おまけ33・翔子、今度は夫の番だと伝える
藤井くんに転写が起きた。
そして私はとうとう夫以外の男性の子供を身籠ってしまった。
……私の夫への愛に曇りが出来た。
それがどうしても気持ちから拭えなかった。
だけどこの子には何の責任も無いわけだから。
私は産むつもりでいた。
夫もそれは認めてくれているし。
で、数年ぶりにお役所に行って、幟と母子手帳を貰って来たら。
……王城の正門付近で藤井くんに土下座された。
最初意味が分からなかったけど、話を聞いていると、どうも彼、私が堕胎すると思っていたみたい。
……その発想が出来るあたり、やっぱりこの子は考えているし、自分勝手な夢も見ない子なのね。
自分に都合のいいことばかり考えている、自分勝手な人間じゃなかったのよ。やっぱり。藤井くんは。
嫌いじゃないわ。やっぱり。
……私が華族じゃなくて、自由恋愛できる状態だったら、藤井くんと結婚していた未来もあったかもしれないな。
そんなことをふと思ってしまう程度には、彼に好感を持った。
だからまあ、土下座をやめてもらうために、私の意思を彼に伝えた。
土下座ってのは奴隷の態度だからね。軽々しくやるべきじゃないわ。
……彼の中では全然軽々しい気は無いのは分かっているけど。
(……良かったわね。あなたの遺伝子上のお父さんは、あなたのことをキチンと愛してくれているわよ)
その場から去るとき、私はお腹の中の彼の子供に語り掛けた。
そして時間が経ち。
とうとう、出産の日がやってきた。
私にとって2回目の経験。
数年ぶりだったから「そういえばそうだった」ということがたくさんあった。
で、私の夫は今回も立ち合ってくれた。
嬉しい。
前のときも感激したけど、今度はもっと嬉しいかもしれない。
そして病室で夫と話をしていたら。
……藤井くんが、身重の奥さんの久美子さんを伴ってやってきた。
どうして?
それをちょっとだけ思った。
私の中では、藤井くんは自己満足で動いてしまう人間じゃなかった。
この場合、藤井くんがここに来るのは意味が無いのよ。
だって……この子は遺伝子上藤井くんの子供ってだけで。
まぎれもなく私たちの子供なんだから。
それくらい、分かってるわよね?
何で私たちの家の問題に、外の人である藤井くんが来るの?
そしたら
次の瞬間、藤井くんの目的が分かった。
……藤井くんはこの子を回収しに来たんだ。
自分の子供だから、って。
その意思が何を意味してるのか。
……多分、私の夫に同情したつもりになってるんだと思う。
それは……うん。ゴメンね。
それはありがた迷惑かもしれない。
私の夫はそんなこと気にしないで、この子を小石川家の子供として真っ当に育てることを考えてくれてるのに。
だから、余計なことを考えないで欲しい。
……でも。これは華族特有の対応なのかもしれないわよね。
だから彼のそんな行動に、嫌悪感持つのは違うかもね。
そんなことを、藤井くんに向けて穏やかに、かつ力強く「拒否」の意思を伝えている夫を見て思ったわ。
……で、藤井くんは太刀打ちできなくて。
退散していった。
その後姿には「敗北」の二文字が見えたわ。
……その気遣いは嬉しいけど、ごめんなさいね。
不要だったの。その気遣い。
本当にごめんなさい。
藤井くんが去るのを見送って。
この病室には。
私と夫、そして私たちの赤ちゃんの3人が残される。
しばらく黙っていたけど。
私は
「ねえ、泰三さん」
私は隣に立っている夫に話し掛けた。
すると
「なんだい?」
応えてくれる。
だから私は、前から思っていたことを口にした。
「……これでようやく、私のおなかがフリーになったわけですし」
私は笑みを向けて、言った。
「今度は泰三さんに私の魔力を転写する番ですよね……子育て一段落したら、お願いしますね」
あなた、と付け加えたら。
夫が、少しだけ照れた様子を見せた。
……この人、可愛い。
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