第3話 これが俺の生き様

 「花嫁修業って、こんな時に何言ってんの?」

 「う~ん。全部話してもいいけれど、そんな事してる時間は無いと思うよ」


 彼女が展開していたバリアが音を立て始める。

 ドラゴン達の攻撃でヒビが入り始めてやがるのか。


 「お前のバリア、あんまり長持ちしないのか?」

 「拝借魔公はいしゃくまこうはパートナーが居て一人前だからね。要するに私は一人だとあんまり強くないタイプの種族なんだよ」


 結構なピンチっぽいのに彼女は平気な顔をして話を続ける。


 「因みに言っておくと、ここら一帯は縁町えにしまちって言ってね。色んな異世界から色んな種族が紛れ込むんだ。仮に君がこの状況を脱する事が出来たとしても、きっとまたトラブルに巻き込まれると思うよ」

 「絶望的な情報ありがと」

 「そう落ち込む事はないよ。未来で超エリートの拝借魔公はいしゃくまこうになる予定の私が助けに来たんだから」


 すっげぇ涼しい顔でこう言ってるけど、お前が張ったバリア今にも限界が来そうなんだが??

 俺の意識も結構朦朧としてるし、これ以上お喋りに割く時間はなさそうだな。


 簡単に今の状況を纏めよう。

 

 俺は今ゴブリン3体、弓矢を持ったエルフ1体、ちょっと小さめのドラゴン一体に襲われている。

 体は右半身が大きく欠損していて今にも死にそう。


 オマケにここら一体は異世界から色んなヤベー奴が迷い込んでる危険地帯らしくトラブルに事欠かない。


 俺を助けに来てくれた白い髪の女の子は現状だとこの状況をひっくり返すのは難しそう。

 この状況で俺に出来る事は、あいつの提案を飲んで【花嫁修業】のパートナーとやらになる事ぐらいか。


 「結論は出たかな?私は君の事結構気になってるけど、自分の命が危なくなったら即座にこの場から逃げるからね」

 「……そうだな。分かった、お前の提案を飲もう」


 彼女の抱えてる事情とかよく分かんねぇし、彼女が言う契約とかってのも安全かどうか分からない。

 でも、あのモンスターどもに成すすべも無く殺されるぐらいなら目の前のあいつと組んだ方がよっぽどマシだ。


 今までだってそうだった。

 どれだけ上手く行かない事が多くても、人と比べて不器用でも、自分の事を笑う嫌な奴にだけはなびきたく無くて我武者羅に走ってきたんだ。

 今更その生き様が変わるはずもない。


 「もうちょっと悩んだりしないのかい?」

 「やった時の後悔を考える余裕も無い。俺はそう言う人間だからな」

 「そう。それが良い事か悪い事か私には分からないけれど、少なくとも今の君は良い目をしているよ」


 彼女は自分が作ったバリアを離れて俺の傍へと駆け寄った。

 そして、服のポケットから一つの指輪を取り出した。


 その指輪にはあまりにも大きすぎる透明の宝石が装飾として付けられている。

 彼女は俺の左手をそっと手に取り、その指輪を薬指にはめ始めた。


 「大丈夫。この私が君に後悔なんてさせはしないよ」


 指輪が完全に俺の薬指へと収まったその瞬間、辺りに飛び散っていた俺の血液が指輪の宝石の方へ集まっていく。

 血が全て宝石に収まったかと思うと、今度は俺の身体がバラバラと一本の線に分解されながらその宝石へと吸い込まれていく。


 痛みは無い。

 あるのは崩壊していく自分の体を見たという気が狂いそうな体験だけ。


 やがて俺の身体のほとんどが宝石に吸い込まれ、自分の視線さえ揺らいでなんにも見えなくなった頃、パリンとバリアが割れる音が聞えた。


 「よし、計算通り間に合ったね」


 聞こえてくるのは相変わらず涼しそうな彼女の声。

 こっちはこの後どうなるのか分からなくて不安で一杯だってのに、どうしてそんな声が出せるんだよ。


 「信念正装ドレスコード解析、アオイセンロク【人間】をコービス【拝借魔公はいしゃくまこう】のパートナーに仮認定」


 彼女の声が聞える。

 それに伴ってさっきまで感じられなかった体の感覚がジワリジワリと戻って来る。


 「同期100%。信念正装ドレスコード実行」


 彼女の『実行』と言う言葉が聞えたその瞬間、宝石の中に封印されていた俺の何かが解放される感覚があった。

 記憶、肉体、プライド、思考、俺を構成する全ての要素が何かに作り替えられて彼女を包んでいる様な……そんな妙な感覚だ。


 「さぁセンロク、一緒に行こうか」


 彼女の声が聞えたその瞬間、体がグワット動いた様な感覚を覚える。

 自分で動かしたのではなく、体の方が勝手に動いたような感覚だ。


 それと同時におぼつかなかった視界が元に戻る。

 そこで俺が見たのは、迫りくるドラゴンとそれを抑える錆びた刃物。


 ドラゴンの目には、黒くボロボロなドレスを着飾ったさっきの女の姿があった。

 そのドレスの胸元にある眼球のブローチ、アレを見ただけで俺はこの状況を何となく理解した。


 「お前コービスとか言ったか。もしかして俺今お前が着てるドレスになってる?」

 「理解が早くて助かるよ」


 彼女はそう言うとドラゴンからいったん距離を取る。

 ドラゴンは依然こちらに敵意を向けているが、エルフと3体のゴブリン達はコービスの変化に最大限警戒しているのか動かない。


 「さっき話た通りだよ。私は君を助ける救世主で、君は私が一人前の拝借魔公はいしゃくまこうになる為のパートナーであり、私のドレスでもある」

 「そのドレスってのも、俺達の知ってるのとはちょっと違う感じだよな」

 「そうさ。ドレスは私達拝借魔公はいしゃくまこうが持つ力の本懐。パートナーの生涯における功績や生き様を能力に変換できるんだよ」


 コービスがそう説明している間にドラゴンがこちらに突進。

 彼女は錆びた刃でその攻撃を受け止める。


 錆びた刃で?

 そういや、その錆びた刃は何処から取り出したんだ。

 さっき俺をバリアで守ってくれた時は持ってなかっただろ。


 自分の視界で確認できる範囲を隅々まで見る。

 そして見つけた。


 ドレスの右袖の一部が錆びた刃に変換している。

 もしかしてこれがドレスになった俺の能力??


 コービスはさっきパートナーの功績や生き様を能力に変換するって言ってたな。

 残念ながら、俺の人生に大層な功績は無い。


 色んな物に手を出して『他人を圧倒的に凌駕する存在になる』って夢を叶えようとしたけど、どれも身に付かなかった。

 成果で表すなら切れ味の悪い錆びた特技を沢山得ただけの生き様だったはずだ。


 ん?

 だったらもしかしてー


 「コービス!ドラゴンとのつばぜり合いはまだ行けそうか?」

 「あと1分ぐらいは右手だけで何とかって所だね」

 「それだけありゃぁ十分だ。左手でドラゴンをぶん殴れ!!」

 「なにか策があるんだね。よしきた!!」


 俺が日本で得てきた功績。

 他人に自慢できるほどすごくは無くて、心の焦りが産んでしまったあまりにも浅く広い体験の数々。


 それは一つの体験としてみれば、切れ味も使い道のない功績に違いないだろう。

 何かを極めている人間には勝てないと頭で分かっていながら、俺と言う人間はまた劣等感と焦燥感に駆られて色んな物に手を伸ばす。

 何か自分を高めてくれそうなコンテンツが出たと思えば必ず噛み痕は残しに行く。

 

 器用貧乏なんて呼ぶのもおこがましいかもしれない、無駄な事をしていると笑われているかもしれない。

 でも、バカで不器用な俺にはこれしか出来なかった。


 どれだけ浅く弱い功績でも、貪欲に、そして半永久的に吸収していけば、未来の俺が持つ可能性は無限大だと信じて生きてきた。


 それが俺の生き様だ。

 だったら俺から編み出されたこのドレスが持つ力はきっと、無限に錆びた刃を生み出すなんて所じゃねーのかな。


 「GouuuuuuAAAAAAAAAA!!!!」


 結論から言うと俺の予想は当たっていた。

 コービスがドラゴンを殴った左手の袖からは大量の錆びた刃が現れ、ドラゴンの体に深々と突き刺さっていた。

 

 「なるほど。この力なら私が全力を出しても大丈夫そうだね」


 コービスはそう言うと、ドラゴンに刺さっている刃を重心にしてクルリと飛び上がる。

 ドラゴンの首筋を空中で見据えた彼女は落下する勢いと共に、右手の刃を勢いよく振り落とした。


 ドレスから生み出された全ての刃が破裂する音と、鈍く肉を切った音が辺りに響く。


 コービスは自分が切り落としたドラゴンの首をずっと動いていなかったエルフたちの方へ蹴り飛ばしていた。


 「センロク、私はこの錆びた刃を容赦なく使って行くけど大丈夫かな?」

 「いくら折っても壊しても構わねぇよ、代わりはいくらでもあるからな」


 それを聞いたコービスはさっきとは比べ物にならないスピードでゴブリンとエルフの間に入る。

 俺は彼女の動きに遅れぬように両腕の至る所で錆びた刃を展開した。


 「その返事を待ってたよ。それでは遠慮なく」


 ビュンと強い風が凪ぐ。

 風を一緒に辺りを舞っていたのは俺達に敵対していたモンスター達の鮮血だった。

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