第2話 異世界行ってもこんなだよ

 「今日ほど筋トレをしていて良かったと思う日が来るとは思わなかったな」


 そんな言葉を吐いたのは俺がこの妙な異世界に来てすぐの事だった。

 息を切らして建物の陰に隠れながら先ほど襲い掛かって来たゴブリンの様子を伺っていた。


 「これってもしかしなくても最近よく聞く異世界転生って奴だよな」


 そう言いながら自分の頬をつねる。

 異世界転生しかたもって言ってもなぁ……俺死んで無いんだよなぁ。

 俺はただ電車で寝てただけなのに起きたら異世界で、そんでもってなんの特別な力もなくいきなり出会ったゴブリンに襲われるとかふざけんなって感じなんだが。


 「しっかり痛みは感じる。夢じゃない」


 夢じゃないならしっかりと生き残る方法を考えないと。

 だってまだ『他人を圧倒的に凌駕する存在になる』って子供の頃から追ってる夢をまだ叶えてない。


 youtube、SNS、ネット事業、勉強、筋トレ等々色んな事に手を出していた物のまだ成果が出せていないこの状況で死ねる訳がない。

 自分の人生に自信が持てるぐらい圧倒的な実績を何か得る為に生きてきたのに何も得られずに死ぬなんて御免だからな。


 とはいっても、今俺の隠れている場所は袋小路。

 かと言って前に出れば槍を持った5匹程度のゴブリンに襲われる。


 あのゴブリンども、たいていの創作物では雑魚キャラ代表みたいな描写されてる癖に俺を殺しかけるとはいい度胸だ。

 顔思い出すだけで段々腹立ってきたな。


 数が多いのと槍を持っている事だけが糞ほど厄介だ。

 こっから上手に奇襲を仕掛けて数を減らしたい所なんだが……


 「ん?これは」


 俺が見つけたのは手ごろな大きさの石。

 そう言えば、ちょっと前にyoutubeのネタ作りの為に手斧を投げる練習をした事がある。

 その時の感覚を応用して投擲とうてきすればゴブリンへの奇襲が上手く行くんじゃないか?


 もう一度ゴブリン達の様子を確認する。


 バラバラに散会しているゴブリン達だが、ある1地点だけ2匹で固まっている所がある。

 あそこを狙えば……ワンチャンありそうだな。


 俺はゆっくりとちょうどいい大きさの石を構え、2匹で話しているゴブリンに向かって思いっきり投げた。


 「ギャッ!!」


 俺の投げた石を片方のゴブリンに命中。

 驚いた顔してやがるな、でも遅いわ!!


 「こぁらぁテメェ!!さっきは良くもこの俺を襲いやがったなぁ!!」


 唖然としているもう一体のゴブリンの方へ全力疾走してその腹に渾身のキックをお見舞いする。


 「歯食いしばりやがれぇ!!」


 俺が蹴ったゴブリンは遠くの方向へ勢いよく飛んでいく。

 なんだ、思ったより軽いじゃないか。

 これなら後の三体余裕で倒せるぜ。


 そう言って俺は残りのゴブリンが居る方向へ振り向いた。

 そのゴブリン達は俺の方を見て怯えていた。


 「なんだぁ???さっきの威勢は何処へ行ったんだよ」

 「ガッ、アガガ」

 「ん?なんだよ、後ろなんか指さして」


 ゴブリン達があまりにもタイミングを揃えて指をさすものだから何があったのかと思い後ろを振り向く。

 するとそこに居たのは……弓を構えたエルフと赤い鱗の小さめなドラゴン。


 エルフの頭にはさっき俺の投げた石が奇跡的に突き刺さっていて、ドラゴンの顔にはさっき俺が蹴り飛ばしたゴブリンが張り付いている。

 その二体は互い大きさもイメージも全く違う種族達であったが、俺に向ける殺意を孕んだ視線だけは同じように見えた。


 「……もしかして、俺怒らせちゃった?」


 あはは~と乾いた笑い声が響く。

 次の瞬間、俺は全力疾走でこの場を離れた。


 「うぁぁぁぁ。ど~していつもこうなるんだよぉぉぉぉぉぉ」


 大丈夫、大丈夫だまだ焦る段階じゃない。

 さっきだって何とかゴブリンの襲撃から逃げられた、何とかなる。


 この俺の伝説がこのまま終わるなんてそんな事あり得るはずがなー


 「ガッ……痛てぇ」


 瞬間、右足に激痛が走った。

 すぐに姿勢を崩し、その場に倒れてしまう。


 クソっ、あのエルフに右足をやられた。

 それだけじゃない、あのドラゴンが迫って来る。


 避けなきゃいけない事は分かってるけど、全然体が動かない。


 「GAooooo!!」


 ドラゴンは叫び声と共に大きなかぎ爪で俺の身体を切り裂いた。

 右腕が消飛び、赤い血がぱっと周囲に飛び散っている。


 そんな俺の姿を、襲ってきたモンスター達は冷たい目で見ていた。

 その目はどこか、現実世界で沢山向けられたあの失望を孕んだ目と似ている様な気がするな。


 「あ~あ。またこんなんだよクソが」


 満足に動かない体を引っさげて愚痴をこぼす。

 思えば今までの人生、失敗だらけだったよな。


 ずっと何処かで劣等感と焦りを感じていて、それを解消するために我武者羅に動いたは良い物の大体上手に行かない。


 誰かの上に立つ為に行動を起こしているのに、やればやるほど実感するのは誰かと自分の差だけだ。

 努力が絶対に報われる訳じゃない事なんて百も承知だったはずなのにこうも上手く行かないと参っちまうよな。


 たった一度だけで良かったんだ。

 たった一度だけ、自分の劣等感を忘れてしまうほどの『勝ち』を得たかっただけなんだ。


 「結局、俺を助けてくれる神様とか救世主サンとかは居なかったんだな」


 そんなもの居なくても自分の力だけでこの状況をひっくり返してやるって思っていたのに……なんだかそんな気持ちもだんだん失せて来たな。

 ドラゴン達がこっちに近づいて来る。


 ああ、こんな嫌な顔向けてくる奴に今から殺されるんだな俺。

 

 ……いや、そう思うとなんかムカついて来たな。

 最後まで誰かにバカにされて死ぬとか冗談じゃねーぞ。


 「おい、そこのクソドラゴンとクソエルフ!!弱い人間いじめて楽しかったか!?絶対死んだ後に化けて出て末代まで呪ってやるからなぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 どんだけ叫んでもこいつらは俺を殺しに来るだろう。

 俺が夢を叶えられずに死んだ事実も変わらない。


 でも、最後にしょんぼりして終わるよりかはちょっとすっきりしたかな。


 さぁ、後は一思いに殺してくれよ。


 ……。

 ……。

 ……。


 あれ、痛みが来ねぇな。

 目まで閉じて準備万端だったのに。


 何が起こったのか気になってうっすらと目を開ける。

 すると、そこに居たのは俺を守る様に立っていた一人の少女だった。


 「何となくでここへ来てみたら、こんなに面白そうな生き物が居るなんて」

 「あっ、えっ、誰??」

 「君、死ぬ直前にあんな啖呵切れるなんて面白いね」


 彼女はバリアの様に見える障壁を出してモンスター達を足止めしている。

 明らかに人間じゃないやべー種族だ。


 「ねぇ君、一つ提案があるんだ」

 「提案??」

 「さっき愚痴ってたよね、救いが何とかって。だったら私が君の救世主になってあげるよ」

 「はぁぁ?!」


 あまりに急な展開に俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 それにも関わらず、彼女はニコリと顔をこちらに向けて口を開いた。


 「その代わり、君には私のドレス……もといい【花嫁修業】のパートナーになってもらいたいんだ」

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