幼い師匠を守るため、厳しい修行を楽々こなし、大きくなったら付き合ってもらいます

川野マグロ(マグローK)

いつもの修行の中で

 内臓が全て破裂したような痛みが俺を襲った。


「かはっ……」


 目玉が飛び出しそうな衝撃に意識が飛びかける。が、それだけだ。


 これくらい、まだ耐えられる。これくらい、日常茶飯事だ。


「どうした? その程度でへばったか?」


「いいえ、まだです!」


 史上最強の大魔導士と謳われる俺の師匠、マーズさん。


 彼女の放つ軽めの魔法で、俺は少しの間動けなくなってしまった。


 師匠はまだまだ余裕そうだが、俺としては、これだけのことで何度生死の境をさまようことになったことか……。


 いや、悲しいのは俺の弱さについてじゃない。師匠の存在だ。


 師匠は、俺よりも小さく、俺よりも幼い。ぷにぷにしたほっぺがかわいらしい、いたいけな女の子だ。


 師匠のほっぺは、修行のご褒美としてしか触らせてもらえないが、そのほっぺのぷにぷにさはこの世の何よりも癒され……。いや、とにかく師匠はまだちっちゃいんだ。


 初めは、そんなちびっこい女が、史上最強とか言われていることに腹が立った。


 今思えば無礼にも程があるが、何も知らなかった俺は、勢いに任せて師匠に力を見せつけようとした。


 だが、力を見せつけられたのは俺の方だった。


 俺は、何をされたか理解するより前に、いともたやすく吹き飛ばされ、木に激突させられた。そのうえ、で師匠はこう言ったのだ。


「すぐに動ける程度に力を抑えてやった。オヌシのその気概は認めてのことだ。して、まだ続けるか?」


 すぐに、心を改めた。いや、考えが変わった。


 俺の力が負けているとか、そんなことはどうでもいい。


 ただ、こんなに小さい女の子を酷使するこの世界は間違っている。そう思った。


 そこから、俺は他の人間が諦めている、師匠を超えることを、絶対に実現してやると誓った。


 俺より小さい師匠を守れる男になるために、俺は、誰より強くなると誓った。


 初めこそ、周りは不可能だと笑ったが、そんなことは関係ない。今だって、並の人間じゃ数ヶ月は目を覚さない一撃を喰らって、意識を保っていられているんだ。


 もう、俺のことを笑うような奴は周りにいない。


 俺は頬を叩き、次に備えた。


「もう、大丈夫です。続けてください!」


「いいのか? と言うよりも、もう始めているがな」


「ぐあっ」


「ほれほれ、動きが鈍っておるぞ? 本当に大丈夫か? 今日はここらでやめにしてもいいんだぞ?」


「まだっ、です……」


 視認できない高速の球が飛んできていることはわかる。


 今日の修行に使うのは、そういう魔法だと説明はあった。


 しかし、説明があったからわかるのであって、見えないんじゃ回避しようがない。


 だが、この程度で根を上げていては、師匠を超えるなんてできないということだ。今まで誰も成し遂げられなかった、ありとあらゆる魔法の行使をする、師匠を超えるということなのだ。


 しかし、こんなことをしている俺を見れば、大魔導士の弟子が、どうしてこんな脳筋みたいなことをしてるのかと聞きたくなることだろう。


 答えは単純だ。


 俺に、魔法の才能は皆無だから。


 師匠に弟子入りした日に、これは答えの出ている事実だ。


 師匠の力をもってしても、俺に魔法を使わせることはできないらしい。それほどまでに、魔法の才能がなかった。


 だから、史上最強の師匠の、その攻撃を耐えられる、史上最強の戦士を目指しているんだ。


「ん……?」


 違和感。


 視界が歪むような違和感。


 俺の拳は吸い込まれるように、その違和感に突き出されていた。


「でりゃあああああ!」


「なっ……」


 師匠の声が聞こえた。


 師匠の、驚くような声が聞こえた。


 初めて聞くような声だった。


 俺の拳には、タイミングよく殴りつけた時の衝撃が残っている。


 見えないからわからないが、見えない球を殴り返せた。


 いや、見えないわけじゃない。見える。見えないけど、見える。


 そこらじゅうにある、見えない球がどこにあるのか把握できる。


 そして、俺が殴り返した球が、師匠の方へと飛んでいくのもはっきり見えた。


 師匠は驚いたのか、その球をかわそうともしない。


 驚いた顔のまま、じっと俺を見ていた。


 まさか、見えてないのか?


「師匠!」


「……」


 呼びかけにも答えない。


「くっ……」


 俺は鍛え上げられた肉体で、瞬時に師匠の前に立つ。


 そして、見えない球を受け止める姿勢に入った。


「ぐうううう!」


 今は、かわすでも、受け流すでもない。受け止めるんだ。


 殴り返すには体勢が悪かった。今からできるのは、師匠にぶつからないようにすることだけ。


 体がどんどんと押し込まれる。


 このままじゃ師匠にぶつかってしまう。


 それはなんとしても避けなくては。俺は、師匠を守れる男になるんだろ!


「あああああ!」


 声を張り上げ、力いっぱい踏ん張った。


 地面に足が食い込むが、そんなこと一向に構わない。師匠に当たらなければどうということはない。


「うあああああ!」


 もうひと叫び、勢いはおさまってきている。あとは耐えるだけだ。


「はあ、はあ、はあ……。あああああ!」


 最後の咆哮。背中に師匠の手が触れたところで、見えない球はその動きを止めた。


 そして、進む力がなくなったからか、その魔法も解除された。


「はあ……。師匠……」


「空気の微妙な変化を感じ取るまでに成長したか」


「そんなことより、無事ですか?」


「ん? ああ。心配してくれているのか? いい子じゃな」


「無事なら、いいんです……」


 よかった。師匠には、傷一つつかなかったみたいだ。


 女の子の怪我は、男よりも重大だって聞くからな。


「何をそんなに心配しておるのじゃ。そもそも、当たっていても問題はない。知っておろう。ワシの周囲に展開されている壁を。オヌシは一度としてワシのスカートをめくれたことはないじゃろう?」


「い、今はそんなこといいんですよ!」


「恥じる必要はない」


 本当にこの師匠は……。


「それに、もし壁がなかったとしても大丈夫じゃ。今のオヌシなら、防げると信じていたからな」


「師匠が弟子を心配させないでくださいよ」


「ふ。いつの間にワシを心配できるようになったのじゃ。かっこつけたがりか?」


「かっこいいの師匠ですよ。俺より小さいのに、こんな力……」


 ん?


 でも、今の評価。師匠は案外俺のこと思っててくれてるのか?


 これは、今がチャンスじゃないか?


「あの、その、師匠」


「なんじゃ?」


「俺、絶対強くなって、師匠のことを守れるようになります。だから、その、つ、つ……」


「付き合うか?」


「へ!?」


「うむ。オヌシはまだまだガキじゃが、弟子の頼みじゃ。あと十年も耐えられたら、ワシが相手してやろう」


「い、いいんですか?」


「ああ。それでやる気が出るのならな」


 やった。やったぞ。約束してもらえた……。って、なんか気になること言ってたな。


 俺が師匠よりガキとかなんとか……。


「俺、ガキですか?」


「ん? 何を当たり前のことを……。ああ。言ってなかったか? ワシ、オヌシより年上じゃぞ」


「な、何をそんな見え透いた冗談を……」


「いやいや、少なく見積もっても、オヌシの十倍は生きておるぞ?」

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