異世界転生した僕にはチートも無双もレベルもスキルもハーレムだって無い。

@Luna_arc

この世界にはチートも無双もスキルもレベルもハーレムもないらしい。

第1話 石鹸臭のアンサズ

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 異世界転生。

 華々しくも恵まれた才能と、愛される麗しい容姿を伴い転生し、邪魔するやつはバッタバッタと無双する。

 そして女の子にはモテまくり、最後は英雄となる。

 確かそんな話が流行っていたはずだ。

 僕が前世の記憶を思い出したときに思ったのは、「なんか聞いてた話と違う気がする」だった。

 最強のチート能力。

 なし。

 圧倒的なスキル。

 スキル自体ない。

 レベルアップで見返してやる!

 レベルってなんだよゲームじゃないんだぞ。

 ハーレムを作るぞ!!

 僕の生まれは農家の三男だ。

 そのうえ、前世によれば僕はあんまりモテない「陰キャ」だったみたいだ。

 ハーレムを維持して痴情のもつれによる流血沙汰を回避する術など知るわけが無い。

 というか前世ではお店のお姉さんとくらいしか肌を重ねた記憶もない。

 それでも生きなきゃいけない。

 僕が転生したことには、きっと何か意味があるはずだから。


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 僕が前世の記憶を思い出したのは、6歳のころだった。

 兄二人と剣術の真似事をしていて、不意に近くの木の幹に後頭部をぶつけて気を失った時。

 時間にして数分の間にサクッと前世の30年に満たない短く長い一生をフラッシュバックしたのである。

 つまり、「異世界転生」というやつである。

 まったく、甚だ信じがたいことだけど、自分の身に起こってしまった以上は信じざるを得ない。

 目を覚ました僕は、それから「世界」に疑問を持つようになった。

 

「おはよう~今日も遅いわね」

 朝、起きると居間にはなんらかの針仕事をしている母親。

 あくび交じりにおはよう、とあいさつをして食卓の固いパンと豆のスープに目を落とす。

 この世界の食事は大体この発酵不足なビスケットかパンの間みたいな物体とスープ。

 前世では多種多様な食い物があったのに、毎食カップのヌードルかカスカスのショートブレッドを食ってたのが懐かしい。

 もそもそとくちにそれらを放り込み、力任せに嚥下する。

 太陽の角度からしていまは朝7時。

 この時間に起きて「遅い」と言われるのも農村ならではというか……。

 田舎のじいちゃんの家に帰省した時を思い出す時間感覚だ。

「さて、働きますか……」


 母さんに「ご馳走様」とお礼を言って水桶と衣服の山を持って洗濯しに近くの小川へ出向く。

 田舎のインフラを舐めちゃいけない。

 上下水道はおろか、水源が共用の川一本である。

 前世と比べたら雲泥の差だ。

 ――僕はこれを改善する気が一切無い。

 理由はいくつかあるが、そもそも僕に社会的地位や信用が無いことが最大の理由だ。

 上下水道の整備、水道を用いた機器の開発・普及などはどう考えても一人でできる事業ではないし、やったところで莫大な責任と面倒ごとが降りかかるだけだからだ。

 前世の記憶があるからと言って、僕個人はなんて事のない一農民なのである。

 それに、前世の記憶通りにすべてがうまくいく保障なんか、どこにもないのだ。

 

 じゃぶじゃぶ。

 小川から汲んだ清水を桶に溜め、洗濯物の汚れを落とす。

 この世界の石鹸はほぼ液状、しかも臭い。

 なので基本僕は布を鼻口に当てて防護しながら洗濯を行っている。

 前世の記憶が戻ってからというもの、この世界では潔癖症のような扱いだ。

「この匂い……アンサズね?」

 背後から僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

 いまのは石鹸の匂いのことを言っている。

 石鹸臭のアンサズとは僕のことだ。

 ちなみに生業は洗濯屋。

 転生者に似つかわしくないダサ職業である。

「匂いで判別するのはやめてくれないかな」

 振り返ると、そこには赤髪の少女が立っている。

 名前はリラ。

 長い髪をみつあみにして揺らし、手にしたかごには服が詰まっている。

 そばかすにたれ目で若干リスっぽさのある彼女は、僕の隣にかごをどんと置く。

「いや、無理~。一番の特徴だし」

 無理だったらしい。

 じゃあ仕方ないな。

「それ、追加?」

 いつもの会話なのですぐに諦めた僕が訊くと、リラはふう。と一息ついて背筋を伸ばす。

「そう。うちの宿屋さんに冒険者が泊まりに来ててさ~」


 じゃぶじゃぶ。

 冒険者。

 そう、この世界には冒険者と呼ばれる職業がある。

 具体的な仕事は魔獣の討伐と未開地域の開拓。

 驚くことに、この世界には精神力、意思の力。チャクラ・オーラのような謎エネルギーを扱う技術が普及しており、またモンスター・クリーチャー、妖怪変化のような怪物がいる。

 嫌だなあ。

 それら謎エネルギーを総称して魔力。怪物は魔獣。みたいな感じで人類の敵として討伐する人たちなのだ。

 一般人からすると魔獣でも何でもないイノシシやクマ、オオカミなんかでも全然死ねるので、魔獣なんてもってのほかの大災害です。

 すごく嫌だ。

「冒険者の人たちって……この近くで魔獣が出たってこと?」

 石鹸を溶かした石鹸水の中に血と泥にまみれた衣服を放り、足で踏んで汚れを浮かし落とす。

 生物性の汚れはやはり石鹸でよく落ちる。

「そうみたい。近くに森があるじゃない? あの奥に出たんだって」

 川辺に腰を下ろして小さな花を指先で弄ぶリラがため息をつく。

 彼女の言う「森」とは、この村の北にある「キタムラ森」のことである。

 大自然の異様を色濃く残すキタムラ森は、いわゆる天然のダンジョンであり、豊富な天然資源の対価として魔力を放つ森だ。

 前世の記憶と照らし合わせるとあれは「樹海」と言うとイメージしやすい。

「そっか。あそこは猟師のおじさんたちも奥にはいかないもんね」

 キタムラ森は奥に行けば行くほど魔力を増し、野生動物も狂暴性を増す。

 森から外には出ないから安全(コントロール可能な脅威という意味で)だと言い伝えられているけれど。

 そうなると依頼者は長老、発案者は猟師のおじさんだろう。

「そういうこと、宿屋的には助かるんだけど、汚れがねー」

 真っ赤になった桶の汚水を近くの汚水用の穴に放る。

 共用の川に流すと確実に誰かが腹を壊すだろうから。

「そのために洗濯屋があるんですよお嬢さん」

 へら。と笑ってすすぎ洗いに切り替える。

 ついでに香草をつぶして桶に放り、ポケットから花の香油も振る。

 これによりくっせえ石鹸臭を消そうってわけだ。

 こういうことにはちゃっかりオプション料金をいただいている。

「たすかる~」

 

 洗い、すすぎときたら最後は乾燥なわけだが。

 この世界にはまだ電動乾燥機が存在しない。

 っていうか電力がそもそも普及していない。

 そこで魔力である。

 大量の洗濯物をかごに詰めて自宅に戻り、自室の床に描いた陣の上に乗せる。

 さて、魔法のお時間である。

 この世界における魔法とは、イメージの具現である。

 手順を説明すると、

 1、精神の力を高める。

 2、何を、どうやって、どういった状態にするのか。詳細にイメージする。

 3、現実に反映する。

 これだけである。

 まあ実際はプログラミングみたいなもんで、前世でプログラマをかじっていた僕からすれば割となじむ方式と言える。

 腹の中心に力を籠め、魔力の流れを確かめる。

 両手を合わせ一度拍手を行って床の魔法陣に両手で触れて魔力を流す。

 イメージはシンプル。

 空気のかごを作り、そこに温風を生み出して衣類の水分を乾燥させる。

 薄暗い室内に魔力の淡いオレンジ色の光が漂い、球状に浮かんだ魔力のかごを編みはじめた。

 そしてその中を衣類が舞い、室内を蒸気が吹き荒れる。

 これを預かっているかごの分発動し、あとは2時間ほど放置である。

 今日はあと4つ。

 

「ありがと~」

 リラに宿屋の文字が書かれた札のかごを渡す。

「お代はたしかに。またよろしく」

 ちゃり、と手の中の硬貨を数えてへらりと笑う。

 太陽の高さからしてまだお昼。

 残りの洗濯籠も配達して、今日の仕事は終わりである。

 魔法の洗濯屋は非常にホワイトなのだ。

 

 昼に仕事が終わって、以後何をしているか。

 洗濯の仕事がおわると、昼飯の時間である。

 自宅で母さんとパンとスープ、あと焼いた塩漬け肉なんかをもすもすと食う。

「今日も行くの? 最近は魔獣も出たっていうけど」

 母さんがふと尋ねてきた。

「え、行くよ。洗濯屋で多少稼いでるとはいえ、今年は新しい毛布がほしいだろ」

 不安気な母さんにしれっと返事をする。

 母さんは僕がキタムラ森へ狩りへ行くことを心配してるみたいだ。

 普段、僕は午後をキタムラ森の中で過ごしている。

 奥までいかなければ木の実や小動物がたくさんいて、それをドライフルーツや干し肉、毛皮に加工すれば結構な儲けにつながる。

 まあ加工してくれるのは母さんなんだけども。

「絶対に奥にはいかないこと。約束よ」

 母さんが念を押すように真剣な目で言う。

「わかったわかった。いかないよ」


 と母さんに約束してしまった手前、森の奥に行くのはやめておく。

 僕はかしこい男なので(12歳)、危うきには近づかないのだ。

「シュッ」

 うんうん、と頷き、木の上からショートボウを撃つ。

 石の矢じりがついた矢がまっすぐ飛んでいき、うさぎの頭を貫いた。

 ひょい、と木から飛び降りて頭の無くなったうさぎを背嚢に放り込む。

 この世界の人間は前世で知っているそれよりだいぶ頑丈でだいぶ屈強である。

 それは、やはり魔力の影響だろう。

 無意識に身体を強化する魔法を使っているんだ。

 訓練で動作が洗練されるのは体が動作を覚えることと同時に、「結果をイメージできる」ようになることが大きいと僕は思っている。

 それは、アナログな魔法の発動手順に似ている。

「次」

 とんっと地面を蹴って別の木の幹まで飛び移る。手首から隠しナイフを飛び出させ、生っている木の実を収穫する。

 手際よく、腰の袋に収納。

 動物は背嚢、木の実、ハーブは腰の袋といった使い分けをしつつ、僕は森の浅いところで狩りを続ける。

 

 そろそろ日暮れが近いか、山間に太陽が顔を半分ほど隠した紅い空の下で、今日の収穫も充分かな。と帰るつもりで体をほぐす。

 今日も大漁だった。

 帰ったら兄貴たちに自慢してやろう。

 そう思って村のほうへ振り向いたときだった。

「ブモォォォオオ!!!」


 視界が横に吹っ飛んだ。

 土臭さの中を数回転して木の根にぶつかって止まる。

「ッ!?!?」

 大丈夫、意識は飛んでない。体のパーツも無くなってない。

 追撃を恐れ、体をばねのようにはじいて飛びのく。

 距離をとって砂泥の混じった唾を吐き捨てる。

 顔を上げて状況を把握すれば……。

「ブゥモオオオオオ!!!」


 イノシシ、いや。

 軽自動車ほどはあろうかという巨躯のイノシシが黒褐色の魔力を放ち、真っ赤な光を宿してそこにいた。

「……魔獣!!」

 母さんごめん。

 約束は守ってたんだけど、魔獣に出くわしてしまいました。

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