魔法騎士団編

入団試験

第9話 魔法騎士団

「はぁ……はぁ、っ」


 私は、とうに枯れ切ってしまったであろう涙のあとを、ごしごしとぬぐい取った。

 それでもはれてしまった目だけは戻らない。


 情けない。

 手に入れるのが難しいものって、なんでこんなに失いやすいんだろう。

 後悔するって、少し考えれば分かることなのに。


 なんで、こんなに鈍感なんだろう。

 前世でも、この世界でも。


 そう、私はいつでも気づくのが遅い。


 こんなふうに自分を下に見れば、いつか忘れられるって、そんな感じに思ってしまう、そんな私も嫌になってきた。


 悲しい気持ちはいくらでも湧き上がってくるのに、それを吐き出すための涙も言葉も、何も出ない。


 自分の中の水がカラカラに干からびてしまった奇妙な感覚。

 それが余計に悲しさを倍にする。


 そもそも……なんで魔王の末裔って言われなきゃいけないの?


 そりゃ、魔法とかにも色々あこがれた時はあるけど。

 そんなの小さい頃の夢だし、叶わないって知ってる。


 ここに来てから……本音を言うと、楽しかった。

 でも、でも……!


 元の世界の方が、よっぽど楽しかったんだ。


 あのまま…あそこで安定した生活を送りたかった。

 ため息しか出ない。


「あの……」


 控え目そうな、綺麗な声が聞こえた。

 えっ、と思って振り返る。


「どうして泣いてるんですか?」


 こちらに話しかけているのは、小さな背丈の女性だった。

 すみれ色の目をしていて、さっぱりとした感じの服装。


 微妙な長さのポニーテールに、複雑な形をした宝石の杖を下げている。

 かわいらしい幼げの残る顔立ちをしていて、余計に涙が滲みそうになった。


「ち……近寄らない方が、いいよ……」


 震える声が、私の喉から少し、出た。

 それを出すのが精いっぱいだったから。


 でも、つばを飲み込んで、ゆっくりとのどを潤す。

 そして、一呼吸おいて、言った。


「みんな、知ってるはずでしょ。私のことを、殺人犯、って……」

「………」


 女性は口をつぐむと、腰から下がった物を入れる袋に手を突っ込んだ。

 ガサゴソとちょっとの間探した後、手を出す。


 握られていたのは、表紙は青色で、茶色の紋章が縁どられた魔導書らしきものだった。


 それをパラパラとめくり、とあるページでピタリと手を止める。

 そして、そこに手をかざした。


「~………~~……」


 聞き取れはしないが、口の中でブツブツと何かつぶやく。


 手元とページがほのかに光る。

 今度ははっきりと聞こえた。


記憶解読メモリーアナライズ


 ハッと気づいた時には、女性と私の頭の上に、謎の文字列が浮かび上がっていた。

 記憶……?


「うん。分かりました。あなたの言っていることは本当らしいですね。ですが、噂のような狂った人物ではなさそうです」


 ちょっと笑うと、女性は魔導書を閉じた。

 そして、魔導書をしっかりと袋に入れた後、凛と私に目線を合わせた。


「失礼ながら、記憶を読ませてもらいました。えーと、まずは自己紹介……。私はソラ。あなた、ランを探していて、王都の魔法騎士団の副団長を務めています」


 ちょっとお辞儀をしていたが、いきなりの言葉に私はついていけてない。

 大体の人は、私を見ただけで、体感する魔力の多さで気持ち悪くなってしまう、だそうだ。


 リリーはなんか、「補助魔道具サポート・マジックアイテム」とかいうやつを腕につけてたから平気だったって本人から聞いた。


 なのに、大丈夫なのかな、この人。


「ちょっと最近王都で困ったことばかりが相次いでしまって。助けの手を借りたいんです。団長が気にしてる大会とかもありますし、団員たちは皆、魔力操作に長けています。だから、魔力に耐えかねて潰されてしまう、なんてことはないです」


 微笑を含ませたまま、ソラ、と名乗った女性はまた、別の魔導書を開いた。


「じゃあ、行きましょうかね。えーと、転移陣の……」


 またつぶやいてから、ポケットから水色のチョークを取り出す。

 そして、足元に不思議な模様の魔法陣を描き出した。


 最後の一線が描き終わったと同時に、ハァ、とため息をつく。


「この魔法陣難しいんですよね……じゃ、行きますよ。『空なる大地よ、風なる空間よ、私たちを空と風で満たし、行く先へと送りたまえ』」


 魔法陣が光る。

 そして、何故か吸い込まれるような感覚に陥った。


 それが和らぐと、目を開いた時には、ちょっと狭そうな部屋に、何人かの個性的な人物が立っていた。


 天井には、綺麗な魔道具がカプセルに詰められてつるされている。


 すみに置かれた茶色の棚には、様々な色をした薬の入った瓶が並べられ、真ん中には大きな白い魔法加工されたテーブルがあった。


 その周りに並べられた白い椅子、床の虹色タイル。

 そのどれもが、独特な雰囲気をかもし出している。


 ……ここが……。


「ようこそ」


 ソラが、部屋の奥に立って、にっこりと笑った。


「私たちの魔法騎士団、『天空の羽翼』団へ」

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