第3話 踏破の旗印 フェオ

   3

 なんとかキタムラ森を脱出し、冒険者の宿泊している宿屋まで戻ってきた。

 全然気が付いていなかったけれど、最初に吹っ飛ばされた時に全身に擦り傷を負っていたみたいで。

 服のあちこちがボロボロになり、ところどころに血がにじんでいたのを見たリラに応急処置を受け、改めて二人と話すことになった。

「一体全体、何があったの?」

 腕に包帯をぐるぐる巻きつつリラが心配そうな目を向けてくる。

「あ~~。森でいろいろあって」

 説明するのはばつが悪いなあ、などと考えつつ適当にごまかすと、リラはぷんすこと怒り。

「今朝危ないって話したばっかりじゃない!」

 至極正論な説教を始めた。

 ごもっともです……。


「すまない、責めないで上げてほしい」

 はい……すみません……のみを繰り返す自動返信装置と化した僕に助け舟を出すように戦士さんが声をかけてくれた。

 本当に助かった。

 自分が悪いことをして怒られているときはもうそうですねしか言うことがないんだよな。

「申し遅れた。私はアガート。「鐘盾」のアガートと名乗っている」

 鎧の兜を外し、お団子にまとめた金髪を下ろしたお姉さんがにこりと微笑む。

「ああ、すみません。僕はアンサズ。アンサズ・ルーン、この村の洗濯屋をやってます」

 僕も慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。

 なんとなくこの人からは気品のようなものを感じる。

 動きが流麗というか、キマっているんだ。

 どっかの貴族の出身かな?

「うん、さっきは助かったよ。あっちの魔法使いはオルガノ」

 顔を上げて、と言いながらアガートさんは近くの椅子に座って茶を飲む魔法使いさんを紹介した。

 オルガノさんはフードを脱ぐとラベンダー色の髪をした女性で、アガートさんより1、2歳ほど若く見える。

 二人とも年齢としては16~18歳くらいじゃないかと思った。

 僕からすると5、6歳ほど離れているかな?

「いえ、僕のほうこそ邪魔をしてしまって」

 始末が悪そうに眼をそらそうと首を振る。

 しかし、なにやらじーっと目を見られており、そらせなかった。

 アガートさんの深い茶褐色の、瑪瑙(めのう)のような眼が僕を射抜いている。

「えっ……なんですか?」

 ぶっちゃけ、もう僕は用事がない。

 明日からは森に近づかない方がいいかな、くらいの問題じゃないのか? これって。

「君、明日から私たちのパーティの手伝いをやらないか?」


 アガートさんは、唐突にそんなことを提案してきたのだった。




「疲れた~~」

 今日はいつもとは違い、なんだか密度の濃い一日だった。

 仕事もして、狩りもして。

 大猪と戦ったり。

 あれから、アガートさんたちには悪いが一度冒険者手伝いの話は持ち帰らせてもらった。

 そんなすぐに決めれることじゃない。

 そう言うと、納得してもらえたみたいでまずは午後に訓練をつけてくれるらしい。

 無料で。

 無料(タダ)か~~。

 僕は、前世からタダという言葉に弱い。あと期間限定と数量限定と特価にも弱い。

 それで痛い目にもあった気がするけど、詳細は思い出せないや。


「アイシクル、ペネトレイト」

 とっさに放った魔法に思いを馳せてイメージで弓のつるを引き絞ってぱっと放つ。

 魔法としてじゃなく、あの瞬間をなぞる復習みたいな感じだ。

「やればできるもんだなあ、魔法」

 胸のあたりでじりじりとくすぶる火種に疼く心を抑え、にやにやしたまま僕は布団を被る。

 今日は兄さんたちのいびきで起きることもないくらい熟睡できそうだ。




 アガートは、一軒のレンガ造りの家の前に立っていた。

 人口数百人の農村にしては立派な門構えで、近くの丘を見れば広大な畑が広がっている。

 この地域での豪農と見受けるしっかりとした家だ。

 ここはルーン家の自宅。さっきの少年「アンサズ・ルーン」の家である。

「ごめんください」

 木の扉をコンコンとノックして、一歩下がる。

 ほどなくして、一人の偉丈夫が戸から現れた。

「おう、入んな」

 家主のフェオ・ルーンである。


 アガートとオルガノは居間へ通される。ランタンの火が照らす室内は質素かつ堅実な造りで、太い軸が一本入った広い空間だった。

「……町長さんに家をうかがいまして」

 出されたハーブティーを一口いただき、早速本題に入る。

 フェオの表情は読み取りずらいが、明らかに不機嫌だ。

「あの大猪の件だろう。それで?」

 ごくり、とアガートとオルガノの喉が音を立てる。

「アンサズくんを預からせてもらえませんか」

「何故」

 要件を伝えた瞬間の威圧。

 短い言葉には重みがあり、アガートの持っているお茶の表面が揺れた。

「……あの子には冒険者の才能があります。私たちはそれを求めている」

 いや、これは私が震えている?

「この村には門番をしている自警団、猟師もいる。それに」

 フェオが反論を行う。

 だが、それをオルガノが遮った。

「それに、貴方がいる。「踏破の旗印」フェオ」

 そう、アンサズくんのお父さんは、この大陸有数の冒険者パーティ「夜明けの簒奪者」の戦士フェオなのだ。

 夜明けの簒奪者は数々の未開地域、ダンジョンを踏破した魔銀(ミスリル)級冒険者パーティであり、フェオはその中でも旗槍(フラッグパルチザン)を振るって最前線を切り拓いた豪傑。

 彼が旗を振るえば撤退はなく、また彼の足跡は後ろに下がらないという。

 結婚して引退したと聞いていたが、こんなところで出会うとは。

「……そうだ」

 フェオが頷く。

 オルガノと一瞬アイコンタクトをする。

 やっぱり、アンサズくんはなんとしてもほしい。

「それは、私たちの任務とは言えません。それに、あの子は。アンサズくんは今日「冒険」をしていました」


 ――大猪とのぶつかり合いの中で、唐突に放たれた魔法の矢が魔獣の眼を貫き血を迸らせた。

 その瞬間を思い出す。

 黒髪の少年、アンサズは自身の放った矢の威力で弓を崩壊させながらも鋭い目で命中した獲物を見ていた。

 そして、その顔は無意識にだろうが満面の笑みだった。

 そもそも、大猪と接触して吹っ飛ばされてからも彼は瞬時に戦闘する姿勢を見せた。

 弓がはじかれてから、私たちが助けに入った時に逃げればいい。

 というか正常な人間は逃げるか隠れるかを選ぶだろう。

 当たり所が悪ければ死ぬ、そういう状況だったのだから。絶対させないけど。

 その中で彼は自分の実力を試す行動に出た。迷いもなく。

 もとからできたのか、あの時開花したのかはわからないが、10歳ぐらいの少年があんな正確に実戦で魔法を使うなんて、少なくともアガートとオルガノは聞いたことがなかった。

 

「間違いなく、彼には才能があって。私たちのパーティに欠けているピースだと思うんです」

 アガートには迷いはなく、フェオを見据えていた。

 その言葉に諦めたようで、小さいため息が聞こえる。

「……本人がいいなら良いだろう。だが、お前たちが使えるように鍛えろ」

 どうやら、認めてくれたみたいだ。


 それから、しばらく談笑して先達に冒険の話を聞いたり戦術について語ったりと、有意義な時間を過ごすことができた。

 明日から、特訓が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る