第2話 妖精

「……は? いや、え?」


 これ絶対年齢が十歳以上変わってるよね?

 外見は全く違うし、以前の肌荒れに悩んでた自分の面影はゼロに等しいほどにないし。


 というか、こんな美少女どこからつかまえてきたんだ……。


 転生っていうのは、世間知らずな私でも聞いたことのある単語。

 何か不遇で死んじゃった主人公が異世界を無双するとか。

 転生してスキルをもらってほのぼのと暮らすとか。


 そういう、夢のような話。

 今すごい流行ってて、まあ現実で起こりっこないし、自分には無縁……そう思っていたけれど。


 実際にあの死の恐怖、そして妙な感覚を味わうと、必ずしも嘘とは言えないような歯がゆい気持ちになる。


 でも、一番嫌なのは……。


「あのサイテーな梨花りかを、一瞬でも信じる……っていうか信用しなければならないことだよねぇ……」


 あいつは、よーく見ると美少女な見た目とは裏腹に、平気で毒を吐いたり、嘘をついたり、はめたり、蹴落としたりする。


 せっかくの美人が台無し……なんて言葉は、梨花りかを美人と認めるようで言えなかった。


 何かイライラする。

 あの見下したような、鼻にかけたような、それでも追いつけない、最大級にむかつく……梨花りかを信じる、なんてことしたら、アイデンティティ崩壊。


 ……ん? なんか気温が上がってないか? やけに暑い……というか、手が熱い。そう思って、手の方を見……。


「はぁ⁉」


 思わず声が出ちゃったけど……なにこれ。


 手にゴウゴウと燃え盛る炎が浮かんでいる。どおりで暑いを通り越して熱いわけだ。

 にしても……これは、異世界でよくある「魔法」みたいな……。


 じゃあ、何か他のも出せるのかな?


「ん……じゃあ、正反対の『水』とか?」


 瞬間、炎が消えた。

 ………というか、消された。


 突如出現した大量の水の竜巻に。


「えっと、ちょっと待って。マジで止まって。止まって! あちょっと、さらに勢い強くなってない⁉」


 必死に止めようとするも、全然勢いは弱まらない。何もないところから次々に水が湧き出て、止まってくれなかった。

 私の十歳程度のちっちゃい手に、収まらない!


 バッシャーァン‼


 呼びかけもむなしく、水の竜巻はあっさりとバランスを崩し……。


 ふもとの村? 街? 町? を、水浸しにした。どうしよう……明らかにこれ重罪だよ。あっ、そうだ自首?


 警察に自首すれば、きっと少しは罪が軽くなるよね? ……多分だけど。


 いや、この水浸しできちんと交番運営できてるか? とりあえず、街まで降りてみないと!


「へえ! あれで魔力切れにならないって、すごい器ね! あなたなら、私の意志を継ぐ人間になれるわ!」


 後ろから声が聞こえ、ビクッと振り向く。


 でも、そこには誰もいない。あれ、と思ったとき。

 私のすぐ後ろにあった……顔を見るために使った湖が、静かにボコボコと泡だった。


 そして、ザバーンと勢いよく、そこから小さい何かが飛び出る。


「やっほー! 派手な登場だね~。えっと、あたしはアクア! 妖精フェアリー族をまとめる存在、妖精王フェアリー・キング様の右腕、『七大精霊セブン・フェアリー』の一人、水精霊ウォータ・フェアリーだよ! 名前そのまんまじゃんという意見は、めんどくさいので受け付けておりませーん!」


 アクア……と名乗った妖精は、こっちの様子など見もせずにぺらぺらと

 というかこの世界、妖精もあるんだ。


 アクアはフワフワと周りを飛ぶと、にっこりとほほ笑む。


「やっぱり、魔力量は多いね! まあ、あたしから強敵って言われてるんだからねー! 強いのは当たり前! あっ、聞くの忘れてた。あなた名前は?」


 当然のようにアクアは涼し気な表情で聞いてくる。そして、最後の言葉にサーッと青ざめる私……。


 おい梨花りか、私を転生させたんだったら、転生先の名前ぐらい教えてよ。というか、そのままエミリって答えればいいのか?


 そんなふうにぐるぐると考えていると、アクアはじれったいように足をトントンさせた。

 ……あ、梨花りかと同じ癖だ。


 ほら、イラついたり、誰かが遅いと、いっつも足を大きめの音をたてて、わざわざトントンさせる。

 しかも、足と一緒に手もぴくぴくと動く癖まで一緒で、私は笑い出しそうになるけど、慌てて我慢した。


「……黙ってるわけが分からないけど、隠しても無駄だよ?」


 アクアは腕くみを解いて、人差し指で円を描いた。すると人差し指の先から水が出てきて、水の円が浮かび上がる。


 アクアの妖精らしい薄い生地のフワフワしたワンピースと水色の王冠。

 そして、先がとがった羽。


 水の円も含め、「ああ、私は転生してしまったんだな」というのを痛いほどに感じさせられる。


 その水の円は、ポン、と音をたてて丸眼鏡に変身した。それを迷いなくアクアはかける。


「ふむふむ。名前は『ラン』ね」


 あ、ランって名前なんだ。ちゃんと女の子らしくてよかった。


「そう、私の名前はラン。ちょっとあなたの力量が試したくて、わざと黙ってた」


 とりあえず適当な言い訳を交えてもごもご言う。

 アクアは納得したようにまるめがねをしまった。


「にしても、水魔法ウォータ・マジカル使ってここら辺の森を成長させてたから、魔力切れになっちゃった。ベッドで休みたいから、水で作れる?」


 サラッと言ってのけるアクア。それに再び慌てる私。

 そもそも水でベッドなんて作れるの? 私、そこからなんだけど。う~ん……。


「魔法は『創造力イメージ』が大きな割合を占めるの。だから、水が浮き上がってベッドになるのを想像して」

「ええ………?」


 急に難しいことを言われてますます焦る。えっと、想像? 創造?


 とりあえず……水が具現化されて、ベッドになっていく感じで……! 魔力? ってやつが、手の先に集まる。


 できた、これだ……!


水創成魔法ウォータ・マジカル、『水寝床アクア・ベッド』!」


 手を出したところに、特大の水の塊が現れる。それが動いて、細かいところまでベッドを形作っていく。


 そして……ポンッと音がした時には、そこには半透明の、水色のベッドが出来上がっていた。

 しかも、いかにも高級そうな……。


「……何か負けた気分……いや、確かにベッド作れって言ったけど、こんな高性能とは……!」


 何かあっちでジェラシーしてる妖精さんが一人(匹?)いるんだけど。


「まあいいわ。心地よさそうだし、ちょっと休ませて。魔力回復させないと」


 パタパタとアクアは飛んで、ベッドに収まる。

 そしてたちまち、口元を緩ませて目を閉じて、すやすやと眠る。


 ……からの約一秒で起きた。


「おはよ~! 一秒くらい寝た?」

「………それを寝たっていう?」

妖精フェアリー族の平均睡眠時間は三秒です! だけどあたしは『七大精霊セブン・フェアリー』だから、このように一秒で起きれる! 流石あたし!」


 いや、絶対寝てない気がする……けど、まっいいか。


「ふ~、魔力満タン。でっ、本題に入るけど、ランは属性って何?」

「へ?」

「……絶対知らないって顔だねぇ……。よし、大サービス、面倒くさいのを我慢して、アクア様が説明して差し上げよう!」

「だいげきじょーのはじまりはじまりー、わあすごーい、ぱちぱちぱちぱちー」

「絶対思ってないでしょそれ」

「そうですとも」


 若干ふざけながらも、アクアは人差し指をたてた。そこに水が湧き上がって、ペンとなる。

 更に飛び回って大きな四角を描くと、それはホワイトボードに変身した。


 そして、難しくてようわらんが何とか小さい字を目を凝らして読む。



 この世界は誰もが魔法を使える。それは一人必ず一属性。

 多くても、一人二属性。この二属性保持者は、歴史では数十人しか確認されていない。


 一番多い属性は、水。その次は、炎。


 中には幻や植物など、特殊な魔法の属性を持っている者もいる。最初から誰でも使える魔法は、「属性透視サーチ」。

 これは人の属性を調べる時に使う魔法である。ちなみに属性は「汎用魔法」。


 魔法は基本、「杖」と呪文を使わなければ発動できない。

 しかし鍛錬すれば、念じたり、あるいは呪文だけで魔法を発動できる。


 属性は元からの素質なので、増やすことは不可能。


 しかし、鍛錬することによって魔力の量を増やしたり、魔法の質を高めたり、様々な技を使えるようにすることは可能である。



「まあ、教えるべきはこのくらい? って感じかな~」


 アクアは手が痛くなったらしく、すぐにペンとホワイトボードをしまって、ふうふうやっている。


 にしても、私さっき炎使えたような……。しかも、いま水使ったし。


 これって、歴代何人もいなかった二属性持ち、ってやつなのかな?

 プラス、私呪文は使ったけど、杖なんて知らんよ⁉


 つまり……あれ、これ意外と最強枠なんじゃない?


「ィよし、じゃあ、呪文も分かったと思うし、属性を確認してみて。分かるでしょ?」

「分かっ…た」


 現状に頭が追いつかずカタコトになりながらも、手を出して魔力を込める。


「汎用魔法、『属性透視サーチ』!」


 私の手から、虹色の球が浮き出る。それは私の頭の上に浮かび、一文字浮かび上がらせた。「全」。


 それを見て、アクアはぽっかりと口を開けた。


「ん、どうしたの、アクア? これじゃ属性がわかんないんだけど」

「ラン、あなた……」


 アクアはがくがくと震えながら、私を指さした。


「全属性持ちだ。人類が編み出してきた魔法、はたまた魔族が使う魔法……全部、持ってる」

「……え?」


 思わず、間抜けな声が口から飛び出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る