第4話 祝福持ち(ギフテッド)

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 ぐっすりと寝て翌日。

 いつものように昼まで洗濯屋の業務をこなし、帰宅して昼食を摂る。

 昨日、アガートさんたちに訓練をつけてもらうことになったけど。

 結局具体的に何をするとか決まっているんだろうか。

 あと宿屋まで迎えに行った方がいいよな。うちの場所とか知らないだろうし。

 そんなことを考えながら家を出て門の脇に置いてある木剣を手に取る。

「こいつもいるよな、多分」

 小剣を象った木剣は柄にアンサズの名前が刻まれている。

 その脇には大剣、長刀状の木剣が置いてあり、兄二人のものだ。

 俺の木剣に比べて年季が入り、使い込まれた木剣に引け目を感じつつ、腰に提げる。


「お、準備万端だねー」

 宿屋へ迎えに行こうとした僕の前に、アガートさんたちが歩いてくる。

 その服と鎧はところどころ汚れており、今日も森の調査に行ったことが伺えた。

「あ、おはようございます。うちの場所知ってたんですか?」

 ぺこ、と頭を下げて訊く。

 教えたっけな、と脳裏によぎりながら。

「ああ、ううん。村長さんに聞いたんだよ」

 ひらひらと手を振りながら、アガートさんが応える。

 それを聞いて顔を上げ、そりゃそうか。と後頭部を掻きつつうちの庭を案内することにした。

 

「母さんに聞いたら、この辺の庭を使っていいって言ってたので、ここで訓練しようかなって」

 庭の中でもひときわ広いエリア。

 前世のテニスコートくらいの広さがある整地に先導して椅子を持ってくる。

「うん、十分な広さがあるし、魔法の練習もできそうだ」

 アガートさんは見渡して小石や段差が少ないことに頷いていた。

「ああ、兄さんたちが朝の運動に使ってますしね。それで、これからどんな訓練をするんですか?」

 人数分の椅子を出して座りながら本題を切り出す。

「――魔力操作のための精神統一と素振り」

 オルガノさんが端的に答えた。

 つまり瞑想と素振りらしい。

「そう。昨日オルガノと相談したんだけど、アンサズ君は魔法の適正もあるし身体能力の強化もできてるみたいだから「魔法剣士(マジックソードマン)」か「斥候(スカウト)」を目指した方がいいんじゃないかと思ったんだよね」

「それ、どういう違いが?」

「魔法剣士は魔法と剣術を切り替えたり複合させて中距離で戦闘する役割のこと。斥候は罠を仕掛けたり気配を消して敵地の情報を探る役割、って感じかな」

 おすすめは魔法剣士だよ、とアガートさんが付け加える。

 話によると、斥候は魔法剣士と比べて訓練に時間がかかり、また危険も大きいことから年下の僕に背負わせるのは気が引ける。とのことだった。

 魔法剣士なら魔法と剣術、陣形の教導で済むが、斥候は罠のノウハウや戦術眼の教導も必要らしい。

 なるほど。と思いかけて踏みとどまる。

「……本格的に冒険者に勧誘するつもりですよね?」

「「ぎくっ」」

 二人がわかりやすく目をそらした。

 僕は今回の任務の手伝いを本格的に承諾したわけじゃない。

 なんにせよ、興味はあるからいいんだけど……。こういう一線はちゃんと引いておいた方がいい。

「いいじゃないか~~! 君だって冒険に心が沸くだろう?」

 ごまかすようにアガートさんがぎゅっと僕の手を取って立ち上がる。

「ともかく今日は君のできることが知りたいんだ、さあ!」

 すっと僕の腰に提げていた木剣を抜き取り、くるんと回して柄を握るように促す。

 どうやらこのお姉さんは思っていたよりお転婆みたいだ。

「まあ、はい……。わかりました」

 少し唇を尖らせてしまうものの、僕も「自分がこの世界でどのような存在なのか」に興味がある。

 見てもらおうじゃないか、異世界仕込みの剣術!

 

 

 

「う~~ん、変な癖があるけどおおむね「良」かな!」

 はい、平均くらいってことらしいです。

 良がどういう評価か微妙にわからないが、語気からして60~70点くらいの空気だった。

 いや、僕は前世でも武闘派じゃなかったんだよ、よく覚えてないけど剣道の成績は微妙だった気がするし、喧嘩も好きじゃなかった。

「次、魔法も見せてくれる?」

 オルガノさんが横から入り、すこしキラキラした麦の穂みたいな黄色い眼で僕を見ていた。

 そう、魔法なら多少自信がある!

 見せてやろうじゃないか! 前世でオタクだった僕の魔法パワーを!

 

 

 

「ん……「良」」

 ダメでした。

 また同じ評価です。

 さすがにちょっと心に来る。

 兄二人がゴリゴリの武闘派だったから、この世界の平均はわからないけど、魔法はできてるもんだと思っていた。

 オルガノさんがさっきと同じ目でぺたぺたと触診して魔力の操作を確かめてくれているらしいけどもうそんなことどうでもよかった。

 やっぱりこの世界での僕の評価は「チート」とか「無双」じゃないらしい。

「魔力の総量と操作強度は悪くないけど……、魔法のメソッドが前時代的。多分教本が古いかも」

 ぺたぺたと胸や腕、背中などを触っていたオルガノさんが離れて総評を述べる。

「え、母さんのおさがりだったんですけど、あれって前時代的なんですか?」

 そう、僕の魔法知識は母さんの本棚で読んだ理論に基づいている。

 「創意魔法」というジャンルらしいのだが、状況に応じて適した魔法を組み立てることであらゆる状況に対処する高等術式……と書いてあったんだけど。

「創意魔法は理論としては優秀……だけど、実践魔法としては発動が遅すぎる。昨日の魔法矢も発動までに数十秒かかってたでしょ?」

 オルガノさんがしゃがんで僕の顔を覗き込んでくる。

 この人は思考が読めるんだろうか。背筋にヒヤッとしたものが流れる。

「確かに、オルガノさんの魔法は杖をこう、クルッと回してすぐに撃ってました」

 その差は確実に生死を分けるんだろう。

 確かに、実践魔法としては僕の発動は遅すぎると言われても仕方がない。

「あれはどうやっていたんですか?」

「ん……。杖に埋め込んだ魔物の核に魔法陣を刻み込んで自動化してる」

 想像以上に高度な技術が使われていた。しかもシンプルな方法で。

 じゃあ僕の魔法が遅いのも納得である。

「つまり……僕はこれから強くなれるってことですね」

 すごくショックだった。僕の異世界転生には都合のいいチートは無いようだったから。

 でもそれは今世を諦める理由にはならない。

 やっぱり未知の技術が外の世界にはたくさんある。

 それがわかっただけで僕はわくわくしてきてしまった。




 アガートとオルガノは初日の訓練を終えて宿屋にもどり、一息つくと口を開く。

「アンサズくん、予想以上だったね」

 流石はあの踏破の旗印のご子息。とアガートがつぶやく。

「うん」

 オルガノも同意見だったようで、武器の手入れを始めながら目を輝かせている。

 恵まれた血筋から、体格は平均的ながらも剣筋は鋭く野性的だった。

 踏み込みも早くとびかかるような降り下ろしの剣は、見たこともなく実戦的じゃなかったにせよ美しかった。

「あの年で創意魔法を理解して実戦で使おうとする思考の速さ、実際に成功させる胆力」

 オルガノは「少なくとも私は見たことない」と続けた。

 ギルドの評価基準は「良・可・不可」の三つ。

 アンサズくんは今の状態でギルドの冒険者試験を受けても難なく合格するだろう。

 ただ少し戦闘の知識と型が身についていないだけだった。

「特に魔力操作なんかは実戦に通用するレベルに育ってた」

 魔法を見せて、と頼んだ時に発されたオレンジ色の魔力は弛みなく操作され、事前準備なしで宙に魔法陣を描いて温風を発した。

 やっていることは一般的に「創意魔法の発動」と言ってしまえば終わりなのだが、それをやっているのは12歳の少年である。

「祝福持ち(ギフテッド)、かな?」

 アガートが鎧と汚れた服を脱いで洗濯籠に放り、首元の銀色のお守りに触れながら言った。

「……多分間違いない」

 ごくまれに生まれてくる「天才」。

 それを教会は「祝福持ち」として登録している。

 祝福は大小種類様々なものがあり、希少なものとされている。

 教会の大司祭は「チート」とか「スキル」と呼んでいるらしいけど……。

「明日も基礎の型と魔法発動の指導を」

 オルガノがいつのまにか寝る準備を整えて寝間着でベッドに転がりながら予定を告げる。

「文句なし!」

 ぐっと握った手から親指を立てる承諾のサインを見せて私もベッドに転がる。

 明日がとても楽しみだ。

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