第19話 次は靴っ!

「なあ、スヴァなんか小腹がすかね?」

<うむ。朝から動いているからな>

「いやいや、そんでもまだ2時間くらいだろ?」

 そのティティの言葉に抗議するように、きゅうっと腹の虫が鳴く。

 ティティは買ったばかりのリュックを前掛けして、手を突っ込み亜空間から山で採ったトゲボウシを一掴みすると、むしゃりと口に含んだ。

 次の一掴みはしゃがんで、スヴァの口元へ差し出す。

 それを後2回ほど繰り返すと、やっとお腹の虫が治まった。

 けれど、それも一時しのぎの気がする。

「スヴァ、靴を手に入れたら、少し早いけど、イリオーネさん推薦の宿に行って、着替えをしてから、少し早めに昼飯にしねえ?」

 今着ているぺらい服は、風通しが良すぎる。折角買ったからには、早々に着替えたい。

<意義はない>

 どうやら、ティティと同様に燃費が悪いらしいスヴァが賛成の意を上げる。

「よっしゃ! そうと決まったら、急いで靴屋に突撃だ!」

 地図を見つつ、ティティは先を急いだ。

 靴屋はリッシュの古着屋からほど近いところだった。

 店のありかを知らなければ、見落としそうなほどに小さな店だ。

 クワン靴屋。

 さて、当たりの連勝記録更新となるか?

 ティティはわくわくしながら、ドアを開いた。

「こんにちは~」

「はい、いらっしゃい」

「わああ!」

 びっくりだ。またびっくりさせられた。ドアのすぐ横にいるなんて、脅かす気満々すぎか。

 見上げた先には優しそうな老紳士。

 白髪を後ろに撫で上げ、口ひげを撫でながら、目を細めて微笑んでいる。下町ではなく貴族街にいそうである。

 にしても、このおじじ、こう見えていたずら好きなのかもしれない。

 どうみても、ティティの反応に満足している。

 ふう。ここでも俺が大人にならなきゃならないだろう。

「いきなり、声を上げてすいません」

「なに、私がすぐドアのところに立っていたからだね。ちょうど窓からお嬢ちゃんがやってくるのが見えてね、ここで待機をしていたのだよ」

「そうだったのですね」

 うむ。完璧な言い訳である。8割は本当だとしても、2割はいたずら心があっただろうと聞きたいところだが、今は時間がない。

 さっさと買うもの買って、宿に向かおう。

「あの、私冒険者をやるんですけど、その為に、履きやすくて丈夫な靴が欲しいんです」

「そうですか。わかりました。少々お待ちください」

 あ、少しがっかりした感じがする。もっと話を広げたかったとみえる。

 すまんな、じい。私はとても忙しいのだ。君に構ってあげる暇はないのだよ。

「あ、言い忘れてました! 少しだけ大きめの靴が欲しいんですけど!」

 店の奥へと入っていく爺さんに向かって声をかける。

 子供はすぐにデカくなるかな。ジャストフィットの靴だと経済的じゃない。

 聞こえたかな。それにあのじい、予算聞いていかなかったけど。

 まあ、いい。じいさんおすすめをまず見てからだ。

「お待たせしたね」

 ほどなくして、じいさんは2足の靴を持って帰って来た。

「そこに座ってごらん」

 靴屋のじいさんは、椅子が置いてあるところにティティを導くと、持ってきたうちの1足をまず差し出す。

「履いてごらん」

「はい」

 ティティは言われるままに、靴を履く。

 その靴は少し硬い革でできていて、とても丈夫そうだ。その代わり少し重い。サイズも少しだけ大きめだ。しかし、これくらいなら、布を詰めて履けば特に支障はなさそうだ。

「ふむ。ではもう1足履いてみなさい」

 じいに促され、2足目も履いてみる。かなり履き心地がいい。革が柔らかい。とても丁寧になめしているのだろう。サイズは1足目と同様で少し大きいくらい。問題なしだ。履き心地でいうなら、断然後者だろう。後は気になるのは。

「2足目がすごい履き心地がいいんですけど、丈夫ですか?」

 そう。何か踏んづけたり、蹴り飛ばしたりした時に、すぐに破損する靴はダメだ。

「丈夫だよ。革自体が上等なのさ。ただ、少し値段が張るけどね。どうする?」

「おいくらですか?」

「最初の靴は、大銀貨1枚、後の靴は大銀貨3枚だね」

 うわー。どちらも高い!!

 しかし、靴だけは妥協できない! 安物の靴は結局ダメになるのが早いし、魔物を狩る時に、靴がダメになったら、どうにも逃げられない。

 幸い、金はあるし、明日からも採集頑張ればなんとかなる。

「2つ目の靴をください」

「かしこまりました」

 お、じい、満足そうな面しやがって。あ、さては試したな。

 まあ、いいや。よい靴が買えたんだ。よしとしよう。

「このまま、履いて行くかい?」

「いえ、後にします。宿で身体を綺麗にして、買った服とともに、この靴も履きたいですから」

「そうですか」

 俺の答えに、おじいは一瞬驚いたように目を見開いてから、満面の笑みを浮かべた。

 そしてじいは靴を持ち運びやすいように、薄い布袋にいれてくれた。

 通常こんなことしてくれないからな。

 でっかいリュックもあるし、持ち運びしやすいようにと入れてくれたんだろう。

「袋にいれてくれてありがとう! 助かります! これお代です!」

 ちゃんとお礼言わないとな。

 ティティは大銀貨3枚を差し出しながら、笑顔全開で言った。

 今日は笑顔の大盤振る舞いだ。

「はい。確かに。それとこれをおまけにあげるよ。持って行きなさい」

 そう言ってじいが差し出したのは、スペアの靴紐と、三日月形の小さいクッションが二つ。

 靴紐はわかるが、この極小のクッションはなんだ?

「靴紐は代えに使っておくれ。それとこのクッションは、靴が少し大きいからね。靴の足先に入れて履きなさい」

 わお! 靴調整クッションだった。こんなものもあるのか。このじいできる!

「ありがとう! じい!! あっ!」

 しまった。心の中での靴屋の店主のあだ名をそのまま叫んでしまった。

 そろっと見つめた先には、店主の驚きの顔。そして一瞬後には、くしゃりと営業用の笑顔ではない優しい笑顔が浮かんだ。

「じいか。確かに君からみたら、おじいさんだね。うん。これからもおじいと呼んでおくれ。そうそう、私のはクレイトンだよ」

「クレじい?」

「ほほほ。そうクレじいでいい」

「わかった! ありがとう! クレじい!」

 なんだよ。最初はくわせもののじじいだと思ったけど、いいじじいだったな。

「またおいで」

「うん!」

 クレじいが店の出口で軽く手を振ってくれたので、ティティはぶんぶんと大きく手を振ってこたえた。

「またね!」


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