第2話 鐘盾のアガート
2
魔獣。
魔力により強化されたケモノだったり、バケモノだったりの総称だけど。
対面するのは初めてだった。
「ブモォォォオオォ!!!」
鼻息荒く再度突進を仕掛けてくる大猪。
「殺されてたまるか!」
半分反射で僕は地を蹴って跳ぶ。
バックステップで背後にあった木に片手をついて再跳躍。
空中に滞空しながら奇跡的に粉砕していなかったショートボウを構えて矢をつがえる。
魔力のおかげか死の恐怖からのアドレナリンか。
急加速した思考のなかで急速に対応を組み立てる。
さっき跳躍するのに使った幹をなぎ倒して大猪が動きを止めた。
「シッ」
矢を放ち、着地。
次の矢をつがえて放つ。
二射。
これまでの人生で最も集中した射撃は、容易く大猪の毛皮に阻まれた。
脳裏に前世の記憶がフラッシュバックする。
「銃にも耐える毛皮だもんな!」
こんなショートボウで貫けるわけが無かった。
じゃあどうする。
魔法?
生憎あいつに効きそうな魔法なんか開発してない。
僕にできるのは洗濯くらいだ。
大猪が振り向き、ぶるぶると体をゆすって雄たけびを上げる。
まるでかゆいとでも言っているようだ。
「ちょっと君! 大丈夫!?」
再度突進を掛けてくる大猪相手にまた回避行動をとる僕の背後から、女性の声が届く。
空中で宙返りして振り返れば、丈夫そうな鎧に身を包んだ戦士、そして杖……こん棒のようなそれはワンド。魔法使いか。
それを装備した二人の冒険者がいた。
「大丈夫じゃないです!!!」
近場の枝につかまって制動しながら、声を上げる。
「うん、だよね!!」
僕の返事に魔法使いが噴き出し、戦士のほうは半笑いで応えながら盾を構えて大猪に相対する。
「さあ、こっちだよ!」
戦士が模様の入った盾をショートソードの柄でカーンと鳴らすと、大猪の注意が戦士さんに向いた。
いや、あれはそういう魔法なんだ。
盾を叩いた瞬間に魔力が盾の表面を走り、模様を魔法陣として「注目」を集める。
そういう魔法に違いない。
だけど。
「突進を食らったら死にますよ!」
あれは人間に耐えられる衝撃じゃないだろう。
最初に僕がぶつかったのはかすっただけに違いない。
直撃を食らえば盾もろとも……。
ガオォン!!
交通事故の記憶が想起されるほどの轟音。
音が衝撃を伴ったかと錯覚するほどのそれの中で、戦士さんは突進を受け止めていた。
「おぉぉぉぉぉぉお!!」
戦士さんの雄叫びが聞こえる。
すごい、あれが冒険者。
「刺され!!」
魔法使いが杖をくるりとバトンのように回す。
その瞬間、杖の軌跡が光を帯びて魔法陣を形成。
氷の槍を作り出して発射した。
本物の魔法だ。
いや、本物の魔法攻撃だ!
自分の中の血がたぎるのを感じる。
あれ、僕にもできないかな。
冒険者の二人が戦っていて僕から意識が離れた。
誰も僕を見ていない。
本来なら今のうちに逃げるべきだ。
逃げるべきなんだろうけど。
熱くなってしまった自分の衝動を、僕は抑えられない。
「思い出せ……」
いま、この瞬間の熱さの中にあるものを一つつかみたい。
ショートボウに矢をつがえる。
戦士さんがやっていた、武器に魔力を纏わせる技術。
魔法使いさんがやっていた、魔法攻撃。
こじつけでいい、理論を押し付けるんだ……!
「やっぱこいつ、固すぎ……!!」
冒険者の戦士、アガート・ジオベイルは奥歯を噛みしめて大猪の突進をいなし、受け流す。
この村に来て数日。
キタムラ森の調査を任務として請負い、魔法使いのオルガノとこの大猪を追ってきた。
一昨日の発見から3日、罠や魔法を使って戦ってきたが、この大猪はそのすべてを踏破してきた。
「こんなことなら、もう一人っ」
パーティに増やせばよかった。
今まで、アガートは幼馴染のオルガノ以外とパーティを組まずに冒険者として戦ってきた。
その理由は単純で、別に不自由しなかったからである。
低ランクの討伐や採取などはアガートが攻撃を受け、オルガノが魔法でとどめを刺すことで解決できる。
オルガノは氷魔法を得意としており、飲み水を生成する魔法を使える。火はマッチを使えばいい。
荷物持ちにも賃金は発生するし、奴隷を買うのは貴族出身のアガートにとっては流儀に反した。
それに女性二人で旅に出た都合、寄ってくる男は信用ならないし。
女性冒険者はそもそも少数で都合よくパーティに入ってはくれない。
何合かめの衝突。
盾が轟音を響かせ、大猪の攻撃を耐える。
オルガノも魔法を撃ってくれているけど、消耗が激しい。
日も落ちかけている。
今日も撤退してまた明日にした方がいい。
大猪も連日の戦闘で魔力を消耗しているはずだ。
きっと明日は勝てる。
自分に言い聞かせるようにそう思考を巡らせて、アガートはオルガノに撤退の合図を出す。
――そういえば、さっきの少年は無事に逃げられただろうか。
アガートは、戦闘に巻き込んでしまった村の少年を頭の片隅によぎらせた。
「――アイシクルペネトレイト!」
貫通する氷の一矢。
魔法陣もない。理論もこじつけの魔法構築を行い、結果を押し付けるための魔法名をつけた。
魔力によって弓と膂力を強化。
限界を超えたショートボウは木の繊維が泣き叫んでいる。
その状態から熱量操作を行う。
火を起こすのは簡単だ。
摩擦熱、静電気、地熱、赤外線、体温。
自然界にあふれる熱を集約して引火点を超える温度にしてやればいい。
虫眼鏡で太陽の光エネルギーを集めて黒い紙に火をつける実験の応用である。
その逆、氷を生み出すのは非常に難しい。
まず水の生成。
空気中の水蒸気を集めたりしなきゃいけないけど、今回は横着して水筒の中身を使った。
今の僕には水の生成は出来ない。
次に凍結。
水筒に漬けた矢を皮手袋越しにつがえて、熱を皮手袋に押し付ける。
皮手袋が焦げる匂いがした。
イメージでは25度の水から温度を奪って皮手袋の先端に集めている……これ素手でやってたら大やけどだ。
石でできた矢じりを氷が覆い、より鋭く、より強固に、より強力に魔力を纏う。
脳に手順を刻み込み、声と同時に処理を走らせた。
手を離れた瞬間、ショートボウは粉砕し、矢は爆発音を立てて発射された。
『線を引くときは、手元じゃなく引き終わりを見るんだよ』
また、前世の記憶がフラッシュバックした。
いつか。前世の僕が今の僕と同じくらいの頃に誰かに言われた大事な言葉。
その言葉通り、僕は放たれた矢がイノシシの眼を貫く瞬間を見つめていた。
ずばん。
と破裂音を立てて大猪の眼を矢が貫く。
「ブォオオオオオ!!!??」
大猪も、戦士さんも、魔法使いさんも一瞬状況が呑み込めておらず、困惑した様子。
実は僕も困惑している。
魔法の攻撃ができたことに。
「っ、撤退するよ! ついてきて!!」
一番最初に困惑から回復したのは戦士のお姉さんだった。
魔法使いさんの手を引いて村のほうへ走り出す。
僕も冒険者の二人に続いて、森を駆け抜ける。
眼球を射抜かれた大猪の叫びは、森を抜けても聞こえるほど大きかった。
超怖い。
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