がサポートします。ですからどうか」
ロビン :「でも……」
頭を下げ、ロビンに懇願するエルガー。
エルガー:「お願いします」
ロビン :「エ、エルガーさん!? 頭を上げてください……!」
エルガー:「一度壊れてしまった物語は作家にしか直せません。ここでロビン様に出
会えたことは、私にとって神が与えてくれた最後の希望なのです」
ロビン :「……」
エルガー:「お願いします。どうか父が残したこの物語を守るため、どうか」
少しの沈黙。ロビン観念したようにその要求に応じる。
ロビン :「……分かりました」
エルガー:「本当ですか?」
ロビン :「そんな大役が、僕に務まるかどうかは分からないですけど――」
N :ロビンは白い扉を開きました。すると扉の向こうには、扉の色と同じ
真っ白な空間がどこまでも広がっています。ふと足元を見ると、色鮮やか
な落ち葉が点々と道上に落ちており、それがまるで道しるべのようにずっ
と先まで続いていました。
エルガー:「その落ち葉を目印に進んで下さい。そうすれば物語の第一章へと辿り着
きます」
ロビン :「……分かりました。それじゃあエルガーさん、行ってきます」
エルガー:「行ってらっしゃいませ、ロビン様。どうかよろしくお願いします」
N :そうしてロビンは一人、その真っ白な空間を歩いて行きました。
台本(仮) @kusakabe_tuno
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