おまけ:山本久美子

おまけ34・久美子、その将来の夢

「せんせー」


 初等部学校の教室。

 私は社会科の授業で、先生に質問した。

 どうしても聞きたいことがあったから。


「なんでしょうか山本さん?」


 担任の女の先生は、黒板にチョークで字を書く手を止めて振り返ってくれる。

 少しドキドキする。

 こんなことを訊いたら怒られるだろうか?


 でも、どうしても訊きたかったんだ。


「どうして、魔王は初代の皇帝陛下と一騎打ちで戦うことを認めたんですか?」


 学校での歴史の授業で、建国伝説の話を一番最初に習うんだけど。

 そこで「我々はあまりに長く戦い過ぎた。いい加減決着を付けねばならない。王同士の一騎打ちで決めようでは無いか」と皇帝陛下が提案し。

 魔王がそれを了承。

 そして、この現在の地球帝国の領土になる土地を全て賭けて、一騎打ちを行った。

 そして皇帝陛下は、双転写で同じ魔力を持つに至った皇后の祈りで、数倍の能力を持つに至り。

 魔王を討ってこの土地を手に入れた。


 こういう内容。


 私は思ったんだ。


 なんで魔王は、他の魔王に協力を仰いで皇帝陛下と戦おうとしなかったんだろうか?

 あと、戦いが長引くことを憂慮するって、好戦的な野蛮人だという話と矛盾しないか?


 なんか、おかしい。


 すると担任の先生は


「……おおよそ2000年以上前のことだから、ところどころ伝わってない。それが伝説なの」


 優しく、諭すように言ったんだ。

 私は到底納得できなかった。




 この世には、特別な地位に立たないと開示されない情報がある。

 私はそれを知ってみたい。


 そう思い始めたのは、その初等部2年の社会の授業での質問。

 あれが切っ掛けだったと思う。


 先生の言い方が、確かに自分でも変だと思うけど、真相を知るには自分には力がない。

 残念だ。悲しい。


 そういうふうに見えたのね。

 だから私は、先生の代わりにこの世の全てを理解したい。

 そう思うようになった。


 こういう思考をしてしまうのは、ウチの家が学者の家なのが特に大きいと思う。

 父は大学校で教授してるし。

 兄は、そんな父の後を継ぐんだって公言してる人間だった。

 母は、父の話が自分の知的好奇心を満たしてくれるから、結婚したって言ってた。


 ウチの家、皆こういう思考形態。

 知りたがり。

 あと、無駄なことも嫌う性質。




「山本さん、今回のテストも1位だ!」


「すげー!」


「さすが才色兼備の女神!」


 中等部から定期テストという試験形式がはじまって。

 その結果の上位陣は、毎回貼り出される。


 そこで私は毎回1位だった。


「ありがとう」


 賞賛してくれる人たちに私はお礼を言った。


 ……だけど、私は大してそこに意味合いを感じてはいなかったな。

 だって私、大学には行かせて貰えないし。


 ……女で大学校に行く人間は殆どいない。

 ただでさえ大学校に行く人間は少ないのに、ましてや女が。


 女の普通は、義務教育を終えたら就職して働き、社会貢献。

 その過程で旦那さんを見つけ、速やかに結婚。

 これだ。


 女で大学校に行く人間は、よほどの天才か、よほどの変な家。

 この2択。


 そして私は、自分が天才であるとは思っていなかった。

 私の兄はおそらく天才だと思うんだけど。


 ……兄と会話すると、自分より上のランクの思考をしているのがどうしようもなく分かるから。

 自分にはとても真似できないなと思ってしまう。


 だからまあ、兄は大学校に行くだろうし、そうでないといけないとすら思ってる。

 兄が大学校に行かないなら、誰が行くのよ?


 そんな感じで。

 自分が大学校には行けなくて、兄は行ける。

 私は特に、そこに不満を持ってはいなかった。

 悲しいな、とは思っていたけど。


 ……その代わり。


 将来は「大学校に行って学者になれる男性」と結婚したい。

 そんな人の奥さんになれば、夫婦の会話でこの世の真理を教えて貰える。

 そうなれば、大学校に行ったのとほぼ同じ効果を得られるじゃない。


 私はそんな夢を持つに至った。

 中等部2年頃から、男子に付き合って欲しいって言われることが良く起きるようになったけど。

 私が交際するかどうかを決める基準はずっとそれで。


 そうして高等部1年のときまで、私は誰とも付き合わなかった。

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