第50話 くそ~! 結局潜らなきゃかよ!
お昼に近い出発となってしまった為に、今回は一か所しか回れないという判断で、街の東側にある湖、タリ湖に来ていた。
「秋も深まってくるこの寒空に、冷たい湖に飛び込めというなら、ある程度の確信があるんだろうな!?」
昨日の夜に聞いたスヴァからの話、それに一応納得したからこそ、渋々ながらもこうしてタリ湖に来ているのであるが、いざ湖を前にすると、つい抵抗の言葉が出てしまう。
あるとしても、本当は飛び込みたくない。やだぞ! 絶対風邪ひくだろうが。
抵抗しようと思いつつも、枯れ木を探してしまう自分が悲しい。
すっかり焚火(たきび)をする気満々じゃねえか。
だって、しょうがない。大金を手に入れるチャンスかもしんないんだから。
また一本、枯れ木を拾いつつ、昨日のスヴァの話を思い出す。
スヴァは夕食を終えた後に口を開いた。
「覚えているか? 我たちが死ぬ前に話しただろう。魔王や魔族は大気にある魔素や呪素を駆除する為に、存在している。自らに取り込んだそれらを魔力へと転換し、うちに蓄えられていく。そして自分の許容量を越す発狂し、攻撃行動を繰り返すようになる。その為、発狂の兆しが出始めると他の魔族、あるいは魔王に処分される」
魔素や呪素は人間の負の感情が元になっている。人間が増え始めた今、それも増加の一途をたどっている。魔素や呪素が一定以上増えないように誕生したのが、魔族たちなのだ。
何度きいても理不尽な話である。
自分たちのせいではなく、人間の出した、いわばごみを処理するために生まれ、そして死ぬのだ。
スヴァは淡々と語った。
「だが、我らとて、一度生をうければ、やすやすとは死にたくはない。その為、魔族のある一部の者たちが、体内に魔素や呪素を、浄化できないかという研究が進められた。そして完成した生物があった。それが植物スライムだ」
昨日初めて聞いた魔物の名前だ。
「スライムと魔王領にある貴重な植物から作られた、スライムの変種だ。見た目は緑色のスライムだ。だが、目も口もない。自らに動くことは滅多にない。攻撃にも無抵抗だ。限りなく植物に近い。水中でのみ生きられる魔物だ。これの最大の特徴であり、我らの切なる要望であった特性、それは植物スライムがいる水槽に魔族が手を浸すと、魔力を吸い取ってくれる」
魔族も生き残りをかけて、あがいていたのだ。
ティティは思わず感嘆の声を上げた。
「すごいじゃねえか! それが量産できれば、魔族は死ななくて済むんじゃねえか?」
「ああ。だが、植物スライムを作るのに必要な材料である植物が人口栽培ができないのと、呪素までは吸収できなかった」
「ああ‥‥」
なんだよ。やっぱ、簡単にはいかねえか。
「呪素は魔素よりも性質の悪い人間の負の感情、呪いにまで昇華できる負のエネルギーだ。呪素は主に魔王が体内に取り込むが、魔族も取り込める者もいる。ただ格段に狂化が早まる」
「その呪素っつーのは、魔王と魔族の一部しか処理できないのか?」
「いや、人間のごく一部の人間ならば、かの者の聖なる力によって処理できる」
「聖女様か」
魔法使いこと、魔法士も数が少ないが、聖女はもっと少ない。聖女は聖なる力で人を癒す、癒しの力を持っているらしい。
会ったことがないから知らんが。
「そうだ。かの者たちが使う、魔力とは異なる力は呪素を無力化する」
スヴァは前足で髭をなでる。
「話がずれたな。元に戻すぞ。大量生産ができないのと、魔力も究極的には海中に向けて放出したほうが効率がよいという事で、植物スライムは生産中止になった」
「おい! 海に魔力放出って! 大丈夫なのかよ!」
「海は広い。たまになら問題ない。ストレス発散も兼ねてる。それまで、押えてしまっては、人間にちょっかいをかける奴が激増するぞ」
「お前たちから人間に攻撃してはいけないんじゃないのかよ」
「ああ、だから、攻撃するように仕向けるのだ。そうすれば、自己防衛で、魔族から攻撃できる。そして魔力も発散できる。まあ、それでも人間の数は圧倒的に多いからな。魔素は増え続けるばかりだ。すまん愚痴だ。忘れてくれ」
「スヴァ‥‥」
そりゃ愚痴りたくなるよな。人間の為に誕生させられ、死ぬんだから。それなのに、これらの事を人間に話すことはできないから感謝もされない。
まったく魔王や魔族を作った大いなる流れの意思は残酷だ。
「で、ふと思ったのだ。今話した植物スライムを改良して、魔素だけでなく自然エネルギーを吸い取れるように改良したとしたら」
「なっ! そんな事できるのかよ!」
「できなくはないだろう。植物スライムを作った奴ならば、難しくないはずだ」
「待て。植物だって、大地から栄養つまりはエネルギーをもらって成長するだろ? 何が違うんだよ?」
「吸収する量が違う。少しづつであれば、どこまででも吸収するだろう。魔素でも結構な量を吸ってくれたからな。だが、その速度では我らの寿命を延ばす事はできなかったがな」
どんだけ人間は魔素の元になる悪感情をまき散らしてんだよ。魔族の皆さん、本当すまん。
「植物スライムにとってこの地はまさにうってつけの地だろうな。綺麗な湖がたくさんある。そのすべての湖に、植物スライムを放てば、この地は弱体化するだろうな」
「まずいじゃねえか!」
「そうだな。私の推測が正しければ、この地は益々貧困にあえぐことになるだろう」
「じゃ、じゃあ、そのお前の知り合いって奴が、ここに持ち込んだものなのか? やっぱ人間憎しでついに自ら手を下そうとした?」
「いや。奴が仕掛けてくるとは思えない。ただの研究馬鹿だからな。ただ」
「ただ?」
「言葉巧みに、植物スライムの改良版を作ってみないかと誘いをかけられたら、乗ってしまう可能性が高い」
「だめじゃねえか!」
「うむ。自分の欲望に忠実な奴なのだ」
「そこで頷かれても!」
ティティは両手で髪の毛をかき回した。
「うー! スヴァの予測が当たってるとしたら、この地方の不作って作為的なものってことか?」
「そうだな。この地に恨みを持つ者か、あるいは、この地を欲する者か。目的はわからんがな。ただもし改良版植物スライムなら、仕掛けは簡単だろうな。湖に1匹ずつ植物スライムをぽんと投げ入れればいいだけだ。特殊な水槽に入れていなければ、植物スライムは永遠とエネルギーを吸い続ける」
「じゃあ、このまま放っておけば、この土地は」
「枯れ果てるだろうな」
「どうすんだよ! このままじゃ、この地方がカラカッラに干からびちまうってことだろ?!」
「落ち着け。植物スライムなら、駆除は簡単だ。問題は植物スライムがどこにいるかだが、それは明々白々だ。5つの湖のどれか、あるいはすべてか。だから、もぐって確認すればいいだけだ」
「それで、俺に湖に飛び込めと」
「うむ」
「お前が確認してくれよ!」
「我は、犬かきは苦手である」
「人化していけよ! お前の方がそのスライムを知ってるだろうが!」
「否! お主は獣の姿で過ごしていいと言ったではないか!」
「そうだけど!」
「いやなことはしなくてよいとお主はいっただろう?」
「そ、そうだけど!」
「よろしく頼む」
「ぐ! わかったよ!」
以上が昨晩のスヴァとの会話である。
むかむかしながら、思い出している間に、枯れ木は集まり、焚火の用意も出来てしまった。
「くそ! 焚火の番を頼むぞ!」
「あいわかった」
スヴァは焚火の傍にちょこりと座る。
準備万端だ。
これは諦めて湖に飛び込むしかないのか。
「スヴァ、俺、5つ全部の湖に飛び込むのか?」
スヴァは少し考えて、首を振った。
「いや、国境の湖キシュミール湖はよかろう。4つでよい。警備も厳しそうだからな。冒険者ギルドに報告する時に、彼らにやってもらえばよかろう」
「くそ~! 上から目線で言いやがって。お前は俺の上司か!」
「ぐずぐずするな。旨いものを沢山食べたいのだろう。それにこの地を救う英雄になれるぞ」
「英雄なんかになりたくないよ。でも、美味しいもんは沢山食いたい! だから、もぐってやる!」
はあ~、大判のタオルをたくさん作っといてよかった!
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