台本(仮)

@kusakabe_tuno

仮(人に見せる用)

N  :とある国のとある町。そこに一人の作家を志す少年がいました。

    彼の名前はロビン。空想に想いを馳せるのが何よりも好きで、そんな彼が書

    く物語もまた、不思議な世界が詰まった物ばかり。彼は今日も自作の本を

    鞄に詰め、街へ繰り出すのでした――。


   とある一軒の店の入り口前で、ロビンは呼吸を整えている。

ロビン:(M)……大丈夫、大丈夫。『ハッタリでも堂々と振る舞うこと。それが、冒険者

    にとって最初に必要となる持ち物だ』――うん、良い言葉だ。次に書く小説

    の台詞に使おう。……よし。行くぞ。


   店の入り口を開くロビン。眼鏡の店主がそれに気付き声をかける。

ロビン:「――こんにちはっ」

   ロビンの容姿を見て少し驚いた様子を見せる店主。

店主 :「おや、こんなしなびた本屋にようこそお客さん。見慣れない顔だけど……、

    もしかしてウチに来るのは初めてかい?」

ロビン:「は、はい」

店主 :「やっぱり。ウチに来るのなんて精々、金も無いのに時間ばかり有るジジバ

    バ達だけだからね。長生き過ぎるというのも考え物だよ」

ロビン:「ハハ……」

店主 :「っと、いけない。年を取るとどうも愚痴っぽくなって……どうか気が済む

    まで見て行っておくれ」

   ロビンが真っ直ぐ店主の元に近付く。不思議そうな顔をする店主。

ロビン:「(深呼吸)――あの、店長さん」

店主 :「なんだい?」

ロビン:「……実は、今日は店長さんに"お願い"があって来たんです」

店主 :「僕に? なにかな。僕が応えられることだったら良いんだけど」

ロビン:「……これを見て貰えますか?」

   ロビン、店主の傍のカウンターに一冊の本を置く。

店主 :「……この本は?」

ロビン:「僕の書いた、小説です」

店主 :「へえ、君が? 読んでみても?」

ロビン:「も、勿論です」

   少しの時間、本を捲る音だけが続く。

店主 :「ハハ、懐かしいな。実は僕も少しだけ若い頃に書いていたんだ。へえ、な

    るほど……ユニークなお話だ。それで? この本とさっき君が言った"お願

    い"と言うのはどう関係するんだい?」  

ロビン:「……どうかこの本を! お店に置いては貰えないでしょうか!」

店主 :「え?」

ロビン:「お願いしますっ!」


* * *


N  :――街が夕焼けの色に染まる頃。ロビンは一人街を歩いていました。


ロビン:「(溜め息)……」


N  :その日ロビンは一日中街を歩いては、色んな店に小説を売り込み続けまし

    た。しかし、努力の甲斐も空しく、本は一冊も売れていません。彼の頭

    の中には、店主たちにかけられた言葉がずっと渦巻いていました。


   顔の無い店主たちが頭の中でロビンを罵倒する

店主  :う~ん……ごめんね。ウチも商売だから。

店主  :俺の店にゴミを持ち込まれても困る。

店主  :冷やかしか? こっちも暇じゃないんだよ!

店主  :逆に聞きたいんだが、『この本なら金を払ってでも読んでみたい』――

     と、君は本気でそう思っているのか? ……即答出来ないか。それが答え  

     じゃないか。 いかに読書が娯楽だと言っても、金を払ってつまらない小

     説を読まされる側はたまったもんじゃない。ま、君がこの小説を、自分

     だけの秘密の日記帳に書くと言うなら、好きにしろと思うがね。


ロビン :「……くやしいなあ」

   遠くから一人の少女がこちらに向かって駆けて来る。

エイミー:「おーい、ロビーン!」

ロビン :「エイミー」

エイミー:「ハァ、ハァ……どうだった!? 今日こそは小説、売れた?」

ロビン :「……ううん、結果はいつもと同じ。そっちは?」

エイミー:「私もあちこち回ってはみたんだけど……全然ダメ」

   頬を膨らませて怒るエイミー。

エイミー:「それにしても、本っ当に周りの大人たちって見る目無いよね! ロビン   

     の小説はこんなにも面白いのにさ!」

ロビン :「……ハハ」

エイミー:「……ロビン、大丈夫? なんだか元気無いみたいだけど……」

   やや俯き気味になり、沈んだ声で話すロビン。

ロビン :「……皆の言うことは何一つ間違ってないよ。僕の書く小説がつまらな

     い。ただそれだけのことなんだから」

エイミー:「ロビン……。元気出しなって! 私はロビンの書く小説好きだよ?」

ロビン :「ありがとう。エイミーだけだよ。そんなこと言ってくれるの」

エイミー:「次はどんな小説を書くの、ロビン?」

ロビン :「……"売れる小説"、かな」

エイミー:「売れる小説?」

ロビン :「うん」

エイミー:「……ねえ、ロビン?」

ロビン :「なに?」

エイミー:「ロビンが本当に書きたい小説って、そういうものなの?」

ロビン :「……」

エイミー:「どう?」

ロビン :「……分からない。けどさ、どんなに心を込めて小説を書いたって、売れ

     なかったら読んで貰うことすら出来ないんだよ」

エイミー:「……そっか」

   ロビンの肩に腕を回し、元気付けるエイミー。

エイミー:「ま! 私はロビンのファン第一号だからさ! ロビンが売れっ子になる  

      その日まで、とことん付き合ってあげるって。ねっ! だから、そんな

      風に下ばかり見てウジウジしない! 幸せが逃げて行っちゃうよ?」

ロビン :「……うん。ありがとう、エイミー」

エイミー:「へへ。あ、それじゃ私こっちだから。またね!」


N   :エイミーは別れの挨拶を交わすと、元気良く走って行きました。

ロビン :「(溜め息)」

N   :その場に一人に残されたロビンは、また道を歩き始めます。彼の目には自

     分の足元の影ばかりが映っていました。ゆらゆらと揺れる影は、まるで彼  

     が今抱いている不安を映す鏡のようです。

ロビン :(M)……いけない。さっきエイミーに言われたばっかりなのに。

   視線を上に上げるロビン。すると少し先に店があることに気付く。

ロビン :(M)……あの店。多分、今日初めて見る店だ。……どうせこのまま帰って

     も、とてもじゃないけど小説を書く気分にはならない……うん、少しだ

     け覗いてみよう。何か良いアイデアが浮かぶかもしれないし。


   店の中に入るロビン。歯が抜けた店主が声をかける。

店主  :「あー、お客さん。悪いんだけどさ、今日はそろそろ店仕舞いなんだ。ま

     た明日来てくれるか?」

ロビン :「すみません。少し見たら帰るので……駄目ですか?」

店主  :「(溜め息)……しょうがねえな。ほら、一名様ご案内!」

   店内に並べられた高価な品々を見て、内心驚くロビン。

ロビン :(M)……すごい、どれも値が張る物ばかりだ。

   値札に書かれた金額を見て目を見張るロビン。

ロビン :(M)えっ!? ひいふうみい……。信じられないぐらい高い。とてもじゃ

     ないけど、僕には一生かかっても買えそうに無いな。

   ロビン、店の商品と自分の小説を比べてしまい、少し落ち込む。

ロビン :(M)……世の中の人たちは、こういう物に価値を感じてお金を払うんだ

     な。……僕の小説には、誰も価値を付けてくれないのに。……って。ああ

     駄目だ。また小説のことを考えちゃってる。帰ろう。


N   :ロビンはきびすを返して店を出ようとします。が、不意にその足がぴたりと

     止まりました。彼の視界に一瞬、気になる物が映ったからです。ロビンは

     店の奥のほうをじっと見つめました。


ロビン :(M)……なんだろう、あそこに――。


N   :店の奥に転がっていたのは、一冊の"本"でした。


ロビン :「……あの、すみません。そこの――」

   店主、近くの皮財布を手に取り誇らしげに説明し始める。

店主  :「ああ、この皮財布かい? お客さん見る目があるねえ!」

ロビン :「えっ、あの?」

店主  :「こいつはオジロうしの皮を職人が手作業で編んだ一品さ。丈夫で軽くて長

      持ち。おまけに使えば使うほど味が出る。こういう質の良いモンをひ

      とつ持っとくと、男としての箔が上がるってもんさ。どうだい、ひとつ

      買ってくかい?」

ロビン :「え? ええっと……確かにその財布は素敵ですね。じゃなくて、そっ

      ちの――」

店主  :「なんだ、気になってたのはこっちのブローチか。こいつはキラメキ湾で

      採れた天然物の真珠を使った一品さ。派手過ぎないがこの上品な白が女

      性の美しさを一番良く引き立てる。近頃じゃ恋人への贈り物として定番

      になりつつもあって――」

ロビン :「そっちでも無くて!」

店主  :「じゃあなんだよ? お客さんが気になってるっつーモンは」

ロビン :「……あそこに置かれている本なんですけど」

店主  :「本? ……ああ、こいつのことか」

N   :そう言って、店主が店の奥から一冊の本を持って来ました。まるで枯れ葉

     のように色褪せたその本は、表紙に『エドゥアルト』とタイトルが刻まれ

     ています。

店主  :「ひやあ、すげえな埃が(本を叩く)」

   店主が本を叩くと、埃が舞い上がる。せき込む二人。

店主  :「(咳き込む)!」

ロビン :「(咳き込む)……ず、ずいぶん古い本ですね。これも売り物ですか?」

店主  :「ああ? 馬鹿言っちゃいけねぇよ。こいつの何処をどう見たら売りも

      んに見える? こいつはただのだよ。!」

ロビン :「……ゴミ?」

店主  :「そうだよ。ああクソ、服が汚れちまった」

ロビン :「……どうして、これがゴミなんですか?」

店主  :「口で説明するより見てもらうほうが早いか。ほら、ここ見てみな」

N   :店主はそう言って、本の後ろのページを捲ってロビンに見せます。ロビン

     は驚きました。何故なら開いたページには無理やり文字を消したような

     跡があり、本来そこにあったはずの結末を読むことは難しい状態となって

     いたからです。

ロビン :「これは――」

店主  :「分かっただろ? この本こいつにはんだ。これじゃ、とてもじゃ

      ないが売り物とは呼べないだろ?」

ロビン :「……ひどい。誰がこんなことを」

店主  :「さてね。こいつは昔、死んだ爺さんが行商人から買い付けたもんでさ。

      爺さんいわく値打ち物だと言い張っていたが――結局売り物にならねえ

      ってんでずっと店の肥やしになってるっつーわけ」

   心底うんざりしたような声で話す店主。

店主  :「まったくこっちとしては良い迷惑だぜ。

      を押し付けられちまうってのはよ」

ロビン :「……」

店主  :「そうだ。その様子じゃお客さん本が欲しいんだな? それならこんな埃

     まみれのモンよりもっと良い本がある。最近じゃウチの店でも本の仕入

     れに力を入れ始めていてよ――」

   店の本の在庫を漁り始めた店主。その背中に声をかけるロビン。

ロビン :「あの」

店主  :「ん? ちょっと待ってろよ、今探しているトコロ――」

ロビン :「この本、僕に譲っていただけませんか?」

店主  :「…………え?」

ロビン :「あ、もちろんお金は払います。お幾らでしょうか?」

店主  :「待て待て。そうじゃなくてだな……ええと、何処から説明したもんか。

      その、なんだ。お客さんさっき俺がした話ちゃんと聞いてたか?」

ロビン :「はい、ちゃんと聞いていました」

店主  :「だったら、そんな言葉は出て来ねえはずだ」

ロビン :「その上で、僕はこの本を買いたいんです」

店主  :「そこが分からねえ。なんでだ? なんでそいつを欲しがる?」

ロビン :「なんでもです」

店主  :「結末が無えんだぞ? それに埃まみれで、状態も良いとはとても――」

ロビン :「分かっています」

店主  :「……そりゃあ、買い取ってくれるって言うならこっちとしても有難いけ

     どよ。けど、なんでわざわざこんな価値の無い"ゴミ"──」

ロビン :「ゴミじゃありません」

店主  :「え?」

ロビン :「……ゴミじゃ無いんです」

   店主、ロビンの表情と本を交互に見る。少し考えて答える。

店主  :「ああもう、分かった分かった! アンタのしつこさには負けたよ。そこ

     まで言うならその本、アンタにタダでくれてやる」

ロビン :「……え。ほ、本当ですか? お金は?」

店主  :「いらねえよ」

ロビン :「でも……どうして急に?」

店主  :「俺だって自分の目利きに誇りを持ってる。その俺が価値が無えって言う

     んだから、その本そいつに値段は付けられねえ」

ロビン :「……」

店主  :「けどよ。俺だってなんだかんだ、死んだ爺さんには世話んなったんだ。

     そう考えたら、少しでもこの本に価値を見出した人の手に渡したいって思

     うのは、まぁ、自然なことなんじゃねえか」

ロビン :「……ありがとうございます。この本、大切にします」


* * *


N   :こうして。ロビンは店で譲り受けたその本を家へと持ち帰りました。夜、

     薄暗い部屋の中でランタンの明かりを灯すと、机のそばに置いた椅子に腰

     かけて、早速本を広げます。年季の入ったその紙の上には、作者の筆跡の

     癖が表れた文字が幾つも綴られていました。ロビンはその文章の始めの

     一節を、ゆっくりと読み上げます。

ロビン :「――これは、とある"魔法使い"の物語」

N   :その小説には挿絵がありませんでした。が、文章を読み進めていくうちに

     次々と、ロビンの頭の中には物語の情景が浮かび上がりました。

ロビン :「……綺麗な文章だな。お前を書いたのは一体どんな作家ひとなんだろう。

     ……えっ、そうなるのか? 嘘、ここで? うわ……」

N   :あと少し。あと一時間。区切りの良いところまで。……気が付くとロビン

     は寝るのも忘れ、その小説を読み進めることに没頭しました。

ロビン :「(あくび)……しまった、もうこんな時間。流石にそろそろ寝なきゃ

      な。明日は仕事もあるし……」

N   :ロビンは読みかけの本を閉じると、卓上のランタンの明かりを消しまし

     た。そうして力尽きるようにベッドへと倒れ込みます。硬いベッドと薄い

     布の感触に包まれていると、すぐに瞼が重くなり始めました。ロビンの

     頭には泡のように、色んな考えが浮かんでは消えます。

ロビン :(M)……。売れる本ってなんなんだろう。価値のある本ってな

     んなんだろう。……そんな物を、僕は本当に書きたいのか? 僕は、どう

     して小説を書き始めたんだっけ。ただ、自由に物語を書いていたいだけな  

     のに。いったい僕の小説には何が足りないんだろう。……"あの本"の作者

     みたいな文章が書けたら、僕も――。

N   :やがて、ロビンは深い眠りへと落ちました。彼が寝静まって少し経ったこ

     ろ、部屋の中では不思議なことが起きます。机の上に置かれたままの本

     が、まるで風でも吹いたかのようにひとりでに開き――そして眩しい光を

     放ったのです。


* * *


   床に伏せた状態で眠っていたロビン、ゆっくりと目を覚ます。

ロビン :「……う、……ここは?」

N   :目覚めたロビンは、自分が見慣れない場所に寝転がっていることに気が付

     きました。辺りを見渡すと、真っ暗な穴を覗き込んだような景色がどこま

     でも広がっています。気のせいか、周囲からはがしました。

     彼はそんな不思議な空間に浮かぶ、円形の足場の上に立っています。

   立ち上がり、不思議そうに辺りを見渡すロビン

ロビン :「……なんでこんな場所に。もしかして、これは夢……?」

   自分の頬を軽く叩くロビン。

ロビン :「痛い。ってことは、夢じゃない……」

   ロビン、暗闇に向こうに呼びかける。

ロビン :「おーい、誰かいませんか? ……どうしよう、なにも覚えてない。そう

     だ、昨日の行動を振り返ってみよう。ええと――確か昨日は一日中街を歩

     いて、エイミーと話をして、それから夜は寝る前に小説を読んで、えっ

     と……」

   身なりの良い男性、周囲の様子を窺いながら近付いてくる。

エルガー:「……おかしいですね。確かにこの辺りから声がしたのですが」

N   :そう呟きながら現れたのは、身なりの良い服を着た男性でした。

エルガー:「おや?」

ロビン :「……ど、どうも。こんにちは」

エルガー:「……貴方、こんな所で一体何をしているのです?」

ロビン :「え?」

エルガー:「早くに戻りなさい」

ロビン :「仕事? うわっ!」

   男、ロビンの手首を掴んで歩き始める。

エルガー:「まったく、持ち場を離れて休んでいるだなんて。いつも言っているでし

     ょう? 常に準備を怠らないようにと」

ロビン :「わっ、わっ、ちょっと……!」

エルガー:「もしも今、が訪ねて来られたらどうするつもりですか?」

ロビン :「さっきから何を言って……離して、下さいっ!」

   強引に手を振りほどくロビン。不思議そうな顔をする男性。

ロビン :「(荒い呼吸)……」

エルガー:「……そう言えば、見慣れない顔ですね貴方。持ち場は何処です? "ル

     ビ"、それとも"ページ"? もしくは"行間"?」

ロビン :「何を言って――」

エルガー:「この世界の住人であるのなら、与えられた役割をまっとうしなさいと言って

     いるのです」

ロビン :(M)話が全然通じない……。

ロビン :「……あの、誰かと勘違いしていませんか?」

エルガー:「と言うと?」

ロビン :「僕はです。ここが何処なのかも、あなたが

     誰なのかも知らない。それなのに、突然仕事だとか持ち場がなんだって

     言われたって――」

エルガー:「(かぶせて)待った」

ロビン :「え?」

エルガー:「……貴方あなた今、、と言いましたか?」

ロビン :「はい……それが?」

エルガー:「…………そんな。だとすると、もしやこの方は――」

   身なりの良い男性、信じられない様子で口を開く。

エルガー:「……?」

ロビン :「え?」

   ロビンから距離を取り、口元を抑えて興奮した様子で話すエルガー。

エルガー:「信じられない! 一体何年ぶりでしょうか。まさかまた、お客様をこの

     目で見られる日が来るだなんて。ああ、どうしましょう。まさかこんな

     タイミングでお越しになられるとは思いもしなかったので、準備もろく

     に――」

ロビン :「……あの?」

エルガー:「はっ」

   我に返るエルガー。少し気恥しそうに取り繕う。

エルガー:「(咳払い)。すみません、私としたことがつい舞い上がってしまいまし

     た。ようこそお客様。お名前を伺っても?」

   少し怪しく思いながら、自己紹介をするロビン。

ロビン :「……ロビンです」

エルガー:「ロビン様ですね。申し遅れました、私はエルガー。この世界の"案内

     人"を務めております」

ロビン :「"案内人"?」

エルガー:「はい。"お客様を正しき物語へと導く"のが、案内人である私の使命」

ロビン :「……エルガーさん、ここは一体どこなんですか?」

エルガー:「端的たんてきに申し上げますと、ここはです」

ロビン :「……本の、中?」

エルガー:「はい。ロビン様は"エドゥアルト"という本に聞き覚えは?」

   昨日店で貰った、古い本のことを思い出すロビン。

ロビン :「……それなら、昨日僕が寝る前に読んでいた小説です。それが何か?」

エルガー:「我々が今いるこの場所が、その"エドゥアルトの本の世界"なのですよ」

   驚きを隠せないロビン。

ロビン :「え? ……いや、まさか、そんな――」

エルガー:「いきなり信じろというのも難しい話だとは思いますが、事実です」

ロビン :「……」

エルガー:「時々あるのですよ。小説に強い感銘を受けた読者の方がの世

     界に迷い込んでしまうことが。私どもはそういった方々に敬意を込め

     て、"お客様"、と呼んでおります」

ロビン :「……」

エルガー:「動揺されるお気持ちも分かります。ただ、ロビン様がここにおられると

     いうことは、この世界をロビン様自身が求めたと言うこと。今は不安が

     勝っているかもしれませんが、先ほど申し上げた通り私は案内人です。決

     してロビン様を危険な目に遭わせるようなことは――」

ロビン :「……じゃないですか」

エルガー:「ん?」

ロビン :「…………最っっっ高じゃないですか!!」

   ロビン、興奮した様子で周囲をぐるぐると歩きながら言葉を発する。

ロビン :「僕が本の中にだって? ははっ、信じられない! そんなのまるで、フ

     ァンタジー小説そのものじゃないか!」

エルガー:「ロ、ロビン様?」

ロビン :「そんなことがもしも現実に起こったらと思ってはいたけど、まさか本当

     に僕の身に起こるだなんて! そっか、ここが本の中の世界なんだ! 

     すごい……! 最高!」

   興奮するロビンを遠目で眺め、一人考えに耽るエルガー。

エルガー:「……私の杞憂でしたか」

N   :エルガーが指先に持った小さなベルを鳴らす。すると、二人が立っている

     足場のへりから、上へと続く階段が生まれました。

エルガー:「ロビン様、私のあとについて来て下さい」


N   :カツン、カツンと。階段を踏む音が周囲に響きます。先を行くエルガーの

     手元の灯りだけが、暗闇の世界を丸く切り取っていました。

ロビン :(M)……あれ。なんだろう。向こうのほうで沢山の人達が何かをしてる。


ルビ  :「おい誰だ!? ここのルビを振った奴は! ここは白髪はくはつじゃなくて、白髪しらがだぞ!」

ルビ2  :「す、すみません! すぐに直します!」

ルビ  :「なぁ、これって風車かざぐるまか? それとも風車ふうしゃ?」

ルビ  :「うーん、どっちだろうな……」

行間  :「おーい。行間もうちょっと広げるから、みんな離れてろー!」

ページ :「忙しい忙しい。ここが二百三十ページ、二百三十一ページ……」


エルガー:「彼らも、私と同じようにこの本の中で働く者たちです」

ロビン :「エルガーさん、聞いてもいいですか?」

エルガー:「私が答えられることでしたらなんなりと」

ロビン :「その、エルガーさんはずっと、この本の中で暮らしてるんですか?」

エルガー:「ええ」

ロビン :「それは、ええと……どのぐらい前から?」

エルガー:「がこの世界を生み出した日から、ですね」

ロビン :(M)それって……、この本を書いた作家のこと?

N   :ふと、ロビンが立ち止まって視線を向けると、視線の先の壁には幾つかの

     肖像画がかかっていることに気が付きました。ロビンはその中の、長い白

     髪に鋭い眼付きをした老人の絵が目に留まります。

   階段を昇りながら、エルガーの背中に声をかけるロビン。

ロビン :「……あそこの絵。もしかしてあれがエルガーさんのお父さん?」

エルガー:「いえ、あれは父では無く、この物語の主人公であるエドゥアルトです」

ロビン :「あれが……」

エルガー:「昔は何人も、本の世界ここをお客様が訪ねて下さいました。ですが、最近で

     はそれもすっかり無くなって――もうかれこれ数十年は、お客様をご案内

     しておりません」

ロビン :「そんなに長く……」

   立ち止まるロビン。エルガーが声をかける。

エルガー:「……? ロビン様、どうかしましたか?」

ロビン :「いえ、ただ……きっと、寂しかっただろうなと思って」

エルガー:「寂しい?」

ロビン :「エルガーさんも、この本も」

   呆気に取られるエルガー、その後小さく笑う。

エルガー:「(小さく笑う)想像力豊かですね。流石は、だ」

ロビン :「え? ……どうして、僕が作家だと知っているんですか?」

エルガー:「先ほど、ロビン様のについて目を通させていただきましたので」

N   :そう言うエルガーの手には、手帳程度の大きさの本が収まっていました。

エルガー:「名前はロビン。年齢が十五歳。工場都市ブリストンヘルムに生まれる。

     現在は母親と二人暮らし。父は二年前に事故で他界。昼間は煙突掃除

     人として働き、空いた時間で小説を執筆する生活。執筆する種類ジャンル

     魔法や異世界を主軸にしたファンタジー小説。将来の夢は……おや、ここだけ黒く

      塗り潰されていて読むことが出来ませんね」

ロビン :「な、なにを勝手に読んでるんですか! 返して下さい!」

エルガー:「お客様のことを知るというのも私の大事な仕事の一つですから。それ

     にしても――まさか、ロビン様が作家を生業なりわいとされていたとは」

ロビン :「……違います。僕は作家と呼べるほど大層なものじゃありません」

エルガー:「ですが、今もご自身で小説を執筆されているのでしょう?」

ロビン :「それは……、そう、ですけど」

エルガー:「でしたら、貴方は紛れもない作家ですよ」

ロビン :(M)……そうなのかな。僕は自分を、作家だと思ってもいいのかな。

エルガー:「それにしても、実にタイミングが良かった」

ロビン :「……タイミング、ですか?」

エルガー:「ええ。そんなロビン様を見込んでひとつ、頼みたいことがあるのです」


N   :長く続いた階段を昇り切ると、そこには円形の踊り場がありました。その

     踊り場の中央には真っ白な、両開きの扉がひとつ立っています。

エルガー:「ロビン様、こちらへ」

ロビン :「……この、扉は?」

エルガー:「これこそが"物語へと続く入口"です。この扉を潜ることで、エドゥアル

     トの物語の中に入ることが出来ます」

   扉の鍵穴へと鍵を差し込み、取っ手を回すエルガー。

ロビン :「あの。さっき僕に言った、"頼みたいこと"って……?」


エルガー:「――ロビン様は、"この物語の結末が今にも消えかかっている"、なん

     て言ったら信じますか?」

   エルガーの言葉で、エドゥアルトの結末が消えていたことを思い出すロビン

ロビン :「結末が? ……あ」

エルガー:「心当たりがあるようですね。あれは経年劣化ではなく、この物語自体に

     綻びが出来たため起きている現象なのです。ロビン様には頼みたいことと

     は、この物語の綻びを見つけ、それを修復していただくことです」

ロビン :「修復、って……無理ですよそんなの!」

エルガー:「私がサポートします。ですからどうか」

ロビン :「でも……」

   頭を下げ、ロビンに懇願するエルガー。

エルガー:「お願いします」

ロビン :「エ、エルガーさん!? 頭を上げてください……!」

エルガー:「一度壊れてしまった物語は作家にしか直せません。ここでロビン様に出

     会えたことは、私にとって神が与えてくれた最後の希望なのです」

ロビン :「……」

エルガー:「お願いします。どうか父が残したこの物語を守るため、どうか」

   少しの沈黙。ロビン観念したようにその要求に応じる。

ロビン :「……分かりました」

エルガー:「本当ですか?」

ロビン :「そんな大役が、僕に務まるかどうかは分からないですけど――」


N   :ロビンは白い扉を開きました。すると扉の向こうには、扉の色と同じ

     真っ白な空間がどこまでも広がっています。ふと足元を見ると、色鮮やか

     な落ち葉が点々と道上に落ちており、それがまるで道しるべのようにずっ

     と先まで続いていました。 

エルガー:「その落ち葉を目印に進んで下さい。そうすれば物語の第一章へと辿り着

      きます」

ロビン :「……分かりました。それじゃあエルガーさん、行ってきます」   

エルガー:「行ってらっしゃいませ、ロビン様。どうかよろしくお願いします」

N   :そうしてロビンは一人、その真っ白な空間を歩いて行きました。

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