第51話 スヴァ、容赦なし

 焚火(たきび)の用意も万端。

 これはもう飛び込む一択しかない。

 ティティは覚悟を決めた。

 ぱぱぱと着ているものをすべて脱ぎ捨てる。

「おい! 小さいとはいえ、女児だぞ! 下着ぐらい着ておけ!」

 スヴァが顔を顰める。

「やだね! 泳ぎにくいし、濡らすのやだ! じゃ、行ってくる!」

 素っ裸で口論するのも、間抜けだし、寒い。

 ティティはさっさと飛び込んだ。

「ひ、ひゃ!」

 瞬間、口から空気と悲鳴が漏れる。

 冷たい! 冷たすぎるぞう!

 くそ! スヴァの奴めぇ!

 自分を追い込んだ相棒に八つ当たりをしつつも、ティティはもぐっていく。

 透明度はかなり高い。

 神秘的でさえある。

 ただ、生き物のの気配がない。

 魚がとれなくなったというが、それも頷ける。

 更にもぐっていくと、底の方に何か見えた。

 がぼっ!

 驚いて、また口から空気が漏れた。慌てて空気を掻き集めながら、それを凝視する。

 これか。

 スヴァの予測はどうやら当たったらしい。

 湖の底にでっかいスライムが平たい球状になっていた。

 大きさはかなり、かなーり大きい。湖の底の面積の半分は占(し)めているのではないだろうか。

 厚みは平屋の家の高さぐらいあるか。

 動きは全くない。

 うん。いたな。そしてスヴァの言う通りのものなら、これが原因だな。

 んぐぐ。そろそろ息もやばい。

 ティティはこれ以上の観察は諦めて、浮上する。

 ぐう! 空気! 空気!

 懸命に手と足を動かす。

「がぼは!」

 水とともに、湖面に顔を出す。

 間に合った。

 もう少しで溺れるところだった。

 ティティは急いで、スヴァのいる湖岸に泳ぐと、勢いよく、水から上がった。

「どうであった?」

 スヴァが早速尋ねる。

「はあ! はあ! ま、待てよ!ま、まずは、服を着てからだ! うう~!さみぃ!」

 ティティは用意してあった、タオルで手早く身体を拭くと、急いで、服を身に着けた。

「寒い! 寒い! 寒いぞ~!」

 言っても、詮無(せんな)いのに、歌うように唱えてしまうのはなぜなのか。

「うう~! やっぱ、保温ポットは必要だよなあ!!!」

 焚火に手を当てながら、ティティはぼやく。

「うおおおお! あったけえ!」

 火って偉大だ!

 身体があったまる。じわじわぬくい。生き返る。

 うわあと顔を緩ませたところで、スヴァが尋ねた

「そろそろいいか」

「お、おう!」

「で、いたのか?」

「いたいた。でっけえのがいたぞ!」

 なんか、口調が幼稚だ、年齢に、身体に引っ張られてるのか。

 気を付けよう。

「湖の底に、スヴァの言った通り、スライムいたぞ。かなり、大きかったぞ」

「どのくらいだ」

「上から見ただけだからなあ。ん~。あ、冒険者ギルドを横にした半分くらいかな」

 冒険者ギルドの建物は2階建てだ。奥行きもかなりある。

「植物スライムだとすると、かなり育ってるな」

「元々はどのくらいの大きさなんだ」

「大人の手のひらに乗るくらいだ」

「げっ! それがあんなに大きくなるのかよ! 食いすぎだぞ! あれ!」

「ほぼ間違いなく、植物スライムだと思うが、確証が欲しいな」

「どうすんだ?」

「魔力を吸わせてみればいい」

「誰が?」

「お主だ」

「俺がかよ! 出来ねえよ!」

「できる筈だ。亜空間を使う時に、体内の魔力を感じただろう。それを手から出せばいいだけだ。簡単であろう」

「そりゃ、魔王様には簡単だろうが、俺はあの時以来魔力を操作したことねえぞ」

 生活を安定させるのに、魔法を使うどころじゃなかったからな。忘れてた訳じゃないぞ。

 ん? この小さい体だと、剣の腕を磨くより、魔法を使う訓練した方が良かったか?

「何を言っている。毎日亜空間を使ってるだろう。亜空間は魔力操作できなければ、使用できぬぞ」

「へ? じゃ、俺は魔力を無意識に毎日使ってたってことか」

「気づいてなかったのか。間抜けだな」

「う、うるさい! そうか、なら、できるのか?」

 ティティは試しに、魔力を手のひらに出してみる。

 ぽわんとこぶし大の魔力が出た。

「わ、出た」

「うむ。ちょうどいい、それを奴にぶつけてみろ。植物スライムなら、それを吸いとってしまうだろう」

「改良型植物スライムは魔力も自然エネルギーも無節操に吸い取るって話だからな。たちが悪いぜ」

「うむ。自然エネルギーを試すのは無理だからな。魔力で試してみよ」

「おい! 今すぐか! 上がったばかりだぞ!」

「確認するのは、早い方がいいだろう」

「そうだけど、そうだけど! いやだよ! もう今日はもぐりたくない!」

「我儘をいうな」

「我儘じゃねえよ! 身体をいたわってるんだ! 身体を壊したらどうしようもねえだろうが!」

「だがな」

「おまえ! 自分の疑問を早く解決したいだけだろ! 明日も別の湖に潜るんだから、その時にで確認すればいいだろうが!」

「そうか。多種類の植物スライムがいる可能性もあるが、まあ、よかろう」

「なんで、上から目線?! 寒い思いをするのは、俺なんだからな!」

「お主、言葉が荒れておるぞ」

「てめえがそうさせてんだ!」

「さて、今日はもうやる事はやった。宿に帰って、再検証しようではないか」

「俺の怒りはスルー!?」

 スヴァ~! 人をこき使っておいて、全く悪びれない。

 もっと仲間を大切にしろと言いたい。

 とはいえ、身体も大分温まった。長居は無用なのもわかる。

「わかったよ! 早く帰って風呂に入る!」

「うむ。我も入るぞ」

「おめえは今日風呂抜きだ!」

「なぜだ!?」

 スヴァが、ガーンショックという顔をしている。

 ざまあみやがれ。寒い中、湖に入った者だけが、今夜は風呂に入る権利があるのだ!

 反論は認めない!


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