第3話 ケルベロスのやる気

 エボニーとセピアは、魔王や治安維持部のこと、そして今後のキャリアのことを思い浮かべ・・・二人同時に、小さく頷いた。


「わ〜い、やったぁ〜!」


 ベルは椅子から立ち上がり、嬉しそうに万歳ばんざいをした。


「いやぁ、良かったですぅ。だって、リリスねえさんにお手紙・・・じゃなくてぇ、果・た・し・状、出しちゃいましたから〜」


「「えっ」」


 二人は顔を引きつらせた。


「は、果たし状? いつの間に? どうやって? 君はリリスの居場所を知らないだろう」


「うふふっ、エボニーさんが迎えに来る前ですぅ。わたしの使い魔、ミンキーに配達をお願いしちゃいましたぁ。ミンキーは姐さんの匂いを知ってるから〜姐さんを探し出せるはずですぅ。待ち合わせ場所を書いておいたので、今からそこに──」


 トントンッ。

 不意に、玄関扉からノック音が聞こえてきた。


「「!!」」


 エボニーとセピアは弾かれたように立ち上がり、扉に警戒の眼差しを向けた。


「誰だ? まさか・・・!?」


 玄関扉に鍵はかけられていないが、訪問者が自ら入ってくる気配はない。


「・・・はぁい、今開けます〜」


 ベルはスタスタと部屋を横切り、玄関扉に手をかけた。そしてエボニーとセピアが止める間もなく、扉を開けた。



「やっほー、ベル」



 長身でグラマラスな体型の美女が、拠点の外に立っていた。

 肩まで伸ばした髪の色は深紅しんく妖艶ようえんさを放つ瞳の色は、美しいむらさき

 黒いタイトスカートを履き、首元を大きく露出させた白いセーターを着ている。


 外見的には、エボニーやセピアと同年代のように見えた。だが実年齢は全くの謎だ。なぜなら、彼女もまた『悪魔』だから。


「リリス姐さん、お元気そうで何よりですぅ。待っていてくれたら良かったのに」


 訪問者──リリスは無邪気に笑った。


「ははっ、待ちきれないから、ここまで会いに来ちゃった」


「・・・姐さんは、拠点の場所を知ってたんですねえ」


「当然でしょ。わたし、そこまで鈍くないもの。討伐とうばつ計画のことだって知ってるわよ。そっちが何もしてこないから、放っておいてあげたけどね」


 リリスは顔をかたむけ、ベルの背後で成り行きを見守っている二人に、なんてことないように言った。


「エボニーとセピアも久しぶり。こうやってちゃんと顔を合わせるの、一体いつ以来かしら。わたしのことをず〜っと監視してたようだけど」


「「うっ・・・」」


 エボニーとセピアは気まずそうに目をらした。


 その時リリスの後ろから、つばさの生えた黒い子猫が顔を出した。子猫はトテトテとベルの足元まで移動し、ミャ〜と呑気な鳴き声を上げた。


「ミンキー、ご苦労様ぁ。ありがとね〜っ」


 ベルは子猫の頭を撫でた。この子猫がベルの使い魔、ミンキーなのだろう。


 ミンキーは満足げに喉を鳴らすと、玄関横のへいに飛び乗り、自分の仕事は終わったとばかりに丸くなった。


「それで、ベル。あの手紙だけど──」


 リリスが言いかけたその瞬間、ベルが玄関口から外に飛び出し、一気にリリスとの距離を詰めた。



「リリス姐さん、さよならぁっ!!」



 ベルは右手にナイフを出現させると、飛び出した勢いのままリリスを突き刺そうとした。

 だが、ナイフが突き刺さる寸前、リリスの体は闇に溶け込んだ。


「わたしと戦うってのは・・・本気だったんだ」


 数メートル先に瞬間移動したリリスが、楽しげに口角を吊り上げた。


「はい! 姐さんは今夜でおしまいですっ!」


 ベルは素早く振り向くと、ためらうことなくナイフを投げた。

 ナイフはリリスの心臓目掛けて、弾丸のような速度で飛んでいく。


「これまでは『形だけ』だったけど・・・新しい実行担当さんはがあるみたいね」


 リリスはそう言って、右手首を軽くひねった。その途端、ベルのナイフは軌道を外れ、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。


「ちょっと二人とも! こんな街中で戦闘なんて・・・!」


 エボニーとセピアが慌てて外に出てきた。

 すっかり青ざめているセピアに、リリスは優雅な笑みを向けた。


「大丈夫よ。さっき結界を張っておいたから」


「よそ見は厳禁ですぅ!」


 ベルが右手を掲げ、飛んでいったナイフを再び手の中に出現させた。そして素早くリリスに接近し、刃先で首筋を狙った。


「おっと・・・!」


 リリスはバックステップでベルから距離を取ると、右手をスッと後ろに下げた。


「こっちは動きづらいタイトなスカート履いてるのに・・・遠慮なしって感じね」


 右手の中に、白銀しろがね色に輝くサーベルが出現した。リリスはゆったりとサーベルを構えて、ベルを見つめた。


「わたしのこと、したってくれていたのに・・・どうして殺したくなったの?」


 悲しんでいる風ではない。単純に、理由が気になるだけのようだ。


 ベルはほおふくらませ、ナイフのハンドルをギュッと握りしめた。


「姐さんが・・・ベリアル先輩に手を出すからですぅ」



 ベリアルは、成人男性の姿をした悪魔である。彼も、治安維持部に所属していた。



「ベリアル? ふ〜ん、ベリアルねえ・・・」


 リリスは一瞬だけ不思議そうにしたが、すぐにクスッと微笑み、これ見よがしに上唇を舐めた。


「むむむむぅう〜!!」


 その仕草を見て、ベルは髪を逆立てた。


「ぜったい、討ち取ってみせますぅ!!」


 黒いオーラを立ち上らせながら、ベルは姿勢を低くした。そして、さながら獲物を狙う猟犬のように、リリスへ突進していった。


 ベルが刺突しとつを仕掛けてくると判断し、リリスはサーベルを構えた。ナイフごと、ベルを薙ぎ払うつもりだった。

 だが、ベルはリリスの目前もくぜんでパッと姿を消した。


「!!」


 次の瞬間、背後・・・いや、後方上空から凄まじい殺気を感じ、リリスはそちらに顔を向けた。

 すると、上空に瞬間移動していたベルと目が合った。ベルの可憐な瞳は怒りに燃えていた。


「てえぇ〜〜いっ!!!」


 ベルはナイフを振り上げ、落下の勢いに任せてリリスを強襲した。

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