第20話 ボロは着てても、心はピカピカよ
「さて、大通りまで出てから、お貴族様方面に行くぞ」
貴族街に近づくにつれて治安もよくなる代わりに少しづつ料金はお高めになる。
安全を金で買うのだ。
ティティの防衛力は、武器を手に入れたとはいえ、底辺である。
金がないならともかく、あるなら安全の為の出費は仕方ないのである。
「おう。ここだな」
やって来たのは、冒険者ギルドを通り越した先の先。
街並みも気持ち品がある建物が並ぶ大通りのにその宿はあった。
宿の名前はエレミラ。
5階建ての立派な宿である。
宿代も高そうだ。まあ必要経費として割り切るしかない。
普通7歳の小さな村の小娘なら、ひるむところだが、中身は成人ジオルである。
ティティは怖気づくことなく、宿屋へと入り、真っすぐに受付に進む。
むっ。カウンターが高い。
ティティの顔がやっと出るくらいである。ティティは栄養失調の為か、かなりちびっこい。将来に期待である。悔しくなんかないぞっ。
「あの!」
それでも頑張って背伸びをして、受付の男に声をかける。
「はい!‥‥‥なにか御用ですか?」
背中を向けて何やら作業していた男が満面の笑みで振り返った後、一瞬間があった。
やな感じだ。
でもイリオーネおすすめの宿だ。
これまで連勝中、はずれはなかった。
きっとよい宿の筈だ。
「あの、泊まりたいんですけど。空きは、ありますか?」
「おひとりで?」
「はい。あ、従魔が一匹います」
「‥‥‥あいにく満室でして、申し訳ございません」
また一瞬の間があった。これはうそだな。
ちっ! しくったな。リッシュの店で着替えてくれば、よかった。確かにこの身なりじゃ金を持っているようには見えないもんな。
「あの、お金なら持ってます。一晩だけでもお願いできないですか?」
「一泊大銀貨1枚になりますが」
ぐっ高けえ!! イリオーネさん高いよ! 俺が金持ってると思ったからの紹介だろうから仕方ないが、この調子で金使ってたら、すぐにすかんぴんになっちまうな。ともあれ、返事は一択。
「大丈夫です」
ほら、と、金を差し出した。
男は考える素ぶりをみせたが、やはり首を振った。
「申し訳ありません。本当に満室なんですよ」
ぜっていうそだ! うっさんくさい笑顔しやがって! くそ! 絶対ここに泊まらせてもらうぞ! 意地でも泊まりたくなってきた! くそむかつくが、これだけ立派だ。警備もばっちりだろうからな。
「あの、冒険者ギルドの職員のイリオーネさんからの紹介なんです。何とかお願いできませんか」
あーあ。いい宿屋が身なりで客を判断するとは思わなかったぜ。新しい服は体を綺麗にしてからと思ったのがあだになった。くそ。
「ですから」
男はもう心を決めてしまったようだ。
だめか。
そう諦めかけた時に、横から声がした。
「何事ですか?」
「し、支配人! いえ! なんでもございません! ほら、君! もう帰りなさい!」
受付の男が目に見えて、ぎくりと身体を強張らせた。きっとさっさと処理しなかったから怒られると思ったのか。
あーあ。くそ。だめか。仕方ない。またギルド裏の宿にもう一泊するか。それともイリオーネさんにもう一回聞くか。ちぇ、期待したのに大はずれだ。
「わかったよ。邪魔したな」
ティティは恨みがましい目で受付の男を見ると、踵を返した。
「お待ちください」
そこへ声がかけてきたのは、支配人と呼ばれた男だ。
「わたくし、支配人のハロルド=キャスケードと申します。うちの者が何か失礼がありましたか?」
立派な髭の柔和な初老の男だ。
「私はティティと言います。いえ。ギルド職員のイリオーネさんから、こちらの宿を紹介されて来たのですが、あいにく満室みたいで、断られたところです。仕方ないので、またイリオーネさんに聞いて素敵な宿を探します」
少しぐらいいやみを言ってもいいだろう。マジで満室だったら、すまんがな。あーすっきりだ。もういいや。きっと次はいい宿が見つかる筈。
「お手間をかけました。では」
ふん。私だってこれくらいの嫌味言えるぜ。そしてイリオーネさんにも言いつけてやる。
俺はいま子供だからなっ! 嫌がらせは倍返しだ!
「お待ちください。ダーネ、本当に部屋はないのか?」
「えっ! あっと」
「ないのかときいている」
「えっと、もう一度お調べします! あ、勘違いしてました! 一室空いてます!」
うそだあ。初めから空いてたはずだ。でないと、こんなすぐに返事できないだろうが。
支配人もそう思ったのか、鋭く受付の男を睨みつけると、こちらに少し屈みこんだ。
「申し訳ございません。こちらに手違いがあったようでございます。すぐにお部屋を用意致します」
「ありがとうございます!」
やった! ラッキー! これから新しい宿探すのも面倒だ。泊まらせてくれんなら、泊まるよ。イリオーネさんにはちくるけどな。
「あの、このスヴァも一緒に大丈夫ですか?」
これは確認せんと。
「こちらは?」
「私はテイマーで、従魔のスヴァ。大人しいです」
元魔王だから、怒らせたら危険かもだけどな。けけ。
「それなら、問題ございません」
支配人のハロルドさんが、にこやかに答えてくれる。
それに水を差すのは受付のダーネだ。
「あ、そちらもお部屋に入れるなら、後銀貨2枚もらいますから、一泊大銀貨1枚と銀貨2枚になります」
それを遮るようにハロルドさんがかぶせる。
「スヴァ様を含めて、銀貨8枚で結構ですよ。一泊でよいのですか?」
「実は1週間お願いしたいと最初は思っていたのですが」
「かしこまりました。1泊銀貨8枚でよろしいですよ」
「ありがとうございます! あ、前払いしますね。あの受付の人の気持ちもわかりますから。私こきたないですもんね」
そう、俺も悪かった。ある程度身なりを整えるべきだった。そうすれば、要らぬトラブルを呼ばなかったからな。だが、イリオーネさんからの紹介だったからつい油断したぜ。
「とんでもないことでございます。わたくしの教育の不足でございました。ティティ様にはご不快な気持ちにさせてしまいましたこと、誠に申し訳ございません」
「全然です! こうして無事泊まれるようになりましたし。はい、大銀貨5枚と銀貨6枚でいいですね?」
ティティはカウンターにお金を出した。
「はい。確かに」
受付くんの顔が暗い。大丈夫か? まあ、損したから後で怒られちゃうか。すまんな。
ティティは望み通り泊まれることになったし、宿代も安くなったし。君の無礼は水に流すよ。
「計算が早いのですね」
「これくらはすぐにできないと。冒険者としてやっていけないですから」
「なるほど」
「支配人さん、ありがとうございました! これで1週間は安心して休めそうです!」
「いえ、こちらこそ、不手際、本当に申し訳ございませんでした」
そう言って、深々と頭を下げる。
うーん、こんな子供に頭を下げられるなんて、できた人だ。受付のあんちゃん見習えよ。
あ、受付のあんちゃこと、ダーネを見るハロルドさんのまなざしがツララである。こりゃこってり絞られるだろうな。がんばれよ、あんちゃん。
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